15話 こっちもこっちで嫌な予感
あ、と手が滑った。
瞬間にパリンと背筋が凍る音が聞こえ、瑞兎は短く悲鳴をあげる。
よりにもよって陽之衛のお気に入りの湯飲みを割ってしまったようで、床に飛散した欠片をなすすべなく見つめた。
どうやって言い訳するか考えることができたのは二呼吸あとだ。
主が学校へ行ったあと、瑞兎も警察署へ足を運んだ。
鹿島に状況を伝えるためだったが、電話越しではなくきちんと対面であれば事件について何か教えてくれるかも、と期待もしていた。
署でなぜこの件について調べ出したのか訊かれたが、まさか疑いをかけられている本人から依額があったとは言いづらい。
なので被害者の女性の家族から、とつい嘘を吐いてしまったが、それがよくなかったのか瑞兎の気はそぞろになっている。
割れた欠片を拾い、修復不可能だと悟って隠ぺいすることを決めた。
湯飲みは猫にでも持っていかれたことにしよう。
このくらいの嘘なら罪悪感が湧かないのに、差はなんだろうか。
いけない、現実逃避するところだったと腕をつねる。
収穫はわずかだがあった。
おそらく将志郎が捜査線上に浮かばなければ警察は未処理事件として陽之衛のもとに送るつもりだったそうで、ある程度の資料をまとまった状態で読ませてもらえたのだ。
最初に通報があったのは二か月前だった。
「娘が足を切られたと言っている」と親が警察を呼んだのが始まりだ。
念のため調査に向かったのだがそのときは傷も小さく、証言もあいまいな部分が多かったためとくに事件として扱われずに処理された。
状況が変わるのはそれから少し経ったころだった。
第二の被害者が出たのだ。
しかも第三、第四と続き、全員が若い娘だった。
口をそろえて「気づいたら切られていた」と証言したが、足にできた傷は最初の少女よりもむごたらしいものだった。
そうして捜査が再開された。
もらってきた写真には傷が写っていた。
細い足首がぱっくり割れており、血と肉がまざまざと確認できて痛々しい。
親たちもむやみに娘たちが出歩かないよう厳しく閉じ込めているようになった。
いつまでも手をあぐねいている警察への批判も強まってきたところで、かまいたちは行動をやめた。
切裂き魔が消えてまったく被害者が出なくなった。
安心し、娘たちが町に戻ってきだしたころ──。
二度めの出現が始まる。そして今度は姿を伴って出てきた、というわけだ。
これが現在のかまいたちだった。
茶菓子で糖分を補給しながら「うーん」と瑞兎は首をかしげる。
突然少女たちは明確に襲われたことを証言しだしている。
それまでは影すらなかったのに、刀を持った高身長の男だと全員が覚えていた。
何よりも傷の深さが違う。
瑞兎は写真を机の上に広げた。
初期のかまいたちはむごい傷を与えており、被害者はしばらく歩行も困難になっている。
けれど現在のかまいたちの傷は小さい。
少女たちも日常生活に難はないという。
ゆえに瑞兎はおそらく『偽物』だと仮説を立てた。
あまりに変わりすぎだ。
そして現場には、必ず律儀に容疑者の私物が置いてあるのも不可解だ。
それが将志郎のものだと証言があったことで、彼は疑いをかけられ始めた。
だとするなら、だれかが将志郎を陥れようとしているという陽之衛の予測を主軸にし情報を整理した方が早いだろう。
「なるほど、警察もまんまと騙されてると言いたいんだね?」
「わ、若様! 突然背後に来るのはやめてください!」
「湯飲みを割った言い訳が間に合わなくなるから?」
「うっ」と息が詰まった。
陽之衛の横にいた将志郎が苦笑しているのが見え、さらに追い打ちをかけられた瑞兎は弱々しく床にしゃがみ込む。
「ごめんなさい、わざとやったつもりじゃ……」
「ぼーっとしてるからいけないんだぞ」
陽之衛からのお叱りに瑞兎はさらに身を縮こませる。
だが二人の間に急いで将志郎が入ってきて、瑞兎の手をそっと握るとケガがあるか確認し安心したように胸を下ろした。
優しく撫でられてカァッと瑞兎の顔が赤くなる。
「ケガをしていなくてよかった! たまには失敗だってするさ、きっと調査で疲れていたんだろうね。あまり責めてやるな」
「将志郎さんっ」
「はぁ、わかったわかった、今度新しいのをちゃんと見繕っておいてよ。それにしても、どうしてお前は瑞兎を甘やかそうとするかな」
「え?」と将志郎の口がひきつった。
二人を交互に見てから眉をを八の字にして肩をすくめる。
きっと無茶ぶりやこき使われているところに同情してくれたんだとしても、この人に少しでも気を使ってもらえた方が断然嬉しいもの、と擦られた手を瑞兎は眺めた。
陽之衛からの視線は軽く受け流し、気持ちを切り替える。
「それでは」と先ほどまとめたことを二人に伝えた。




