19話 ソレイアの怒り
ある日の夕食。
いつもと違って食卓にはとても豪勢な食事が用意された。
ロイドとボルゾイも呼ばれ、それぞれに各種スムージーと、ビンテージのワインを用意され、ソレイアの前には好物のお肉取り揃えが並んだ。小さなケーキまで用意されている。
これはいったい誰の誕生日なのか。それぞれが顔を見合わせ、それぞれが顔を横に振った。残るはテレサだが、彼女は自分の誕生日を知らないので祝ったことはない。だから今まではソレイアの誕生日と一緒に祝おうといって行っていた。
生まれてきてくれてありがとう、と一年で一番嬉しい一日。
その日に匹敵する豪華さだった。
テレサは珍しく、お酒ではなく水をグラスに注いで乾杯の姿勢をとった。どういうことなのか分からない三人だったが、どうやら乾杯らしいと、それぞれの手にグラスを持ち、「乾杯!」の号令とともに、口をつけた。
「…ここで、嬉しい発表があります」
グラスを卓に置いた瞬間、テレサから声がかかった。
なんだろう、と考える暇もなく、テレサは続けた。
「ソレイアに、弟か妹ができました! やったー! ふぅー!!」
本当に珍しく、テレサのテンションが高い。
その異様な雰囲気に飲み込まれ三人はなかなか状況を把握できない。
その周りの冷静さに気づいたのか、テレサは不満げに顔をゆがめた。
「…なに、どうしたの、みんな?」
「いや、どうしたって、お前…」
「…酔っておるのか、おんし?」
戸惑い気味のロイドと、ボルゾイに「酔ってないわよ!」とテレサは声を張り上げる。
いつもと違うやりとり。
確かにテレサはしっかりと怒るタイプだが、どうも妙な違和感をおぼえる。
その様子を窺っていたソレイアの視線とテレサの視線がはたと合う。
「…ソレイアは嬉しいでしょ? だって弟妹が欲しいって、いってたもんね」
確かに言った。そして今でもそう思ってる。
でもどうしてだか素直に喜べなかった。
「…うん、嬉しいよ…嬉しい!…ママ、ありがとう!」
ソレイアは無理やりに喜んだ。大丈夫だろうか、変じゃなかったかな。
そのソレイアの返事を聞いて、テレサは、はぁっと破願した。
「…よかったぁ、喜んでくれて。本当に大変だった。でもソレイアが喜んでくれるだけで報われるわ。いやあ、過去イチ、働いたわね」
そういってテレサはぐびっと水を飲み干す。食事に手を付ける気配はなかった。
その様子のおかしさから、さすがにロイドが口を出した。
「…おい、テレサ。お前、大丈夫か?…顔、赤いぞ。体調悪いんじゃないのか?」
そういわれてソレイアも気づいた。
確かにテレサの顔が赤い。
妙に汗ばんでいるし、呼吸も荒い。視線も移ろっている。
「…え、そうかしら。自分じゃわからないわね。…ん-、確かに食欲ないし、お酒は飲めないし…しんどい、かな?」
「疲れがでたのではないか、ここのところ働きづめであったのだろ。妊娠したというのであれば尚更じゃ。しっかり休め」
ボルゾイの提言に、テレサはうんうんと唸って、最後にうん、と言ってから「休むわ」と言って二階に上がっていった。
残されたのは食べきれないほどの食事と、沈黙する三人。
そして沈黙を破ったのはボルゾイだった。
「…いったい、誰との子なんじゃ?」
妊娠を疑ってはいない、あのテレサがいうのだ。間違いないのだろう。
しかし問題は子供はひとりではつくれないということだ。
ボルゾイはそのあたりの経緯には明るくなかったので単純に疑問だったのだ。
「そりゃあ、同じ男だろ。前にもそいつじゃなきゃ産んでない、って言ってたし」
ボルゾイの質問にロイドはつい答えてしまった。
ソレイアがいることをすっかり忘れて、空気に呑まれていたのか、正常に判断できなくなっていた。
「…え、パパって、生きてるの?」
ソレイアのその問いに、ロイドは思わず言葉に詰まった。
なんとなくテレサがそのあたりの経緯をソレイアに伝えていないことはわかっていた。
伝えづらい内容なのだろうとも察していた。
だから、ロイドからそれを伝えるのは憚られたのだ。
だが、その沈黙こそが答えになってしまった。
ソレイアの父親がまだ生きている。
そしてテレサにソレイアの弟妹ができた。
その事実がいっぺんに押し寄せてきて、ソレイアの頭はパンクしそうだった。
本来ならとても喜ばしい、飛んで跳ねて体中で表現するくらいうれしいことのはずだったのに、消化しきれない、喉元にずっと残り続けるような感覚がソレイアを苦しめた。
現実感がない。
ソレイアも結局、好物であるはずのお肉に手をつける気になれず、部屋へともどっていった。
◇
翌朝、テレサは起きてこなかった。
昨晩の食事はそのまま。骨給仕も動いていなかった。
テレサは昨日、調子が悪そうだったからそのせいかもしれない。
いつもと違う風景に、すこしだけ緊張しながら、ソレイアは食卓を片づけた。
いつも骨給仕を手伝ったりしているのでソレイアはひとりでも食事の用意はできる。
いつもと違う、静かな朝食。
天気も曇っていて、なんだかソレイアの気持ちを表しているようだった。
今日は、午前中はロイド先生の授業。
午後からボルゾイ爺ちゃんの座学の予定だった。
ソレイアはてきぱきと、準備を整え、一刻でも早く家から飛び出したくなっていた。
◇
「…ソレイア嬢、なにか怒ってない?」
「怒ってません」
ソレイアはそういってふくれっ面をしていた。
それは怒ってるってことだよ、とロイドはあえて言わなかった。
予定を変更して、お互いに木剣を片手に、乱取りをしようと提案した。
ソレイアに自然と怒りをぶつける矛先を向けようという、考えだった。
二人の剣が重なり合う。
かこん、と木製の高めの音が響いた。
「いいんだよ、怒っても」
「怒ってません!」
ソレイアの攻めが強くなる。
ロイドはしっかりとそれを受ける。避けはしない。
「どうして、怒らないのかな?」
「怒ってませんから!!」
ソレイアは怒った。
ロイドにこそ怒ったのだ。しつこい。本当にしつこい。
怒ってないと言ったら怒ってないのに、どうしてそんなに怒ってるっていうのか。だから、怒ってしまったではないか。
これじゃあ最初から怒ってるみたいだ。
「怒るのは当然だよ。…勝手な母親を持つと苦労するね」
「っ!!」
その言葉に、ソレイアは思い切り以上の力で剣をぶつけていた。
ばがんっ、という音とともに、砕けたのはソレイアの木剣だった。
エーテルを込めすぎて、内側から破裂してしまった。
こうならないように訓練をしてきたのに。
思わず、本当に怒ってしまった。
「…言い過ぎたね。すまない」
ロイドは謝ってくれた。けれどソレイアはそれに応えられなかった。
ロイド先生を許さない?
どうして、ママの悪口を言ったから?
ちがう。それはなんだか違う気がする。
破裂した木剣を取り換えて、二人はもう一度向かい合う。
今度は静かに、打ち込みを始めた。
だんだんと、打ち込みが激しくなっていく。
木剣が保つ、ぎりぎりの威力で、打ち込み続ける。
ロイド先生はしっかりと受け止めてくれる。
もっと打ち込んでもいいと、言ってないけど、言ってくれてる。
ソレイアはどんどん、剣を振った。
はやく、思い切り、もっと、激しくーーでもしっかりと、制御して。
どうして、わたしは怒ってるんだろう。
ママが、パパが生きてるって隠してたから?
わからない。自分のことなのにわからない。
午前中、ずっと打ち込みつづけて、しかし、ソレイアにはその答えは見いだせなかった。
それでもこのもやもやした気持ちをぶつける相手になってくれたロイドに、なにか言わずにはいられなかった。
けれど、それもなにか違う気がして。
いつもの終了の礼でいう言葉「ありがとうございました!」に込めてみた。
◇
「今日の爺さんの授業はお休みだ。テレサに薬湯をつくるって、材料を探しに行ったよ。薬士のジョブまであるとか、なんなんだろうなあの爺さん」
授業が終わった後、ロイドは普通にソレイアに話しかけてきた。
ちょっとだけケンカしたみたいな気分だったソレイアはとても気まずい。
「…薬湯?」
「ああ、まあテレサのことだから大丈夫だとは思うけれど、念のためにね。だいぶ疲れてるみたいだったし。…まあそれもこれもソレイア嬢のためらしいけれど。…俺には理解できないな」
「…わたしは、わかってます」
うそだ、本当はわかってない。
でもそうでも言わないと、テレサが悪者になるような気がした。
「なら、ちゃんと話した方がいい。じゃないとアイツはてんで見当違いの方向に向かい続ける。…ソレイア嬢。まだ小さい君にこういうのは酷だとわかっているけど、言うよ。ーーテレサは完璧じゃない。絶対でもない。勘違いし続ける、ただの女だーー」
「だからソレイア嬢、テレサとケンカしてきなさい」
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