10話 それでは、若様のお気に召すまま
数日後、二人は警察署に来て、とある人物を待っていた。
ジロジロと周りに監視に似たきつい目線を向けられ、瑞兎は顔色を悪くしている。
陽之衛はやはりどこか楽しそうで、持っていたサカキの枝の一本をくるくると回した。
「どうも」と体躯のいい男が目の前に立った。
一見すると恐ろしく厳しそうな顔に髭をたくわえた警官だ。
瑞兎がハッと椅子から立ち上がり頭を下げた。
どこか緊張した雰囲気に気づき、男が苦笑する。
「こんにちは、鹿島様。報告書はお読みになられましたか」
「うん、ご苦労様でした。目を通したよ」
顔の怖さのわりに優しい口調だ。
陽之衛もサカキの枝を渡して誇らしげに胸を張った。
「今回は本物だったね。次もちゃんとしたやつだって期待してもいい?」
「どうだろうねぇ。いい子にしていたらきっとまわりめぐってきますよ。また瑞兎を困らせたんだって?」
意地悪く問われ、チッと舌打ちをした陽之衛が椅子に座り直した。
この警官はいつも高千穂よろづ事務所に警察も手に負えなくなった案件を回してくる葦の一人だ。
そして陽之衛の言うように、不可思議な事件というものが常に枯れ葦が関わっているとは限らない。
とくに気にせずなんでもかんでもこちらに投げてくる困った人でもあった。
「早く刈穫が実を結ぶとよいのだけれど。それでは、またなにかあったら──」
「お待ちください。あの、ひとつ懸念していることがあって。少しだけお時間をいただきたいのですが」
「もちろん。どうしました?」
瑞兎はたぬきに忠告されたことを忘れていなかった。
耳打ちするために体を近づけ、声をひそめる。
「何者かが私たちを嗅ぎまわっているようなのです。もしかしたらまじないの効果が薄くなっているのかもしれません」
「私たち? 葦をか?」
「いえ、その、なんといいますか」と瑞兎が口をまごつかせると、陽之衛が肩を掴んで一歩さがらせた。
「オカルトだよ。人間ではないものや事象について、外国ではそう呼ぶんだって」
得意げにした陽之衛を見、大人たちが顔を見合わせて眉をひそめた。
だが陽之衛は自分で語ったおかげでなにやら思いついたようだ。
「妖怪やら幽霊やらのことをさ、なるほど、オカルトか」
「学校で流行ってるんですか? 外国の言葉なんて使って……」
「いまどきそんな考え方は古い。警察が待ってくるのも真面目なのばかりで遅いしつまらないし、よし、こうしよう!」
パッと輝いた若様の顔に、これまでどれだけ苦しめられてきたか覚えがある二人は首を激しく横に振った。
しかし閃きをもっとも重要な道筋にしている陽之衛が止まるわけがない。
力強く手を叩いて、大海原を分かつがごとく両手を広げた。
「高千穂オカルト調査事務所に改名する! それで不思議な事件はなんでもござれって大々的に触れ込みをして市民からも集めるんだ。ほとんどは外れだろうけど、きっと本物が中にはあるはず。俺も早く高天原に行けるようになるし、一石二鳥じゃん!」
「い、いけませんよ若殿。そのようにむやみやたらに人間を煽るようなことはなされるな。穏便に平和を保つのが勤めでしょう!」
「そうですよ! 高千穂家の人間として、若はいずれこの国を導く官僚になるんですから!」
「なんで? 別に俺は父さんみたいに政治家になるつもりはないんだし、効率いいし、警察の仕事も減っていくからいいんじゃん。 となれば急いで広告を作ろうか。新聞社に連絡するぞ、瑞兎!」
警察署に絹を切り裂いたような割れんばかりの悲鳴が響いた。
もちろん陽之衛若様の言うことはだれも止められなかった。
こうして『高千穂よろづ事務所』は得体のしれない謎の事務所から、得体のしれない事件を扱う立派な『高千穂オカルト調査事務所』として生まれ変わることになった。
新しい看板を設置しながら、瑞兎はちょっとだけ恨み言を吐く。
調査するのは基本的に自分になるのだからそれくらい許されたっていいはずだ。
看板の表面を布巾で磨き、よし、と前掛けを外して着物の裾を整えた。
陽之衛に声をかけて玄関の前に二人並ぶ。
呼んだ写真家の合図に合わせて二人で笑みを作れば、バシッと激しく光が散ってめまいがした。




