2話 テレサと本気の鬼ごっこ
ソレイアは家の前の切り株に寝ころんでいた。
青い空の向こう、骨大鳥で飛んで行ったテレサの行先を眺めている。
テレサは昔からこうして定期的に仕事で家を空けることがある。
その間、家にいるのはソレイアだけだ。いや骨もいることにはいる。
今も、とんてんかんてん、と骨大工たちが少し離れた場所で新しい家を建設中だ。
住み込みの先生用なのだとか。
ソレイアはワクワクしていた。
どんな人がくるんだろう。女の人かな、男の人かな。やっぱりママの知り合いだから強いんだろうな。とか想像していた。
ソレイアの家は、村からすこし離れている。小高い位置で村を一望できる。この辺りではあまりみない二階建ての大き目な家なので、村の人には「お屋敷」なんて呼ばれてる。
実は大体はこの一帯がテレサのものらしいのだが、開拓地だとかで税は免除されてるらしい。なのであんまり管理はしていない。それで大丈夫なのかとソレイアは思うのだが、テレサは「だいじょーぶ、だいじょーぶ」とへらへらとお酒を飲むのだ。
まあ実際、テレサがひそかに骨兵を巡回させて近隣のモンスターを退治したり、害獣を減らしたりしているので村はそこそこ潤っている。ソレイアがわかっているだけでも入植する人は増えてるし、新たに生まれてくる子もたくさんだ。これが少なからずテレサの力によるものだと思うとソレイアは誇らしかった。
死霊術士になれれば、もっとテレサの手伝いができるかと思っていた。
しかし、それはもう終わったことだ。
ソレイアの切り替えは早い。
自分にできることでテレサを助けようと、そう考えていた。
そのためには特訓が必要だ。
聖騎士の特訓。
なにやら、数が少ないらしく聖騎士の先生は呼べないんだとか。
それは仕方ない、スペシャルなジョブになったのは自分だ。ママは全然、悪くない。
それに出来ることが多いジョブらしいから、まずは基本の騎士系統を教える先生を用意するといってくれている。
なんて頼もしい。
なので、今のソレイアにはできることがあまりない。
できないなりに騎士っぽい練習をしようと、ソレイアはいろいろ試したりはしていた。けれどーー
ソレイアは手に持ったイイ感じの棒を持ち上げ、力を込める。
ぐしゃ、っと音をたててイイ感じの棒は、イイ感じじゃない棒になった。
これだ。力が有り余るのだ。
街から走って帰ってきたときもそうだったが、前よりも格段に力が強い。そしてそれをうまく制御できないのだ。
今朝も何回、食器を割ったことか。
テレサにどうしたらいいのか聞いてみても、術士系と戦士系ではエーテル運用が違って上手く教えられないとのことだった。
(つまんないな)
ソレイアは普段、ずっと動き回っているので、じっとしているのは性に合わない。でも物を壊すのはいやだから村にも遊びに行けないし、家の中もいられないし、だから外で日向ぼっこするくらいしかない。
しばらくむすっとしていたソレイアだったが、良い日和りだったので、そのうち目を閉じて、うとうとしていった。
「…キスしたら起きるかしら、お姫様?」
額に、ちゅ、っと触れた感触と声に驚いたソレイアは思わず起き上がった。
ぱちっと目が覚めたソレイアは傍で「あぶなっ」と身をよじっているテレサを見てさらに驚いた。しばらく帰ってこないかと思っていたからだ。
「ママっ、どうしたの、忘れ物?」
「…違うわよ、ソレイアに教則本でも探そうかと街に飛んでたの」
心外だわ、とテレサの手に分厚い本が握られていた。難しい文法じゃなければいいなとソレイアは思いながら受け取る。
もにょもにょと、体をよじるソレイアを見て、テレサは考える。
「…さて、ソレイアもストレスたまってるみたいだし、久しぶりに一緒に遊びましょっか」
「ホント?!」
ソレイアは飛び跳ねた。どちらかといえばインドア派のテレサとアウトドア派のソレイアではなかなか趣味が合わない。だから一緒に遊べる機会は貴重なのだ。
「なになに、なにして遊ぶ?」
「そうねえ、ソレイアもジョブが手に入ったことだし、そろそろ私の本気がどれくらい凄いか知ってもらうのも、いいかもしれないわね」
テレサが妖しく笑った。この顔をする時のテレサが本気なのだということをソレイアは知っている。でもそれをソレイアに向けたことはなかった。だからとても嬉しくなってしまった。本気で遊んでくれる、と。
「ルールは簡単。ソレイアが鬼で、私に触れればソレイアの勝ち。時間はソレイアが動けなくなるまで。…どう?」
「うん!」
そうして始まった突然の鬼ごっこ。ソレイアの脳は完全に遊びモードになっていた。力が強く出すぎることも忘れて、思い切りいこうと考えてた。
ソレイアがいきなり、まっすぐテレサに向かって駆け出した。
すると目の前に白いものが遮った。
なだらかに湾曲したそれは何かの骨の部位が地面に刺さっているようだった。
避けようと身をよじるソレイア。
しかし、それが次々と突き刺さる。
ソレイアの進行を防ぐように、絶妙にタイミングをずらしながら、前に出ようとするのを遮っていた。
頭にきたソレイアは思い切り横周りに走った。
最短では辿り着けないなら速さでかく乱するしかない。
さしものテレサもトップスピードに入ったソレイアに追いつけないのか刺さる骨を置き去りにして、後ろからソレイアが突撃する。
ーー触れる!
そう、ソレイアが確信した瞬間、視界が揺れる。
バランスも崩れる。立っていた地面が崩れたみたいだ。
しかし実際は、大きな骨の塊にソレイアが押し上げられているのだ。
どんどん地面から遠くなっていく。
高い、けどそれでもソレイアは飛び降りた。テレサめがけて飛び降りる。
テレサがこの高さで自分を避けることはない、と確信している。
だから、これでソレイアの勝ちだ。
と、テレサに到達する寸前。白い壁に間を阻まれた。
「べっ!」
思い切り顔を打ち付け、額がひりひりする。
「もう、ママずるいっ」
「…えぇ、それはソレイアのほうじゃない?」
あはは、と笑いながらテレサは、ソレイアを骨でぺいっと放り投げて距離をあける。
「お姫様はすばしこいから、狙うのが大変だわ。でもやっぱり、もっと動けるようになってるわね」
テレサが褒めてくれたようでソレイアは嬉しくなってくる。
「…じゃあ、ここからは私も攻めようかしら」
テレサはそういうと、ぞろぞろと骨兵を召喚しだした。
人型だけではない。モンスター級の大きさ、家を大きく超える大蛇の骨に座り高くその位置をあげる。空を飛ぶ蝙蝠、地をかける狼、腕の大きい猿、そしてひと際、大きいドラゴンの骨。それらが全てソレイアめがけて襲いかかる。
「ちょっとママ?! わたしが鬼だよね??」
逃げ惑うソレイア。恣意的に、定めたルールをゆがめる大人のずるさを痛感したのだった。
◇
日暮れまで動き続けたソレイアはさすがに、大の字になってへたっていた。こんなに遊んだのは久しぶりだった。
「力が出すぎるのも、疲れ果ててれば、大丈夫でしょ」
と、テレサは余裕で話しかける。
やっぱりママはすごい。あんなにたくさんの骨兵を使って、ソレイアを傷つけることなく、翻弄し続けていた。
ジョブを得ただけでは全然届かない。
ソレイアが満足げに微笑んでいると、一羽の骨鳥がテレサのもとに止まった。もっている文を開く。
「…お、生きてた。…やったわソレイア。騎士の先生が来るわよ」
それを聞いたソレイアは無言でガッツポーズをした。
声も出ないくらいへとへとだったのだ。
ソレイアはその夜、布団にくるまりながら夢を見る。
立派に聖騎士になったソレイアが、ピンチのテレサを助ける夢を。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
親子の日常回でした。
次回、新しい人物が登場します。




