3話 マールの友達
「…だから、すっごい騎士の先生が、そろそろこっちにくると思うのよ、マール!」
「へえ、そうなんだ」
白金の髪にひかるおデコ。黒い瞳がやけに輝いて見える。着てる服も質素な色合いだけど、丈夫で高そう。
柵の上に乗って嬉しそうにはしゃぐその姿は一枚の絵のようだ。隣にいる自分はボヤッとしてるけど。
(やっぱり、貴族なんだなあ。)
マールと呼ばれた娘はソレイアと同い年。
農家の娘だ。本来なら家の手伝いをしている時間だが、今は訳あってソレイアの相手をしている。
村から離れた場所にあるお屋敷に住んでいるソレイアは、爆速でほぼ毎日、村に遊びに来る。
最初、村の子供たちは明らかに見た目の育ちが違うソレイアに萎縮していたが、他のどんな子よりも野生児なソレイアにあっという間に心を許し、そして、逆にコイツヤバくね、と距離を取るようになったのもすぐだった。
何せ、興味を持ったらすぐ行動に出る。
蜂の巣を落としたり、クマに石を投げたり、カマキリの尻から虫をひっぱり出したり。村のアホな男の子でもドン引きの行動力だった。
あれは可愛い見た目の皮を被った別の何かだ、と今はそれが周知の事実だ。
マールはそんな中で唯一ソレイアと遊べる友達枠。
枠、だ。友達ではない。
もしもお嬢様に傷が付いたら何をされるかわからん、と村の大人たちが心配してお目付け役にマールを指名したのだ。
心配しすぎたと、マールは考えている。
ソレイアは傷がつくような素材でできていない。
同じ人間かもちょっとあやしい。
そして、この間の適職検査で聖騎士を引き当てたという。
すごいを通り越してもはや怖い。
聖騎士といえば吟遊詩人とかが歌ってる物語にでてくる人達だ。
辺鄙な農村に住むマールには一生お目にかかれない存在。
それが今、なりたてだがマールの目の前にその聖騎士様がいるという。
ちょっとよくわからなくて、マールは限界まで首を捻った。
「どうしたのマール?…寝違えたの。枕を変えたらいいんじゃない?」
違う、そうじゃない。とはいえず「そうだね」と軽く流す。
マールはソレイアと半ば強制的に過ごすことによって同世代とは一線を画すスルースキルを身につけていた。
「…マールは、訓練校に通うの?」
マールはその質問にもうひとつ「そうだね」と答えた。
この間の検査でマールに顕れたジョブは戦士だった。
なんで? と不思議でならなかったが、でたものはしょうがない。
正直、武器を持って戦う自分というものを想像できないけれど、平凡な農家の娘にせっかく訪れた出世の道だ。歩かなくてはもったいない。
それにわざわざ国が無償で、平民用の準備訓練に住み込みで教えてくれるという。しかも三食おやつ付き。
荒屋に家族8人狭苦しく住み、日々の食料も兄弟たちと奪い合う。
そんなマールにとって、それは望外の申し出だった。
「…な、なんなら? マールも私と一緒に教えて貰えばいいんじゃない? 私からママにお願いしてもーー」
「それはやめて」
恐ろしさのあまり、マールはスルーを忘れて全力で拒否ってしまった。
一瞬でソレイアが「そ、そう」としょぼんとしてしまう。
いけない、このままこの状態で帰ったらソレイアのママに殺されるよりも酷いことをされる予感がする。
マールは頭をフル回転させた。
「え…と、騎士様の訓練にわたし、ついていけそうにないし。それにね、訓練校に行くとジョブのこと以外も教えてくれるらしいんだ。…勉強やってみたかったから」
これは本当だった。農家の娘に与えられる知識なんて生きることに必要なもの以外ない。字も読めないし、書けない。
「そうね、それはいいことよ。…わたしも教えられるけど」
理解を示したようで食い下がってくる。
ソレイアは生半には諦めない。しつこいのだ。
マールもそれは心得たものなので、ゆっくりと一本ずつ指を剥がすようにソレイアを引き離す。
「でも、ソレイアも勉強は苦手なんでしょ?」
「…うっ、そ…そうでも、ないよ」
ソレイアの顔が固まる。表情が読みやすいのもソレイアの可愛いところではある。
「うちは貧乏だから、私がひとりいないだけで家が助かるの。離れても家族だし。もちろんソレイアとも離れても友達だよ」
「…ホントに?」
ちょっと、瞳を潤ませながら小首を傾げて聞き返さないでくれるかな。顔が良い。天は二物も与えすぎだと思う。
村の男の子たちはみんなソレイアに初恋を奪われて残酷にもその恋はソレイアの野生に引きちぎられるまでがセットなのに。
同性の自分でもぐらっとする威力にマールは目眩がするようだった。
あえて「友達」というソレイアが喜びそうな単語を使ったことに罪悪感が強くなる。
「…うん、字を覚えたら、手紙っていうのを書いてみるからさ」
「じゃ、じゃあ私が便箋を用意する! 往復用のと一緒に送るから。友達と文通…すごくイイ!! 楽しみね。なに書こうかな。すぐ返事してね。早馬を出そうかな」
「…字を覚えたら、だよ。まだ先になると思うよ?」
ダメだ聞いてない。こうなったらソレイアは止まらない。安易な約束をしてしまったかもしれない。
マールはこれから、村から離れて自然とソレイアとも疎遠になっていくだろうと考えていた。
彼女は確かに想像を絶する生き物だが、それでもやっぱり魅力的なのだ。 絵物語から出てきたようなお姫様。
きっと自分なんてその物語の一言にも描かれないと思っていた。
だけど、見た目に反して強欲なこのお姫様は、どこにでもいる村の娘を離してはくれないらしい。それがいつまで続くのかはわからないが、彼女のことだから案外長かったりするかもしれない。そうだと、うれしい。
マールはソレイアの楽しそうな横顔を眺めながら、早く字を覚えないとな、と思った。
その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえた気がした。
ふと、二人に大きな影が差す。
「失礼、そこのお嬢さんたち。テレサ・ヘリオナの家に行くにはこっちの道でいいのかな」
声に振り向くと黒い馬に乗った全身黒い鎧の、髑髏面がこちらを見ていた。
「っぎゃあああああああ!!」
マールは叫んだ。
田舎の原風景がいきなりスプラッタな展開になって思わず叫んでしまった。
「ああ、落ち着いて。あやしい…く見えるだろうけど怪しくないんだ。大丈夫。…ほら飴をあげよう」
あやしい人はみんなそういう。
こほー、と息が荒いのも怪しいし。飴で買収しようとするのも怪しい。怪しすぎて逆に冷静になってしまった。
マールは反射的にソレイアを庇うように遮った。
足が震える。けれど見た目はお姫様なソレイアをこの怪しげな人間の目に触れさせてはならないと思ったのだ。
だが、好奇心お化けのソレイアがジッとしているわけもなかった。
「もしかして、ママの知り合いの、騎士様?」
「おや、それじゃあ君がソレイアちゃんかな」
ソレイアと髑髏騎士が普通に会話してるのを見て、マールは自分の方がおかしいのかな、と疑問を感じた。
これは絶対要注意人物の格好だって。
だって明らかに悪そうだもん。
こんなのが近づいたら子供なら絶対泣くって。
実際わたしも泣きそうだったし。
「わあ、カッコいい…」
だが、ソレイアはあの外見がストライクみたいだった。
ないよ、それはない。
あれは特定の年頃の男の子が盲目的に信仰する理解不能な、なにかだよ。
しかし説得虚しく、マールは、騎士と連れ立って帰るソレイアを見送ることしかできなかった。
たぶん大丈夫だと思うけど。
自分の無力さが情けなく思う。訓練校に通えばこの無力感もどうにかなるだろうか。
戦士、戦う者。わたしはなんのために戦うのか。
マールにはまだ早い悩みだったが、それはずっと心の奥に残るようになったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ソレイアの友達(枠)、マール登場でした。
次回、騎士の先生が明らかになります。




