8話 王都へ
ある日、昼食を外でとっていた時のことだった。
サンドイッチを器用に分解して兜の隙間から吸い込んでいるロイドが、こんなことをテレサに提案した。
「そういえば、ソレイア嬢の馬は準備しているのか?」
そう言われて、テレサは特に考えていなかったことに気づいた。
騎士といえば馬。確かにその通りだ。
自分には無縁すぎて頭からすっぽ抜けていた。
「…馬ねえ、どんなのがいいのかサッパリわからないんだけど…骨馬じゃダメなの?」
「おいおい、骨馬は乗馬の訓練にはなるが、騎士になるなら小さい頃から共に過ごす愛馬は必要だぞ。馬は騎士の足であると同時に心を預ける相棒。友だ」
馬のワードを聞いてからソレイアは「わたしのお馬さん?!」ともう手に入れた気になってはしゃいでいる。
その姿をみるとテレサに否やはない。
「じゃあ、そっちは頼むわ。金に糸目はつけないから、ソレイアに相応しいのを用意してよ」
「そういうと思ったけど、お前、俺のこの見た目を見て何か感じないのか? これでどうやって馬を用意しにいけっていうんだよ?」
ロイドがここにきてから約束の期間が過ぎ。その身につけていた鎧はなんとか外すことはできた。
できたのだが、兜だけはどうしても外れなかったのだ。
むしろ鎧の部分を解呪した分、余計に兜に呪いが集中してしまい、流石のテレサもそこでお手上げ状態ということになった。
しかも、どうしてか頭部と一体化してしまったようで金属に見えるのに妙な生々しさがある髑髏になっているのだ。
端的にいえば、気味が悪かった。
「…いけるんじゃない?」
「世間一般にはこの見た目はモンスターの領域なんだよ!…前の方がまだマシだった。隠せば隠すほど不審になるぞ。ああ、俺の男前の顔が懐かしい」
そうでもなかっただろ、とテレサは思ったが面倒なので突っ込むのをやめた。
テレサやソレイアは気にしないが、確かに、たまにくる行商はロイドを見て卒倒していた。
肌色に塗ればなんとかならないか、とテレサは益体もなく思った。
「でもねえ、私が馬の買い物って…骨の良し悪しはわかるけど、肉がつくとどうにも。詳しそうなツテもーー」
話しながらテレサは馬を持っていそうな知人を検索して、そういえばアイツ持ってるんじゃね? と希望がありそうな相手がヒットした。
「…どうした? 言っておくけど裏のルートはやめておけよ? ごく稀に掘り出しものもあるらしいけど、ちゃんと血統書付きのが無難だぞ」
「んー。まあ大丈夫でしょ。いけるいける。偉そうだしアイツ。ソレイアを見たいって、言ってたしね。…一応、アポはとっておくか。前行ったらカンカンだったからな」
そう言ってテレサは骨鳥に文を渡して飛ばした。
飛び去るのを認めたテレサは、はしゃいで走りまわっているソレイアを呼び寄せた。
「ソレイア、久しぶりにお出かけしましょうか」
「お出かけ!…どこ? どこどこ?ーーどこ行くのママ!!」
テレサは無限にどこどこ言う娘がおかしくて少し笑ってしまう。
そして片眉と口の端をあげながら、こう言うのだった。
「王都よ」
◇
王都は王都でもその外れ、断崖絶壁を背にした質実剛健な古城が目的地だった。
それはかつての王城。
今はその役割を、見栄えの良い新しい城へと移し、あとはその躯体が朽ちていくのを待つばかりとなっている。
しかし亡んだとはいえ、かつての大国に連なる辺境の要所を固めた城。
装飾を取り払った頑丈につくられたそこは、今も泰然とその風格を湛えている。
人目につかぬよう月のない夜に、城の中でも立ち入りを制限されている庭園にテレサとソレイアを乗せた骨大鳥は降り立った。
そこに幾人かの人影が待ち構えている。
そのうちの一人が悠然と歩いてくる。
「おお、相変わらず美しくも荘厳な骨の鳥だなテレサ。我が友よ。今宵は少しばかり贅を凝らした食事を用意してある。ようやくお前の秘蔵っ子を紹介してくれるというのでな、張り切ってしまったぞ」
そう言って鷹揚に笑うその男はこの城の主。
城だけではない、この国そのものと言ってもよい。
グラスト王国の現国王。テレサの雇い主でもある。
「…ちょっと、セルバン。大仰に格式張られても困るわよ。嫌がらせなら帰る。うちのソレイアは見せ物じゃないのよ!」
「もちろん無礼講だ。給仕も最低限、口の固い者たちだから安心だ。私の家族も紹介したいしな。…ほら、はやくいこう」
セルバンと呼ばれた男は、普段国王として見せる姿ではない、緊張を解いた気さくな態度で手を振った。
大した役者だ、とテレサは鼻を鳴らしたあと、仕方なしといったていでソレイアと二人、王の後をついて行った。
その先には一列に並ぶ人影たち。
「妻のテレジア。長男のランパート。次男のネイサン。長女のオリビアだ。下の二人は双子で9つになる。お前の娘とも年頃が合うし、友人になってくれると嬉しい」
それぞれセルバンの紹介で順に軽く礼をするのみ。「家族を紹介する」と言っていた通り、王族として対面はしていないとするセルバン流の言い訳なのだろう。
テレサもその方が色々と助かる。
「初めましてみなさん、テレサと申します。それと娘のソレイアです。友人なんてとんでもない。田舎育ちなものですから」
テレサの隣でおすまししていたソレイアが「えぇ?」と不満気な顔で見上げてくる。
こら、可愛いけどやめなさい。連中と関わってもあまりいいことはないのよ。
「まあ、そう言うでない。本人たちの相性もあるからな。気にすることはない。…明日、紹介する馬も子供たちを連れて一緒に見に行くと良い。きっと楽しいぞ」
ダメだ。ソレイアが目を輝かせている。
村の子供たちはソレイアとちょっと距離があるから友達といえる子は少ない。
友人に飢えているのだ。
家の場所をもう少し街の方にするべきだったか。
しかし、それだとご近所付き合いとかが面倒だったし。とテレサは懊悩する。
「では早速、食事にしよう。よい香りが漂っておる。お互い垣根を取り払って、腹を割って話そうじゃないか」
がはは、と笑うセルバンにテレサは心の中で舌打ちをする。
ビジネスだけの間柄だったのに、年月が経てばこういうことも起こりうる。
状況をうまく使いこなす強かなこの男の手管に乗せられているようで、ひどく癪だ。
だが確かに、テレサにとっての急所はソレイアだ。
ソレイアをうまく取り込めれば後からでもテレサがついてくる。
そう見越しているのかもしれない。
そしてそれは正しい。
この国を安住の地にすると決めて、ソレイアが誰と関係していくのか、それは当人の決めることだと考えていた。
もし、ソレイアが嫌だというなら国を出てもいい。
大切なものができたなら、それを守るといい。
テレサはその全てを肯定する。
それが愛することだと信じているからだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今度は王都へお出かけでした。
次回もよろしくお願いします。




