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ママはネクロマンサー~娘のわたしは聖騎士だけど、それでもママが大好きです!〜  作者: mabaru


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24話 死神

 禁域の結界は、死霊を外に出さないように通常の仕様とは逆方向にかけられている。

 それも対死霊に合わせて教国が年に数回、強化を施している。

 そのため、人が出入りする事はそう難しくない。

 ソレイアを乗せた一行は、警備の穴をつき、禁域内へ侵入しそれから猛然と走り続けていた。

 

 土地自体が呪われているという言葉通り、そこに生える植物も異形と化し、今にも襲ってきそうな風体で。かつて在ったという国もその跡だけを残して飲み込まれている。

 木の根が巨大に膨らんで道をふさぎ、思うようには進めない。

 昼のはずなのに、陽はささず、樹木で覆われた場所では方向を見失いそうになる。実際、ソレイアも禁域に入ってから、どちらから来たかもう分からなくなっていた。


 ぶるり、とソレイアの身体が震える。


 先程からずっと悪寒が止まらない。結界を抜けた瞬間から、もう半分後悔し始めていた。

 こんなに恐ろしい場所だったのか。

 空気がちりちりと産毛をさわる。それが意思をもってどこかへ誘うような感触さえする。

 気味が悪い。ボルゾイの言っていた「魔境」という言葉がソレイアの脳裏に浮かんだ。


(人の住むとこじゃないよ)


 こんなところでテレサは働いていたという。

 信じられなかった。どうやってこんなところで正気を保っていたんだろう。

 しかしそれはソレイアの他、四人も同じだ。見たところ動じた様子がない。なにか特別な訓練をしているのだろうか。しかし、あの失礼な男も平気そうなのは、なんだかしっくりこない。見たところあんまり鍛えている感じはしないのに。

 

「大丈夫ですか。お嬢様」


 ソレイアを前に乗せた護衛の人が、心配して声をかけてくれる。

 護衛の中で一番腕が立つ彼が、先頭で進路を決めて牽引している。

 つまりソレイアも一番前だ。ちなみに失礼な男を挟むように両脇を護衛が挟んで進んでいる。この配置はどうなんだろう。


「…寒気がします。みなさんは大丈夫なんですか?」


「ああ、我々は聖別された武具に身を包んでおりますから。そのせいでしょう。私の近くにいれば大丈夫かと思ったのですが。…申し訳ありません」


 そうして、ソレイアを少し身に寄せてくれる。この人は大変良い人だ。

 しかし、ソレイアのぞわぞわは、まだ止まらない。

 だんだんと、気味の悪さが強くなっている気がする。

 本当に端の方を通っているのだろうか。進む方向になにか濃いものが渦巻いているような気がする。

 

 先頭の護衛は、逐次手に持った道具で方向を調べている。

 その迷いのなさを見るに、間違いはないのだろう。

 信じていいのだろうか。ソレイアは自分の直感を疑った方がいいのだろうか。

 

 経験のなさからくる、判断の保留。

 またひとつソレイアのミスが積み重なる。

 




 ソレイアは、だんだんと分かってきた、この気味の悪さの正体が。

 

 これは視線だ。見られている。

 

 どこにも気配はないのに、視線だけを感じる。

 ちぐはぐな感触に気持ちが悪くなってくる。

 生理的な嫌悪感。これはまさにそれだった。


 今のところ、それらしい死霊は現れていない。

 表層にいるはずの、弱い死霊すら姿を見せない。

 これは運がいいだけなのか。それとも、もっと不気味な何かの前兆なのか。

 動けない。動いてはいけない気がする。

 じっと息をひそめて、通り過ぎるのを待つしかない気がするのだ。

 

 だって、ソレイアが視線に気づいていることを。この視線の主は気づいている。そんな感触がありありと感じられるのだ。

 

 気持ち悪い。お腹の底。身体の裏側まで見られているような感覚。

 どうか、見ているだけでいて欲しい。

 ソレイアが我慢しさえすれば、そのまま見逃してくれるかもしれない。

 

 それは相手頼みの、言ってしまえば、あるかどうかもわからない相手の良心にかけている思考だった。

 そんなものを持ち合わせない、本当の悪意に晒されたことのない、安易さだった。

 

 実際、ソレイアたちが見逃されていたのは、獲物が回帰不能点まで辿り着くのを、じいっとソレが待っていたに過ぎなかったからだ。


 ぶるぶると、震えが止まらず縮こまったソレイアを見て護衛が休憩しますかと尋ねる。


「ふん、所詮は小娘か。この程度のことでふるえるとは。…多少、気味の悪い木々があるだけではないか」


「まだ子供ですから、仕方ありませんよ。…それにしても本当に死霊が見当たりませんね。前回の祈祷祭から期間はあいているというのに」


「言うほどでもなかったということだろう。聞くと見るとでは大違いだ。死霊どもなぞ、この宝剣の錆にでもしてくれようかと思っていたのだがな、ははーーー」



『ーーひひ』



 まるで、最初からそこにいたかのように、突然に、唐突に、ソレは現れた。

 

 薄暗い木々の間を、カーテンが覆うような薄い昏い色のその中を、ソレイアたちは避けることもできず、突っ切ってしまった。


 馬たちがバタバタと倒れていく。

 

 乗っていた護衛とソレイアも投げ出される。

 ごろごろと体を打ちつけながら、ソレイアはなんとか震えを抑え込んで反射的に立ち上がった。

 

 立ち上がっただけだ。体はいまだに思うように動かない。

 がちがちと、音がうるさい。

 なんの音かと思えば、それは自分の歯が勝手に打ち合わさっていた音だった。


ーー寒い。


 ただの冷気ではない。

 体中の命の温度が下がっていく冷たさ。

 さきほどのモヤに触れてしまったからだ。

 触れれば命を吸い取られると言っていた。

 これは、この死霊はたしかテレサが倒したと言っていなかったか。

 わからない。けれど現実に目の前にいる。それが全てだった。


 馬たちは絶命している。

 護衛たちはうめき声をあげていた。あの男もまだ無事のようだ。

 聖別された武具が守ってくれたのだろうか。

 しかし、それではソレイアは、どうしてまだ生きていられるのだろうか。

 

 胸元の、心鋼が本来ヒンヤリとしているはずなのに、暖かい。

 貰ってから、ずっと肌身離さず身に着けていた、テレサからのプレゼント。

 これが、かろうじて、ソレイアを守ってくれていたのだろうか。

 

 しかし、状況はなにも良くなっていない。

 

 呼吸が荒くなる。訓練とは違う。

 本物の、命のやりとり。いや、これはやり取りではない。

 一方的に、搾取される。こちらが狩られるだけの、覆しようのない現実。

 

 追撃があれば、ソレイアたちはそこで終わっていた。

 その事実が今更ながらに恐怖をかりたてる。

 ぷるぷると小刻みに止まらぬ震え、勝手に涙が溢れようとしてくる。


(怖がってもいい、でも前を向いて)


 ソレイアは、自分に言い聞かせて、涙を堪える。

 一瞬のうちに、死んでいるかもしれない状況。

 だがそれでもと、ソレイアは自分を奮い立たせる。

 

 死ねない。まだ死ねない。

 どうしてこんなところにきてしまったのか。

 自分の愚かさが恨めしい。

 でもそんなことは今は問題じゃない。考えてる暇はない。

 少しでも、その力を、生き残るために、使わなくては。

 後悔はその後で十分にする。

 だから動いてと、ソレイアは念じる。だって、まだ言ってないのだ。


ーーごめんなさい、と言ってない。


 生きて、テレサに会って、謝るんだ。


 それだけが、この絶望的な状況で、ソレイアが立ち上がれるただひとつの信念だった。


 心に勇気が湧いてくる。

 テレサを想うと身体も心もあたたかくなる。

 冷たい死を跳ねのける力になる。


 齢10の少女が、この世の最悪の死霊「死神」と相対した瞬間だった。




 

「な、ぜ…、死神が、こ、こに。…深層に、いる、はず……」


 護衛のひとりが、なんとか口にしたその言葉を、死神は、顔に見える部分の口を弓なりに大きく開いた。三日月のような形だった。

 ソレイアはようやくと、相手を冷静に見ることに努めた。


(…笑ってる?)


『ひひ、…シンソウ? チガウヨ、……ワタシノイルトコロ、…シンソウ』


 見たまま楽しんでいる。子供が虫を弄ぶように。


『ダカラ、ホラ、クルヨ……コワイネぇ』


 今の今まで、現れなかった死霊たちが、わらわらと、群れをなして死神の後を追ってきた。


『…ガンバッテ、ネ……ひひ』


 自分は高みの見物で、こっちがやられるのを観察してる。こいつはーー


ーーすっごく、性格わるい!!


 ソレイアは動けない護衛のひとりから剣をひったくった。

 大きい。振れはするけどバランスを崩しかねない。それでもないよりはマシだ。さすがにしっかりした造りで、ソレイアのエーテルに耐えてくれる。

 ちかくの大きな木の根元に、三人とひとりをつかんで放り投げる。

 

 力の差は明白だが、薄笑いをする性格の悪い相手の思い通りになるのは嫌だった。

 その単純な怒りが、一時でも恐怖を抑え込んでくれる。

  

(そうやってずっと弱いものイジメしてきたんでしょ!)


 たとえ力があっても、その性根が腐りきっていて、尊敬できない人物というものはいる。とロイドが言っていたことを思い出す。

 目の前の死霊がまさにそれだと感じる。

 

 他の死霊とは違い、恨みで動いていない。

 動物のように食べるために殺すのでもない。

 愉しみの為に殺そうとする。

 その意地汚い欲望を、ソレイアは軽蔑する。


 ソレイアのエーテル体が肉体になじむ。深く、深く。

 死霊に物理攻撃は通用しない。祝福がなければ、完全に浄化できない。

 指先の光り程度では大した攻撃にもならない。

 ソレイアでは倒せない。

 

 それでも、ソレイアは戦えぬ者たちを背に、一歩も引くことなく、死霊の群れと対峙した。

 そしてそれこそが聖騎士のあるべき姿だった。


『オマエ、…ウルサイナぁ、……キミガワルイナぁ』


 死神の苛ついた様子に、ソレイアは薄く微笑んだ。

 嫌なやつが嫌な気分だと、喜ばしい時もある。

 心の底から愉快だった。

 たった10歳の小娘を怖がらせられない、このモヤモヤはその程度だ。

 

 希望はある。

 

 薄い望みだけど、テレサが探してくれてるはず。

 追いついてくれるかどうかは、わからないけれど。

 それでも、諦めない。

 だってそんなのはソレイアじゃない。

 頑固でしつこくて、諦めの悪いのがソレイアだ。


 性格の悪い死神は、死霊たちに嬲られてる様子を眺めようと動く様子はない。

 好都合だ。アレに動かれては一瞬で終わってしまう。

 だから今は考えない。

 目の前の死霊たちに集中する。

 

 後ろのおじさんたちが、起き上がるようになれば、少しは状況も良くなる。

 それまで耐える。持久戦だ。

 

 浄化されるまで動き続ける死霊を相手に、耐久を試みる。

 誰が見ても、無謀なその戦いに、たったひとりで立ち向かう。

 ソレイアは今まさに、騎士にとっての根幹を得ようとしていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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