18話 わがまま
久しぶりにテレサが家に帰ってきた翌日の朝、ソレイアは思い切ってテレサにお願いをした。
「…ねえ、ママ。…わたし、祝福を習いたいの。誰か、いい人いない?」
頭をぼさぼさに、寝巻のまま階下に降りてきたテレサは、朝一のソレイアを愛でるルーティンを終えてから、その話を切り出され、言葉に詰まった。
とうとう、言い出してきたか、と。
聖騎士のジョブは教国が独占していて、その技術は門外不出。
正当に学ぼうとしたら、普通は教会の門を叩く。そのほうがノウハウが蓄積されているし、確実だ。だがその代わり、一生を教国の奴隷として生きなければならなくなる。
信徒たちは信仰のためと納得しているらしいが、テレサからしてみれば、あんなのは洗脳に近い。
ソレイアをそんな目に合わせるわけにはいかなかった。
だから基本骨子の騎士の部分は、うらぶれてはいるが実力は確かなロイドに任せたし、術士寄りの内容は、脳がほとんど酒で溶けてるけれど、経験が豊富な山師のボルゾイに託した。
それはテレサにとって合理的な判断だった。
選択できるなかでの最善を突き詰めた結果だった。
実際、ソレイアの成長は目を見張るものがある。
彼女自身の才もあるのだろうけど、教育体制においてテレサの用意したものは間違いなかったといえるはずだ。
術士系の技術が伸び悩んでいるとは聞いているが、それは個性の範疇であろうと思っているし、それを上回るほどの戦闘系の技術の習得は早いそうだからとんとんだと、テレサは冷静に判断していた。
(ソレイアならもしかして、勝手に出来てしまわないか、と思ったけど)
そう、その点だけがテレサの希望的観測だった。
ソレイアに対し、欲目をもってしまい、都合の悪い部分をその不安定な未来でもって支払おうとしてしまった。
テレサらしくもない、非合理な判断だった。
「…そうねえ。こればかりは知り合いがいなくてね、…でも祝福なんて、使えなくても良くない? だってあれ死霊にしか効かないらしいし」
これはテレサの本音だった。
祝福を使えなくても問題はないと考えている。
エーテルを光に変じる操作は徐々にだが上手くいっているそうだから、死霊に対して特効をとれる立ち位置は変わらない。
あえて局所的で限定的なスキルを体得する意義は薄いだろうと。
しかし、ソレイアはそうは思わなかった。
「やだ。祝福。おぼえたいの!」
一瞬、テレサは何が起こったのかわからなかった。
ーー反抗された? ソレイアから? どうして?
時々、テレサがだらしなくしていると、「ママ、しっかりして」とお叱りをうける場合はあったが、あれはどちらかというとテレサの真似をしているような気がしていた。テレサもそういう時はソレイアのように振るまって「はぁーい」と返事をしていた。
そういう、疑似的に立場を入れ換えても安心できる存在だと、お互いを確認するための行為とはまた違う。完全なる相対。
怒ってはいない。けれど確実に自分の意見を通そうという意思を感じる。
どうして急にこんなことを言い出すのだろう。
テレサには分からなかった。
今までもソレイアがああしたい、こうしたい、という場面はあった。
しかしその度に、テレサは最大限できることをしたし、できなければその理由を説明して意見を取り下げてもらっていた。
だから、今度もきっとそうなると思っていたのだ。
「…どうしたのソレイア、無理なものは無理なの。私にも出来ないことくらいあるのよ」
本当はそんなこと言いたくないけれど、ソレイアのためなら月まで飛んでそこに住むというウサギを捕まえてくることも吝かではないのに。
しかし現実にテレサは万能ではない。
出来ることとできないことがある。それが歯痒かった。
「…パパの親戚はダメなの?」
「…え?」
「私が聖騎士になったのって、パパの血筋じゃないの? だから親戚がいたらその人に教えてもらえるかなって」
テレサは今まで、ソレイアに父親はすでに亡くなっている、と連想させるように振るまっていた。
そしてあえてそこで話が広がらないようにもしていた。
ソレイアは賢い子だから、それを察してそれ以上追及してくることはなかった。そう思っていた。
これまで引いていた境界線を超えてきたソレイアに、テレサは動揺した。
あるいはそれを、成長と呼ぶものなのだと、他人が見れば分かったことではあったが、テレサには急にソレイアと話が通じなくなったような怖さを感じたのだった。
だから根本的なことから聞いてしまった。
「…どうして、そんなに祝福を使いたいの?」
テレサにとっては無駄なリソースだと感じているその技術を、体得するそのリターンは一体なんなのか、そこに注視してしまった。
「…だって…できたら、ママの、お手伝い…できるかなって…」
ソレイアは恥ずかしそうにうつむいた。
その仕草が可愛くてかわいくて、テレサはもうそれだけで先ほどまでのやり取りがどうでもよくなってしまった。
「…お手伝い、って?」
「ママ、禁域でお仕事してるんでしょ。…だからわたしが祝福使えたら、連れてってくれるかなって。…わたし、すっごく強くなってるから。だから、ママのお手伝いだって、できるよ!」
顔を真っ赤にして、テレサに訴えるソレイアに、思わず顔がほころぶ。
ああ、この子はなにも変わってない。母親想いの、可愛い子。
すべてはテレサのためだったのだ。
なんて愛おしいのだろう。そのまだ小さな体で、母親の仕事を手伝うという。
世の中にはそうして支えあって生きている母子がいることをテレサは知っていた。だから、これもその定型なのだと思ったのだ。
「…大丈夫よ、ソレイア。そんなに急がなくても」
テレサはソレイアを抱きしめる。
はじめは強張ったけれど、「…うん」と言って、そのうちゆっくりとテレサの体に手を回してくれる。
そうだ、こうやってソレイアと触れ合うのも久しぶりだった。
朝のルーティンだけじゃなくて、もっとこうやって親子のコミュニケーションをとるべきだった。
ソレイアの望みを叶えるために、かなり無理をして奔走した。
目的の男を探すのにも苦労したし、空振りも多かった。
相対したあの男は予想以上に強かったし、せっかくのコレクションも台無しになった。それにそのあとの勝負でも息も絶え絶えになってしまった。
それから今後の事を考えて、前倒しで禁域の探索をすすめていた弊害が、ここに現れたと感じた。これでは本末転倒だ。
すべてはソレイアのため。
ソレイアの願いなら出来ることはなんだって叶える。
そのためにテレサは生きていると言っても過言ではない。
それに、予感だが。やはり相性が良かったのか。
おそらく“当たっている”気がする。
だからもうすぐ、ソレイアにも嬉しい報告ができる。
どんな風に喜んでくれるだろう。テレサの中にはそれだけだった。
純粋な、純粋すぎる、娘に対するその愛情。
それが世間一般でみればおよそ適当ではないこと。
それを省みられる環境になかったこと。
そのどれもがひとつひとつは些細なものだ。
タイミングさえ違えば、なにも起こらなかった可能性もある。
しかし、テレサはもっと、客観的に、ソレイアの想いを封殺したことを鑑みなければならなかったのだ。
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