12話 若様出番です
陽之衛がうなずく。
以前新聞で騒がれていたあの記事を思い出した。
どうやらまだ捜査は続いていたようで、ついに名称がつけられたというわけだ。
合わせてあの女性編纂者のことも脳裏に浮かび、眉間にしわが寄った。
そういえばあれからとくに接触をしてこないのは少し不思議に思う。
こちらに興味を持っていたのだから、新聞で広告を見たらすっ飛んでくるだろうと楽しみにしていたのに。
「話が早いな。俺はいまその犯人だと疑われている、としたらお前はどうする」
将志郎に訊かれ、ハ、と意識を現実に戻して陽之衛が指を鳴らした。
「面白い。どうしてそんなバカなことしたの?」
「そこは即座に否定しろよ、阿呆。誓って俺はやっていないからな。でもこれが変な話なんだ」
飲み終わった湯呑に新しい茶を注ぎながら、瑞兎も静かに耳を傾ける。
「その、自分で言うのもおかしいんだが、俺は女性に好意を向けられやすいというか」
「そこは言いよどむなよ。世の男から反感を買うぞ」
「ちょうど新聞にかまいたち事件が取り扱われた後からだったか、俺に告白した女性たちがケガをするようになったんだ」
「恨みは怖い怖い。ね、瑞兎」
何か含みを持たせた言い方をした主人に呆れながら急須を傍に置いた。
にらまれそうになったので、ぷい、と顔をそらす。
「若様は自分でお代わりを注いでくださいね」
「……それで? どうして将志郎が疑われだしたの?」
「そもそもあの事件は、女性たちも気づかぬ内にケガができていたから捜査が難航していたはずです。まさか被害者の皆が将志郎さんに告白を?」
「いや」と将志郎は否定した。
「せいぜいここ一週間ほどに出た被害者くらいだ。というかむしろこれまでにまして被害が出すぎだと警察も気づいたらしい。そこで調査を行った結果、俺が関係者ではないかと疑いをかけられるようになった」
「俺たちが調べることある? 探偵に行け」
「冷たいことを言うな。そう断られるのは予想がついてたよ。だからお前にはかまいたちを探してほしい」
提案を聞いた陽之衛がソファに体を静める。
どうやら親友の方が一枚上手だったのか、勝負が決まったらしい。
もともと意地悪をしたいわけでもない。
なにより将志郎はいつも散々なことをやらかしては暴れている陽之衛の尻ぬぐいを快く引き受けてくれる人格者だ。
断って「なら次からは自分でどうにかしろ」と言われたら学校に瑞兎を呼び出さなくてはいけなくなる。
そちらの方が果てしなく面倒くさかった。
「そっちか。うーん、だったらしょうがないな、将士郎の頼みだし」
「あぁ、頼む。これ以上被害者を出さないためにもなるべく急ぎで、だ」
成功すればいい宣伝になるだろう。
瑞兎も将士郎が勝ったことに喜んで拳を握ってから、契約書類を机の引き出しから出した。
オカルトなのかどうかまだ判断がつきずらいが、検証する余地はある。
瑞兎はもらった菓子を食べながら真剣な顔で新聞や雑誌を広げていた。
几帳面な性格だからか一か月分はつねに残しており、陽之衛以上に世の中の動きを敏感にとらえている。
瑞兎は人間と葦、ひいては人間ならざる者との関りについて強い興味を持っていた。
「事件のことが明るみに出たのはまさに若が持っていた記事からです。大衆雑誌がかまいたちと騒ぎだしたのをきっかけに、世間でも話題になったのでしょう」
「いつの間にか足を切り付けられてるんだっけ」
「はい」と返事をして、一番新しい新聞を掲げた。
「少女たちの背後に黒い影現る。つまりつい最近になってからだれかに襲われたと証言があった。ふぅん、目撃者まで出てるんだ。警察はなんて?」
「さすがにまだ調査中だから話せないそうですよ」
包み紙についたカスをきれいに払い、新聞の隅をちぎって丸め、それを袋に包みなおした。
もらったときの形に戻すために愛らしいうさぎの耳を立たせる。
数回ひざを軽く叩いてから「よし」と瑞兎は己に気合を入れた。
情報は足で集めるのが鉄則だと探偵小説には書いてあった。
なによりも将志郎自らお願いされたのだから、下手を打つわけにはいかない。
「まずは聞き込みをしましょう。基本のキです」
「任せた。俺は将志郎を見張っておく。まだあいつがやった線は残ってるからね」
「親友になんてことを言うんですか。だいたい調査事務所を始めようとわがままを通したのは若ですよ。ここで成果を上げないと今後依頼なんて来ないんですからね!」
まだ柔らかさの残る陽之衛の頬をつまんでぎゅうっと伸ばした。
たまには反撃だってできるぞと鼻を鳴らす。
「将志郎さんに色目を掛けた娘たちをまとめてきてください。外にいるときはほとんど一緒に行動してるんですから、わかるでしょう?」
「めんどくさぁい。そういうの全部瑞兎に押し付けようと思ってたのに」
「所長としての責任を持ってくださいったら!」
ピクッと陽之衛のまぶたが震えた。
あ、とすぐに瑞兎が頬から手を離すが遅かったのか、なにやら若様は思惑顔で「いいよ」と返事をしてくる。
「そこまで言うならしょうがないな……」
もしかして、寝ている虎の尾を踏んだのだろうか。
でもこれは大好きなあの人に危険が及ばないためだ、頑張れ自分、ともう一度虎に狙われたうさぎは気合を入れ直した。




