7話 ロイド先生の授業(実技)
家の裏手に作られた、森と併設された全長1.5kmのソレイア専用アスレチックを、軽快に走っていく。
不規則な丸太の足場、鼠返しの坂、ロープで渡り繋いで行く沼。
様々なコースを問題なく消化していき、最後の木製の雲梯を軽々と渡り切り、木の上から鮮やかに地面に着地する。
ペナルティなしの全コース制覇。
攻略速度も記録更新。
ふう、と一息ついたソレイアはまだまだ元気溌剌だった。
訓練開始から1ヶ月が経過し、驚くべき速度で成長するソレイアに、ロイドは内心でガクブルだった。
足場や掴むものの材質、刻一刻と変化する状況に対応し、その都度、最適な力のバランスを調整している。最初の頃の設備クラッシャーぶりはどこ吹く風のようだった。
傍に控えていた修理用の骨大工も、仕事がなくなり暇そうだ。
しかしそれをなんとなく、でこなしたのかどうか、確認をしなければならない。
「…よし、ソレイア嬢。このアスレチック訓練で得られた教訓は何かな?」
「はい! エーテル体を出した状態だと、どうしても力が出て施設を壊してしまいます。それをギリギリ壊れないくらいの力に抑えつつ、かつ体を動かし続けるのはスッゴイ大変でした。でも楽しかったです!」
よしよし、とロイドは頷く。子供なりの返事でしっかりと答えている。
エーテル体の調整難度は個人差がある。肉体に差があるように人によって大きさが異なるからだ。
それを内に収めつつ、限定的ではあるが、瞬間の状況に無理なく反応させることに慣れる。
それがこのアスレチックの目的だった。
「うん、そうだね。今回も最後の雲梯にあえて傷をつけていたけど、上手く補強して倒壊を防いだね、素晴らしい」
ロイドはパチパチとなんでもないように拍手したが、これはとんでもない事だった。
本来は不意に起こった際のエーテルの乱れを見るはずだったのだが、ソレイアは切込みの入った部分を疑似的にエーテル体で補強し、普通に渡りきってしまった。
意図していた以上のことをされると、教える冥利に尽きるというかなんというか。
「ソレイア嬢はもう、エーテル体と肉体の調整は”ほぼ”出来ている状態だね」
ロイドはあえてワザとらしく、言ってみた。
「…先生。ほぼってなんですか? 何か残ってるんですか」
ソレイアはちゃんと、ノってくれる。
すごくいい子だ。このまま健やかに成長して欲しい。
決して、テレサのようにスレてほしくない。
最近、親密度がアップして、親戚のおじさんくらいの距離感かもしれない。とロイドは思っていた。
「今の状態では修了だね。でも明日のソレイア嬢は今日よりも、明後日にはもっと肉体が成長して大きくなる。逆に怪我をしたりして体の調子が変わったりと。常に状態は変わっていく。だから肉体に合わせて、調整は毎日しないといけないんだ」
「わかりました!」
ソレイアは元気に返事をした。
だんだんとエーテル体が使えるようになってくるのが楽しくてしようがない様子だ。
自分もかつてはそうだったろうか、とロイドは昔を思い出そうとして黒歴史が出そうになり、やめた。
「次の段階は、肉体とエーテル体の連動だ。調整と違って、もっとタイミングが重要になってくる。最初の授業でやって見せたやつだね。今までのアスレチックもここに必要な要素はあったから、ソレイア嬢はもう入り口には立っているよ」
「なんと!」
ソレイアのワクワクした目に応えるようにロイドは訓練用の骨兵を呼んだ。
◇
「さて、今回から相手がいる訓練になる。今までは自分のタイミングで動けたが、相手がいるとそうはいかない。相手に合わせ、かわし、いなし、ぶつかり。いろんな対応を覚え、エーテル体と連携させる」
現れた骨兵は訓練用猪型骨兵1号。
ソレイアの体格よりも若干大きいサイズだ。
前足をごつ、と地面に擦り、いつでも突進できる体勢。
ソレイアも田舎っ子なので生きている猪はよく見る。
小さくても侮れない奴らだ。
それがテレサの骨兵になって現れるとは、かつて追いかけ回された屈辱は忘れていない。
「ではこれからソレイア嬢には、この猪のぶちかましを受け止めてもらう」
「え“え”ー!!」
てっきり躱わす訓練だと思っていたから、レディにあるまじき声がでてしまった。
しかしロイド先生のことだから、きっと何か理由があるはず。
「ソレイア嬢はためしに、思い切りぶつかってみるといい。…いいかい、受け止めるんだよ」
「はい!」
ロイドの「始めっ」という合図で骨猪は突進してきた。
ソレイアは「思い切り、思い切り」と全身の力をため、それを迎え撃つ。
アスレチックの時とはちがう、突進してくる相手を予測して、ぶつかる瞬間に力をださなきゃいけない。
最初からがちがちだと、動きが遅くなってしまう。
だから、ぴゅん、と出て、ぐわっと合わせてーー
ぱぁん、という破裂音と共に、骨猪はあっけなく砕け散ってしまった。
予想していたよりもずっと軽い衝撃に、肩透かしを喰らったソレイアはしばらく状況が飲み込めなかった。
「…これが、今のソレイア嬢の全力だ。通常時、落ち着いていればその力は制御できるが、ひとたび何かの切欠で溢れると、こうなる可能性がある」
ソレイアの修得速度は確かに凄まじい。
そしてそれ以上に恐ろしいのはエーテル体の大きさだ。
小さな体に合わせると密度が上がる。
密度が上がると重くなる。重くなるとそれだけ制御が困難になる。
ちょっとしたことで暴発し、危険性が高まってしまう。
そういう事故がトラウマになってエーテル体を封印する者もいる。
「ソレイア嬢にはこういう怖さも知ってもらいたい。楽しいだけではないんだ。力があるなら制御する義務も生じる」
ソレイアはじっと自分の両手を見つめてロイドの言葉に耳を傾けていた。真剣に自分の力を考えている。
ロイドはこの真面目な騎士見習いの少女を、全てを破壊する悲しきモンスターのようにはさせない。と意気込んだ。
「…たとえばこれが、ソレイア嬢が愛読する恋愛本に出てくるヨーシー君だったら? パンをくわえて街角で偶然ぶつかったら彼はこの骨みたいにぐっちゃぐちゃだよ?」
「いやああああああ!!…な、なんで知ってるんですか先生!! というかなんですかその例えは!?」
「先生として、弟子がどんなものを好むのか知っておくのは重要なことだよ。俺もしっかり読み込んでいる。でもあれだねヨーシー君はちょっと軟派じゃないかな」
「ちょ、やめてください! ヨッくんはあれがいいんです! 人気投票でも4位なんですからっ」
ヒロインの相手役のはずなのにその人気は思うところがある人が多いってことじゃないのかな。
方針転換で当て馬にならなければいいけれど。とロイドは思った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ソレイアの成長は順調ですが、まだ課題もあります。
次回、王都へ向かいます。




