27話 その光の名は
ママが倒れそう。助けなきゃ。
でもどうやって?
右腕は使えないし、体中痛いし。この骨籠は硬くて動かない。
わかる。わかるよ。
わたしを守ろうとしてるんでしょ。
わたしがまだ小さいから。まだ弱いから。
でもわたしも助けたいの。この気持ちは全然、弱くない。
どうしたらいいの、わたしに何ができる?
わたしは聖騎士なんでしょ?
ここでママを助けられなくて、どうするの!
骨から伝わるママの怖い気持ち、わかるよ。
もしかしたら、って思うの、わかるよ!
ママからもらったもの全部、ぜんぶ、わたしの中にあるからっ、だから!!
わたしの愛を、ママに全部あげるから!!!
ソレイアを囲む骨の籠がゆるむ。浄化ではない。
テレサの存在をまるごと包むみこむその想いが、かたくなな骨を開いた。
ソレイアはまっすぐ駆けた。
先程の、最期の消え入るような光ではない。
その身に抱え込む。太陽のような輝きをもって。
母の背中を抱きしめた。
◇
祝福は、愛を理解し、それに応え、そしてそれをすべからく周りへと伝えてゆく。その心の在り方を問う。
怨念に憎悪を向けてもなくなりはしない。消し去るには赦しがいるのだ。
母が、子を慈しむように。子がその愛をそのまた子へと伝えるように。
そして今ここに、新たな祝福を扱うに足る、聖騎士が誕生した。
ーーあたたかい。
ソレイアの祝福がテレサを包み込む。
それは今まで、テレサがソレイアに与えてきたものだった。
きっかけは自分勝手でひどいものだった。
ソレイアにしてみればきっと散々な親だろう。
それを穴埋めしようと、あらん限りの愛情を与えた気になっていた。
ソレイアが泣き、怒り、出て行って。そのことに気づいた。
自分自身を疑った。これは愛ではないのかと。
だが、たとえ歪であっても、世間からみて違っていても。
ソレイアを大切に想う心はなにも変わらなかった。
そのことに今、返事を貰ったような気分だった。
ソレイアの気持ちが流れ込んでくる。
言葉にしきれないその想いを、ぎゅっと抱きしめる力に変えて。
いつの間に、こんなに大きくなったんだろう。
守っていたはずなのに、守られるようになっていた。
これではあべこべだ。
自然と笑みがもれる。
これでは恰好がつかない。
まだまだ、ソレイアは子供だ。母親が守らないでどうする。
私が、最強の死霊術士なのだと、胸を張らないでどうする!
だから、目の前の死神に、片眉をあげて傲岸に言ってのける。
「…母親になったネクロマンサーの強さを、見せてあげるわ」
べえ、っと出したその舌に、闇色に星屑の光を混ぜた、死霊術士の紋章が輝いていた。
ソレイアから渡された祝福が、テレサを通じて、骨兵たちに宿っていく。
光り輝く死霊。
その姿を誰が想像できただろう。
『…バカナっ!?』
本来、相容れぬ存在が同居する。その信じられない光景に、死神も言葉を失う。
ひとつ、またひとつ。闇の中に灯る松明のように、輝く骨。
その光りにあてられて、死霊たちは本能的に身を翻し、逃げようとする。
しかしそこを、ぐわし、と掴んで離さない。
掴んだ箇所から溶けていく。
存在自体がもはや、死霊にとっての太陽そのものだった。
その圧倒的な熱量に、抵抗など無意味だった。
浄化の際に起こる死霊の絶叫すら残さない。
蒸発していく。近づくだけで。
その余波だけで怨念を消し去っていく。
もはや形勢はテレサたちに軍配があがった。
光の骨兵たちは次々と死霊を浄化していく。
一体、また一体と祓われるたび、周囲の闇が薄くなっていく。
光の届かぬ禁域にあって、この場所だけは日の光が照らすようにあたたかになっていく。
面白いように溶けていく死霊たちにテレサは「祝福って便利ねえ」と、どこか見当違いな感想を抱いていた。
聖騎士は、集団においてこそ、その真価を発揮する。
その信を、絆を結んだ相手に、自身の祝福を分け与える。
それを踏まえても、死霊に祝福を与えるという本来ならありえない運用。
だがこれは、なにも特別なものではない。
ソレイアが、テレサの存在をその死霊術ごと、丸ごと包みこんだ結果だ。
二人が歩んできた時間が成した、当然の結果だった。
『アリエナイ、コンナコトハ…アリエナイぃ!!!』
しかし、そんなことは到底知ることもない、哀れな死神は慌てふためく。
その姿に、ソレイアはやれやれと、手に持っていた心鋼を首にかけ直した。
肩を回し、腕を回し、手をぐっぱと確認する。
「…ずっと死んでても、こんなことも知らないのね?」
その声に、死神はソレイアに向き直る。
さっきまで死にそうだった、光りの粒が、いつのまにか周囲を焼き尽くすほどの光量を帯びている。
どうしてだ。
いつもの簡単な遊びだったはずだ。
簡単に消えてなくなる玩具だったはずだ。
その弱弱しい光を黒く塗りつぶす、いつもの愉しみだったはずなのに。
そんな表情がみてとれて、ソレイアはため息をつく。
(すっごく弱い)
力だけが強くて、ほかは全然なってない。
ロイドから学んだ騎士の心得は、その心の中心に剣を置くことだった。
正しく力を用いて、振り回されないように、己を律する心の力だ。
これならまだスカルゴのほうが強いかもしれない。
正直、もう弱い者いじめみたいな気持ちになってきてはいる。
けれどこれまで散々、相手を虐めてきたんなら。
けじめはけじめ。
しっかり躾けてあげることが、ソレイアのせめてもの情けだった。
ソレイアの輝く額の紋章が、死神を逃がさない。
もはや周辺は死神の空間ではない。
光の骨兵に分断され、切り刻まれて紙屑のように、散っていく。
そこに残ったのは、浄化の光を浴びて縮こまり、ようやくよせ集まっただけのよわよわしい、ただの靄だった。
ソレイアの隣にテレサが添う。そっと背中を押してくれる。
やっちゃいなさい、と目で伝えてくれる。
右腕はいつの間にか、元に戻っていた。
まだ痛むが、ぎゅうっと、その拳に力を込める。
その眼差しが、まっすぐに、死神を捉える。
「わたしはソレイア。…ソレイア・ヘリオナ。聖騎士のジョブを授かりし、死霊術士を母に持つもの」
その表情は、怒りでもない、恨みでもない、悲しみでもない。そして、無でもない。
すこしだけ成長した、ヤル気に満ち溢れた少女の顔だった。
「ーーそして、あんたをぶん殴るものよ」
まるでほうき星のように、夜空を駆ける、一条の輝き。
祝福をめいっぱい込めたその拳で、ムカついたその顔面をおもいきりぶん殴る。
そのしっかりとした手ごたえに、ソレイアはニッコリだ。
騎士物語の一幕にあった通り、にくいあんちくちょうをぶん殴ると、スカッとする。
『ギイアアアアアアァァァァァァァァァァァァ…………』
哀れな声をあげながら、浄化され、霧散していく死神を見てソレイアは思う。
腹は立ったけど、これでスッキリしたから、おあいこにしましょう。
浄化された魂がどこにいくのか知らないけれど、今度はその性格を直して生まれなおしてくるといいわ。
もし、逆恨みしてくるようなら何度だって叩きのめしてあげる。
わたしは逃げも隠れもしない。
だってわたしは、ママの…ネクロマンサーの娘なんだから!
ここまで読んでいただきありがとうございます。




