5話 ロイド先生の授業(座学)
今日はロイド先生との訓練初日。
動きやすい服に着替え、髪を後ろでくくる。
リボンはやめて、紐でまとめる。
前髪を上げて視界良好。
ソレイアはヤル気に満ちていた。
「…では、最初の授業は前知識の確認から」
ロイドが黒板に鎧のまま、器用に文字を書き連ねていく。
今日はいい天気で風も爽やか。
木陰に座ってソレイアは「えええ」と不満気な声をあげた。
せっかく思い切り体を動かせると思ったのに。と、めいっぱいに表現している。
そのソレイアを見てふっと笑いながらロイドは進めた。
「まず、大前提としてソレイア嬢は聖騎士のジョブを得た。これは間違いないね。ちょっと信じがたいけれど、…ああ、本当だ聖騎士章だねこれは…とんでもないな」
ソレイアは額の紋章を誇らしく輝かせていた。
剣と盾と光。それらを象る聖騎士章。
ロイドはおぼろげに記憶していた紋章図録と現物の誤差がほぼないことを確認した。
なんか神々しいし、神官が断言したのならそうなのだろう。
「聖騎士のジョブは、歴史的にも成った人物が少なくて、あまり詳細は知らされていない。今でも10人はいないはず。…ただ伝え聞く限り、騎士の上位互換だとされているね」
「…上位互換?」
ソレイアは首をひねった。
心の動きがそのまま体に出るのだなあこの娘は、とロイドは思った。
「騎士のジョブだけでなく、様々なジョブのスキルを体得して、ようやく成れる上位ジョブ。ということだね。驚きなのはソレイア嬢がいきなりその聖騎士になったことだ。…まあ死霊術士も似たような特殊条件がいるそうだから、似たもの母子ってことかな」
ロイドのその感想に、ソレイアは「でへへ」と照れていた。
テレサと同じという部分にいたく感じ入るところがあったようだ。ママ大好きなんだな。
「とまあ聖騎士のジョブが凄いことはスゴいのだけど、本来なら下地が出来た状態で成るジョブだ。何もないソレイア嬢はとっても苦労する、と胸に刻んでもらいたい。だから、これから教えるのは基本中の基本からだ」
むむむ、とソレイアは気持ちも新たに気合を入れた様子だ。
「ではまず、”ジョブを得る”ということは何か、知っているかな」
「…? 石板で神様がえいやー、って人間にジョブを与えるのでは?」
「うん、まあおおよそその認識で間違いないけど、ジョブは直接、肉体に付与されているわけではないんだ。第二実体と呼ばれるエーテル体に付与されている」
ソレイアは知らない単語がでて混乱してきた。「?」が浮かぶソレイアをロイドはゆっくり伝えていく。
「元々、人間の内には“第二の体”が眠っている。石板はそれを目覚めさせて、資質に合ったジョブを与える。それが適職検査だ。…目覚めたては、第二の体は不安定で形もはっきりしない。それなのに君は初めてで教会からここまで走り抜けたというのは、…誰が聞いても信じないだろうな」
そこでソレイアは手を挙げた。
質問があればそのようにするように言われていたからだ。
「じゃあ、そのエーテル体というのをムキムキにすれば強くなるんですか?」
「…むき?…う、うんそうだな。だけどそれだけではない。実際、ソレイア嬢がいま過剰に力がでてしまうのは、エーテル体の出力が高く肉体とのバランスがとれていないせいだね。だから必要なのは二つの体の連携だ」
ロイドは実際に体を使って説明しようと考えた。
実際に見た方がソレイアにはいいだろうと感じたからだ。
「例えば、拳を前に出す。これは肉体だけの動作。威力も普通」
バシッと、目の前の木を叩いて見せる。
「で、これが肉体とエーテル体の動きを合わせた力。かなり強い」
先ほどと同じ動きで同じ速度だったのに叩かれた木は最初と比べてその衝撃の差は明らかだった。伸びた枝の先まで震えている。
「今のは動きを合わせただけで特に力は込めてない。どちらの力も込めればそれだけ強くなるが、問題は力を込めるほどに連携が難しくなることだ。ズレが起こればそれだけ力の方向が逃げて結果、…威力にムラが出る。これが今のソレイア嬢の状態だね」
ソレイアは唸った。エーテル体の出し入れはなんとなくわかったけど、体を動かそうとするとズレる気がしていたのはこれだったのか、と。
しかしこれは大変だ、気を抜いたら置いてけぼりになるエーテル体を、常に肉体と重ねて動かさないといけないという。それはとてもーー
「そう、とても難しい。これは物理戦闘系ジョブの基本中の基本だけど、奥義とも言える」
奥義。なんかすごくかっこいい言葉が出てきてソレイアはテンションが上がった。
そうか、奥義か。奥義なら仕方ないな。早速、極めてしまうか、奥義。と、ソレイアはニヤリと笑った。
それを見たロイドはやや不気味に感じた。
「…ま、まず、最初に行うのはエーテル体を肉体の形に整えることだ。大きくても小さくてもいけない。これは皮一枚分の誤差までが最終目標。練習法は色々あるが、実際の肉体を動かして感覚していく方が、ソレイア嬢には合っているかな。専用のアスレチックを用意するから、君はしばらく走りまわっておいで、エーテル体を出した状態でね」
それを聞いたソレイアは目をらんらんとさせて、ビュンと走って行った。
本当に走れている。
いや、かなり強引に地面をぼこぼこ踏み抜きながら走っている。
バランス悪く、転げるのにすぐ起き上がって、また走る。それでも楽しそうだ。
普通、最初はエーテル体を出した状態で動くことすら覚束ないのに。
感覚派の連中にたまにいるらしいが、ソレイアはそれに当てはまる。
しかし問題もある。
最初から出来すぎて、一度失敗すると立ち直れなくなることもあるとか。
感覚を信じすぎて、裏切られたと思うと、もう信じられなくなるのだろう。惜しいことだ。
ソレイアにはそうならないよう教え導かねばならない。
彼女の非凡さは少し見ているだけでも実感する。
さすがはテレサの娘といったところだが、ジョブが違うから一概には言えないか。
もしや父親の方の才能か。
聖騎士の才能、と考えたところでロイドはかぶりをふった。
あまり深く考えてはいけない気がする。
そう、偶然だ偶然。その方が世界は平和だ。
ロイドはただ、騎士の道を歩もうとする若者を正しく導けば良い。
余計なことは考えない。
この距離感の測り方がロイドがこれまで生き残ってこれた理由のひとつだ。
遠くに見えるソレイアの姿を目を細めて確認してから、ロイドはアスレチック建設の相談をテレサにするべくその場を後にしようとした。
が、すぐにソレイアが戻ってきた。恐ろしい速度だ。
「ロイド先生。聞きたいことがあったんです。聞いてもいいですか?」
「…あ、ああ、何かな?」
「マ…母と先生は、どういったご関係なんですか?」
授業とは全く関係なさそうな質問にロイドは困惑した。
関係? 知人としかいいようがない。
娘の前で赤裸々に話していい内容でもない。
おそらく話したらテレサに殺される予感がする。
どうも彼女は娘のソレイアに対して理想の母親を演じている節がある。
自らの爛れた過去をソレイアに知られたくないのだろう。
妙な常識に縛られているのは娘のためなのか。
以前の彼女からは信じられない更生ぶりだった。
「…俺は、友人だと思っている。彼女の方は知らないがね」
「友人…。先生は男女に友情が成り立つとお考えですか?」
これは、詰問されているのか。
10歳の少女から威圧感を感じるのは今までの情けない女性遍歴のせいなのか。
ロイドは、女性が問い詰める時、特有の空気に逃げ腰になりがちだった。
「…もちろんだとも。互いに尊敬の念があれば友情は成り立つとも。…ところでこの質問の意図は、なにかな?」
「意図はとくにありません。…聞いてみたかっただけです。…ありがとうございます」
「そ、そうか。…それは、よかった」
そして再びソレイアはビュンと駆けて行った。
取り残されたロイドはしばらく呆然としていた。
「なんだったんだ…?」
年頃の少女は謎だらけだ、とロイドは思った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
座学でしたが、ソレイアはだいたい感覚で進みます。
次回は実技を——といいたいところですが、まずはあの問題から。




