4話 髑髏騎士、ロイド
ソレイアはこれから先生となる髑髏騎士を連れて、るんるんで帰宅した。
だが、家の前ではテレサが腕を組んで立っている。
眉間に皺を寄せてちょっと機嫌が悪そう。
ソレイアのママは美人さんなので、ちょっと不機嫌に見えるだけでもかなり怒っているように見えるのだ。その黒い長髪が怒りで揺れている気がする。
知り合いじゃなかったのかな、とソレイアは少し心配になった。
しかし、とうの髑髏騎士は平然とテレサに近づいていく。
「やあテレサ、久しぶり。…危急の報せと聞き、馳せ参じました!…ってね」
「…相変わらずね、あんた。…なあに、また呪われてるの?」
「そうなんだよテレサ。助けてくれ。もう、どこも見てくれなくて、どうしようか途方に暮れてたんだ」
「あんたの方が危急なんじゃない」
ソレイアはパチクリと目を瞬かせた。
髑髏騎士の馬に乗せてもらい、そのままこの騎士様は馬を引いてここまで歩いてきた。
こほー、こほー、と息苦しいようだが兜を外すつもりはないらしい。
ポリシーなんだろうか。わかる。髑髏カッコいいもんね。
でもなんだろう、このモヤモヤする感じ。
「…私、そういうの苦手なんだけど。前に言わなかったっけ」
「頼むよぉ、もうテレサしかいないんだ。この鎧、脱げなくて本当に困ってるんだ。なんとかして!」
知人、にしてはテレサと騎士はなんだか距離が近いような気がする。
(友達…なのかな。でも男女に友情は成立しないって村のおばさんたちが、言ってた気がする)
「…とにかく、見せてみなさい。…無理ならムリだからね。諦めな」
「ははあぁ、ありがたき幸せ、恐悦至極に存じます!」
「うっさい」
馬から騎士様に、ひょいと手慣れた風に下ろされたソレイアはぽかんとしていた。
テレサがあのように砕けて対応しているのを初めて見たのだ。
ーー知らないママだ。
(わたしと一緒に淑女のお勉強をしたのはなんだったの?!)
貴族だからね、一応ね。とかいってたのに。
骨講師にビシバシされたあの苦労は何だったのか。
ママの方が全然できてないじゃん。親しき中にも礼儀あり、なんでしょ?
ということは、この騎士様は、礼儀のいらない友情じゃない男性、ってことになる。
これはきっとギルティだよ。わかっちゃったよママ。
パパは死んじゃったって聞いている。でも今でも愛してるってママは言っていた。
でもでも、そのパパへの愛はそろそろ翳りが見えてきたのかもーー
ーー新しい、恋、なんだね?
◇
髑髏騎士の周囲をぐるぐるとゆっくり回りながら、テレサは難しい顔をしていた。
これはかなり厄介だと。「うーん」「うーん」と唸りながら一向に終わる気配がない。
「…どうかな、いけそう?…ところで座っちゃダメかな」
「うっさい、立ってな!」
「はい」
ソレイアに騎士の訓練をするにあたって、数少ない知人を思い浮かべたところ、1番に思い浮かべたのがこの男、ロイドだった。
軽い感じだが腕は立つ。
飛び抜けて強いわけではないがそれでも生き残るしぶとさがある。
そこを評価しての人選だ。
しかし、この男。ーーとても運が悪い。
呪いの武具なんてなかなかお目にかかれないのに、更ににちゃっかり適合までしている。もはや呪いの武具に愛されているとしか言いようがない。
その剣と鎧の複合された呪いが、絡まった糸のように噛み合って解くのに骨が折れそうだ。
想像する労力に頭が痛くなってくる。
しかし今度はこっちもお願いする立場だ。
ソレイアのためならば安いものか。
「…これはちょっと腰を据えてかからないとダメね。少しずつ解いていくから…大体一月くらいか、もっとかかるかも」
「…っ! ああ、全然いいよ! それで頼む。…助かったあ、もう三年も脱げなくてさあ、早くさっぱりしたい」
「「え“?」」
途端にテレサとソレイアの距離が二、三歩下がった。
風向きが良かったのか感じなかったが、その年数の臭気を察すると込み上げてくる不快感に手で口を覆った。
親子二人にドン引きされたロイドは焦った。
「い、いや。臭くない。臭くないぞ。このままでも風呂は入れるし(洗えないけど)…何かこう、清潔に保つような効果があるのか不思議と臭わない。…本当だ」
テレサはソレイアを後ろに隠して怪訝な目で見る。
装着者を不潔にして早々に殺してしまうというのもありそうだが、この適合率なら主を助ける方向に向かうのもわかる気はする。
しかし、イメージは悪い。それに疑問もいくつかある。
「あんた、それ脱げないっていってたけど。排泄はどうしてるの? その時だけ開くとか?」
その質問にロイドは口を詰まらせた。「あー」「いやー」と、のらりくらり答えをはぐらかそうとしている。
しかし、疑問に思ったことは追求せずにはいられないテレサは答えを聞くまで許しはしない。
それを知っているロイドも、渋々、なんとか口を開いた。
「その…なんというか。その部分に密着するというか。直に吸い上げられるというか。最初はすごく痛くて死ぬかと思ったけど、最近はあまり意識せずにいられる…」
「それって、その鎧にオカマほらーーー」
「やめろ! それ以上言うんじゃない。騎士の沽券にかかわる」
テレサは納得して質問をやめた。
どうやらこの知人は呪いの鎧に純潔を捧げてしまったようだが、まあどうでもいいことだ。「オカマってなに?強いの?」と純粋に聞いてくるソレイアに、ロイドのことを指す名詞だけど他では使うことはないので忘れなさい。と言っておいた。
「…とりあえず、あんたはそこの離れに住み込みで。馬はそこに繋いでおいて。解呪をしている期間は午前中だけソレイアを見てもらう。ついでだから食事も用意してあげるわ」
「いたれりつくせりだな。問題ない。…おっと、こっちの話ばかりで申し訳なかった。…お嬢様に改めてご挨拶申し上げる。我が名はロイド。故あって家名はない。主を持たぬ流浪の騎士だが、この度、貴女に騎士のなんたるかを教授しに参った。よろしく頼み申す」
ロイドは先ほどまでのどこか抜けた態度が嘘のように騎士然と振る舞った。
こういう卒のないところも憎めない要因ではある。
騎士の挨拶を受けた我が家の小さなレディは、テレサの後ろから前に出てちょこんとスカートの端を持ち上げた。
「丁寧なご挨拶ありがとうございます。私はテレサ・ヘリオナの娘。ソレイアと申します。非才の身ではありますが、どうかご教授のほどよろしくお願いいたします」
完璧だ。完璧なご令嬢がここにいる。
礼儀作法の骨兵にスパルタされた甲斐があったというものだ。テレサは年齢からかあまり身に付かなかったが、ソレイアはしっかりと身につけていた。
普段は使うことがないので久しぶりに見るご令嬢スタイルのソレイアはとても眩しかった。
「…おい、なにこの娘。メチャクチャしっかりしてるじゃないか。本当にお前の娘か? どこかから攫ってきたんじゃ?」
「はあ?! どこからどう見ても私の娘でしょ!…あのちょっとだけ釣り上がった瞳と色。ツンと突き出した可愛い鼻。ぷっくりとした唇は朝露が沁みた可憐な蕾のよう。ーーこの世の全ての可愛いを集約した私の大事な娘よ!!」
「お、おう。なんかお前、キャラ変わったね…」
テレサはロイドの疑惑の言葉に怒髪天をつく勢いで激怒した。
訓練の話がなければ半殺しているところだ。
ソレイアの素晴らしさを一晩中でも聞かせてやりたい気持ちではあるが、この脳みその中身が騎士と女しかない男に記憶できるかは疑問が残る。
そう遠くない未来、訓練の間にソレイアの偉大さと可愛さに平伏することになるだろうからそれまでは許してやろうか。
テレサは油断していた。
ロイドの馬鹿さ加減に呆れて気を抜いていたのかもしれない。
二人を見つめる視線に気づかなかったのだ。
そう、ソレイアの瞳が疑いの眼差しに染まっていたことにーー。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ロイド、いろいろ大丈夫じゃない気がします。
次回から、訓練が始まります。




