第六話 好き…なの?
昼休み。
授業が終わると同時に隣の席の美咲が勢いよく立ち上がった。
「ひまりー! 竹中先輩がグラウンドで練習始めたって!」
「え?」
「早く行こ!」
向日葵は教科書を片付けながら立ち上がる。
午前中の授業中、玄太郎は珍しく静かだった。
英語やパソコンを使った授業になると、まるで子供のように興味津々になるのに、普通の授業でも真面目に耳を傾けている。
戦時中では学べなかった時間を、今になって取り戻すように。
グラウンドには女子生徒たちが集まっていた。
「竹中先輩ー!」
「今日もカッコいい!」
サッカー部の練習が始まり、黄色い声が飛び交う。
「ね? 向日葵!」
「うん、カッコいい!」
そう答えると、美咲が嬉しそうにスマホを差し出した。
「見て見て!」
画面には竹中先輩と並んでいる美咲の姿。
「昨日アプリで合成したの!」
「いつか本当に一緒に写真撮れたらいいなぁ」
「ズルい!」
向日葵も身を乗り出した。
「私も並びたい!」
周りの友達と笑い合う。
けれど。
向日葵の中にいる玄太郎は、妙な違和感を覚えていた。
言葉では「カッコいい」と言う。
友達と同じように笑う。
だが、向日葵の感情は驚くほど静かだった。
まるで周囲に合わせて言葉だけを並べているような。
放課後。
友人たちと別れ、夕暮れの道を一人歩く。
『想い人は竹中君か?』
「そうだよ」
向日葵は少し頬を赤くした。
「カッコ良かったでしょ?」
『そうか……』
だが、玄太郎の感情はどこか曇っていた。
向日葵自身も、その違和感に気付いてしまう。
「わ、私だって!」
少し強い口調になる。
「竹中先輩と付き合ったら、玄ちゃんや毬婆ちゃんみたいに好きになるんだから!」
言った瞬間、自分で悲しくなった。
胸が痛むわけではない。
会いたくてたまらないわけでもない。
ただ、周りが「好き」と言うから、自分もそう言っているだけなのかもしれない。
俯いた向日葵に、玄太郎は静かに言った。
『ひまり』
「なに?」
『好きと想いは同じではない』
「わかんないよ……」
『そうだろうな』
珍しく「そうは思わない」とは言わなかった。
『おれも若い頃は分からなかった』
『毬と夫婦になって、短い時ではあったが共に過ごして、ようやく知った』
『想いとは育つものだ』
向日葵は返事ができなかった。
『だから焦るな』
「え?」
『毬も最初からおれを好きだった訳ではない』
『お前もいつか分かる』
その言葉は、不思議と優しかった。
重くなりかけた空気を切るように、玄太郎が突然叫ぶ。
『腹が減った!』
「は?」
『女子生徒たちの会話で「くれいぷ」なる食べ物が美味いらしい!』
『甘い物好きの毬に食べさせてやりたい!』
「なんなの急に!」
結局、向日葵は駅前のクレープ屋へ連れて行かれた。
「次のお客様どうぞー!」
その瞬間。
ふっと意識が薄れる。
すかさず玄太郎が注文する。
『照り焼きチーズのチョコバナナ、ホイップは増し増しで!』
「ちょっと玄ちゃん!?」
『前の客の注文を参考にした』
「単品で頼んでたんだよ!」
『人気「めにう」らしいぞ』
「身体返して!」
『うむ』
意識が戻った時には、店員さんが笑顔で告げていた。
「千八百円になります♪」
「……え?」
数分後。
ベンチに座った向日葵は、奇妙なクレープを一口食べた。
「……まずい」
甘いチョコ、バナナ、ホイップクリーム、その奥から現れる照り焼きソースとチーズ。
口の中が大惨事だった。
「玄ちゃん!」
『……これは毬の口には合わんな』
「そういう問題じゃない!」
夕暮れの公園に向日葵の怒声が響く。
玄太郎はしばらく買い食い禁止を言い渡されることになった。
怒りながら笑っている自分に気付いて、向日葵は少し不思議に思った。
恋はまだ分からない。
竹中先輩を見て「カッコいい」と思う気持ちも本物なのか分からない。
けれど…。
背伸びした憧れよりも今は玄太郎と喧嘩をしながら過ごす毎日は、案外嫌いじゃなかった。




