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残想  作者: 森村征爾
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第十一話 残された時間


玄太郎の話を一度始めるとなかなか終わらなかった。

向日葵は縁側に座り、お茶を飲みながら相槌を打つ。


「それでね、玄ちゃんったら「そうは思わん」って私が言う事をぜーんぶ否定するのよ。」


「えっ、玄ちゃんが?」


『……。』

頭の中から少し恥ずかしそうな感情が伝わってくる。


「でもあの口癖は否定じゃないの。玄ちゃん不器用だったからね」

毬は楽しそうに笑う。


「あ!屁理屈だ!」

口から出て笑ってしまった。

毬はますます笑った。


話は次から次へと続いた。

見合いの日、結婚式の日。

一緒に食べた羊羮の話。

夕暮れの畑を歩いた話。

夫婦だった時間は決して長くない。

それでも毬の中には、今も昨日のことのように残っていた。


向日葵は頬杖をつく。

「なんか凄いなぁ……」


「何が?」


「そんなに好きだったんだね」

毬は少し首を傾げた。

「どうだろうねぇ」


「え?」


「最初から好きだった訳じゃないもの」

向日葵は思わず身を乗り出した。


「えっ!?でも今でも大好きじゃん!」

毬は声を立てて笑った。


「そうねぇ」

そして遠くを見るような目をした。

「玄ちゃんと暮らして、優しい所を知って」

「不器用な所を知って少しずつ好きになったのよ」

向日葵は黙り込む。


好きというものは最初からあるものだと思っていた。


竹中先輩みたいに。

格好いいと思う人を好きになるものだと思っていた。

でも毬の話は違った。

好きは育つものだった。

時間をかけて。

誰かと一緒に生きる中で。


「私もそんな恋が出来るかな……」

気付けば呟いていた。


毬は優しく笑う。

「出来るわよ、向日葵ちゃんは優しいから。」

向日葵は少し照れた。


その時だった。

毬が突然向日葵を見つめた。


「そういえば」


「なに?」


「向日葵ちゃんの中に玄ちゃん居るんでしょ?」

向日葵は盛大にむせた。

「えっ!?」


『な、何だ!?』

玄太郎の感情も大きく揺れる。

毬は楽しそうに笑った。


「玄ちゃん、出てきなさい!」

向日葵の心臓が止まりそうになる。


『な、なんだ突然……』


「ほらほら」


「ひ孫に取り憑いて!私に取り憑かないとは、どういうこと!」


『馬鹿なことを言うな…。』


「出てきそうでしょ?」

毬はいたずらっぽく笑う。

向日葵は呆然とした。


「毬おばあちゃん……」


「なんとなくね」

笑顔のまま言う。

「感じるの」

縁側から見える庭へ視線を向ける。

「法事からずっと。玄ちゃんを」


庭木の葉が揺れる。

向日葵は息を呑んだ。

冗談を言っている顔ではなかった。


『毬……』

玄太郎の感情が震える。

言葉にならない想い。

向日葵の胸へ流れ込んでくる。


「本当に分かるの?」

向日葵が尋ねる。

毬は少し考えた。

「分からないわ」


「でもね」


「ずっと感じてるの」

「向日葵ちゃんの写真、あれも玄ちゃんからでしょ?」

そう言って微笑んだ。


「玄ちゃんはどこかで見てるんだろうなって」

玄太郎は何も言わない。

向日葵も何も言わない。

その沈黙がかえって切なかった。

しばらくして毬がお茶を淹れに席を立つ。

向日葵は呟いた。


「玄ちゃん」


『なんだ』


「今なら話せるじゃん」

『……』


「身体使っていいから」


「ずっと言いそびれた事、伝えなよ」

沈黙は続く、返事がない。

向日葵は待った、長い長い沈黙だった。


やがて。

とても小さな声が聞こえた。


『そういうことか…。』

向日葵は眉をひそめた。


「え?」

返事はない。


『……』


「玄ちゃん?」

呼び掛けても返事はなかった。

初めてだった。

玄太郎が自分から話を終わらせたのは。

胸の奥に嫌な不安が広がる。

まるで砂時計の砂が少しずつ落ちていくような感覚。

向日葵は居間の奥を見る。

毬がお茶を運びながら笑っている。

その姿はいつもと変わらない。

なのに。

何かが終わりへ向かっている気がした。

夕暮れの光が畳を赤く染めていた。

向日葵は理由の分からない不安を抱えたまま、静かに唇を噛んだ。

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