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残想  作者: 森村征爾
7/16

第六話 好き…なの?


 昼休み。

授業が終わると同時に隣の席の美咲が勢いよく立ち上がった。


「ひまりー! 竹中先輩がグラウンドで練習始めたって!」


「え?」


「早く行こ!」

向日葵ひまりは教科書を片付けながら立ち上がる。


午前中の授業中、玄太郎は珍しく静かだった。

英語やパソコンを使った授業になると、まるで子供のように興味津々になるのに、普通の授業でも真面目に耳を傾けている。


戦時中では学べなかった時間を、今になって取り戻すように。

グラウンドには女子生徒たちが集まっていた。


「竹中先輩ー!」


「今日もカッコいい!」

サッカー部の練習が始まり、黄色い声が飛び交う。


「ね? 向日葵!」


「うん、カッコいい!」

そう答えると、美咲が嬉しそうにスマホを差し出した。


「見て見て!」

画面には竹中先輩と並んでいる美咲の姿。

「昨日アプリで合成したの!」


「いつか本当に一緒に写真撮れたらいいなぁ」


「ズルい!」

向日葵も身を乗り出した。


「私も並びたい!」

周りの友達と笑い合う。

けれど。

向日葵の中にいる玄太郎は、妙な違和感を覚えていた。

言葉では「カッコいい」と言う。

友達と同じように笑う。

だが、向日葵の感情は驚くほど静かだった。

まるで周囲に合わせて言葉だけを並べているような。


 放課後。

友人たちと別れ、夕暮れの道を一人歩く。


『想い人は竹中君か?』


「そうだよ」

向日葵は少し頬を赤くした。


「カッコ良かったでしょ?」


『そうか……』

だが、玄太郎の感情はどこか曇っていた。

向日葵自身も、その違和感に気付いてしまう。


「わ、私だって!」

少し強い口調になる。


「竹中先輩と付き合ったら、玄ちゃんや毬婆ちゃんみたいに好きになるんだから!」

言った瞬間、自分で悲しくなった。

胸が痛むわけではない。

会いたくてたまらないわけでもない。

ただ、周りが「好き」と言うから、自分もそう言っているだけなのかもしれない。

俯いた向日葵に、玄太郎は静かに言った。


『ひまり』


「なに?」


『好きと想いは同じではない』


「わかんないよ……」


『そうだろうな』

珍しく「そうは思わない」とは言わなかった。


『おれも若い頃は分からなかった』


『毬と夫婦になって、短い時ではあったが共に過ごして、ようやく知った』


『想いとは育つものだ』

向日葵は返事ができなかった。


『だから焦るな』


「え?」


『毬も最初からおれを好きだった訳ではない』

『お前もいつか分かる』

その言葉は、不思議と優しかった。


重くなりかけた空気を切るように、玄太郎が突然叫ぶ。


『腹が減った!』


「は?」


『女子生徒たちの会話で「くれいぷ」なる食べ物が美味いらしい!』


『甘い物好きの毬に食べさせてやりたい!』


「なんなの急に!」

結局、向日葵は駅前のクレープ屋へ連れて行かれた。


「次のお客様どうぞー!」

 その瞬間。

ふっと意識が薄れる。


すかさず玄太郎が注文する。

『照り焼きチーズのチョコバナナ、ホイップは増し増しで!』


「ちょっと玄ちゃん!?」


『前の客の注文を参考にした』


「単品で頼んでたんだよ!」


『人気「めにう」らしいぞ』


「身体返して!」


『うむ』

意識が戻った時には、店員さんが笑顔で告げていた。


「千八百円になります♪」



「……え?」




 数分後。

ベンチに座った向日葵は、奇妙なクレープを一口食べた。

「……まずい」

 甘いチョコ、バナナ、ホイップクリーム、その奥から現れる照り焼きソースとチーズ。


 口の中が大惨事だった。

「玄ちゃん!」


『……これは毬の口には合わんな』


「そういう問題じゃない!」

夕暮れの公園に向日葵の怒声が響く。

玄太郎はしばらく買い食い禁止を言い渡されることになった。


怒りながら笑っている自分に気付いて、向日葵は少し不思議に思った。


恋はまだ分からない。

竹中先輩を見て「カッコいい」と思う気持ちも本物なのか分からない。

けれど…。

背伸びした憧れよりも今は玄太郎と喧嘩をしながら過ごす毎日は、案外嫌いじゃなかった。


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