13話 若様は女性が苦手
陽之衛と歩いていようがいまいが将志郎は相変わらず女たちによく引き留められる。
普段は道の端から困っている様子を眺めて団子のひとつでも食うのだが、瑞兎に言われた言葉が引っかかっているので、陽之衛は諦めて女たちのけたたましい声に耐えた。
おかげで運よく一人を捕まえることができた。
「あの美丈夫に近づくとケガをするって噂があるんだけど、知ってる?」
問うてみれば、少女は陽之衛を上から下まで値踏みするような目線で見てから「ケガ?」と怪訝な顔で質問を返してきた。
「貴方、由良様のご学友の方でしたかしら」
「それはどうでもいいんで。どうなんです?」
大袈裟なため息をついた彼女にこちらも同じ反応をしたい。
気づけば二人の周りにわらわらと少女たちが集まってきた。
陽之衛は辟易しながら彼女たちにも同様の質問を投げかける。
皆が顔を合わせたあと、言いづらそうにもじもじと身をよじらせた。
敬愛する将志郎様の前ではその話をしたくないのだろう。
「そもそもご学友様はどうしてそのような質問をされるのかしら。まるであの方を疑っていらっしゃるみたい」
「そういえばこの方、この前学校を爆発させようとしてませんでした?」
「あの方は事件にはなにも関係はありませんわ。噂を流した人が気を引こうとしてるだけよ」
「警察も目が節穴ですわ。あんな素敵な方が暴行事件なんか起こすはずないじゃない」
ピーチクパーチクさえずっていた声に意識が遠のいていく。
二度ほどうなずいてから、「わかったから」と陽之衛が叫んだ。
「噂は本当ってことだろ。被害にあった子の名前はわかる?」
「ちょっと!」と気の強そうな少女が前に躍り出てきた。ツンと鼻を高くして長い髪を払い、陽之衛に雪女にも似た冷たい声で注意してくる。
「失礼な言い方をしないでちょうだい。由良様はなにもしていませんわ。いくらご学友だとしても無礼ではなくて?」
そうよそうよと周りが同調し始め鳥のさえずりがより一層強くなり始める。
これ以上は耐えられなかったのか陽之衛は手をパンと叩いて静かにさせた。
これだから群れはきらいなのだ。
もっと慎重に一人一人に声をかけるべきだったと反省する。
将志郎も騒ぎが気になったのかこちらに駆け寄ってきたものだから、鳥たちは羽ばたいていってしまった。
軽く舌打ちをして親友をにらむ。
将士郎が「すまん」と手を合わせてくるが、今度団子でもおごらせようと胸に書き留めておいた。
だが群れの中の一人が足を止めて振り返り、恥ずかしそうにしながら帰ってきてくれた。
失敗を繰り返さないために将志郎の背を押して遠くへ行かせる。
「あの、かまいたちにケガをさせられた人のことですが、私の友人なんです」
「へぇ、お気の毒に。その人の名前は?」
「夢子と言います。でもあなた様はどうして気にされていらっしゃるの? 由良様のためですか?」
頬を染めた彼女は何かを期待しているように見える。
それには微塵も勘が働かなかったのか、陽之衛はただため息を吐いた。
なにせ宣伝広告が全く役に立ってないと判明した方が重大だったからだ。
まさか認知がこんなに低いなんて、宣伝が上手くいっていればこんないちいち名乗ったり疑われる必要もないはずなのに。
がっかりした気を取り直して、陽之衛は瑞兎に持たされたチラシを彼女に渡す。
「オカルト調査事務所……。だからお調べになってるのね。よかった、由良様になにかあったら大変だって皆は心配していたものですから」
「それで、夢子さんの件について教えてもらえる?」
「はい」と少し気を落とした彼女はうなずいてチリ紙に住所をしたためた。
どうやらご友人はそこそこのお嬢様なのか、簡易な紹介状も用意してくれた。
一人で行くより瑞兎をお供させた方が穏便に行くかなともらったものを懐に仕舞う。
少女は将志郎に微笑みを向けてから、駆け足気味にほかの者たちと同じ方向へ去っていった。
「よく平気だな、あんなに付きまとわれて」
「悪い子達ではないからな。でもちゃんと断っているはずなんだが、なにか祭りみたいな感じになってきてる気がする……」
将志郎を茶化しながら懐を漁ると、何か小さな紙が指に当たった。
取り出してみると名刺で、すっかり忘れていたが、あの外国人の編纂者から渡されたものだ。
くる、と裏面に回してみるとなにやらメッセージが書いてあった。
けれど陽之衛は英語を熟知しているわけではない。
代わりに将志郎が得意だったので、名刺を彼の顔の前に掲げる。
「将志郎、これ読めるか」
「『運命とは最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ』、たしかシェイクスピアだな。こんなものどうした」
「ちょっとね」と返事をした瞬間、うなじがザワついた。
急いで辺りを見回すと喫茶店の方から異様な空気を感じる。
あれ、と目を凝らそうとした瞬間に目の前をねずみが横切った。
なにかから逃げるために走っていく途中のようで、一度止まり、陽之衛を見ると「ちゅうっ」と鳴いた。
そして道端から蛇がするりと姿を現し、ねずみをにらむとすさまじい速度で進みだす。
ねずみも慌ててまた走り出し、二匹は消えていった。
「いまのねずみ、なにかお前に言いたげだったな」と将志郎が陽之衛をからかう。
しかし陽之衛は真剣な顔でうなずいて親友の肩を叩くと走り出していた。
(あからさますぎるけど、どうするかな。……運命、か)
胸騒ぎを抱えたまま喫茶店の窓をのぞき込む。
あの女編纂者が優雅にカップを傾けていた。
こちらに気づいたのか、カップを置いてから軽く頭を下げてきたのですぐに店の入り口に移動する。




