17話 ソレイアの剣(予定)
訓練場で、木剣を手に構えたロイドと骨兵が相対している。
互いに剣は正眼の位置に、間合いを寄せ、機をうかがっている。
切っ先が重なると同時に、お互い決められた動作を行う。
剣による、いなし、そらし、あたり、組み合い。それらを一通りこなし、また同じ位置に戻り、礼をする。
「今のが、ほとんどの流派で教わる基本の型。相手の呼吸を感じ、伝え、息を合わせる。それは即ち、対人の”読み”に精通する第一歩だ。騎士はモンスターとばかり戦うわけではないから、こういう訓練も必須。素振りの型にも慣れてきたようだし、今日からこれもやってみよう」
「はーい!」
ソレイアは元気に返事をした。スランプから抜け出して、いつもの調子を取り戻しつつある。さっそくソレイアは専用の木剣を手に骨兵と向き合う。
「最初は、打ち込みだけで。骨兵には受けてもらう。その後は反対にソレイア嬢が受ける。…先ほど見せた型をひとつひとつ、分解してみよう。一通りできたら、一息に通してみる。できなくてもそのまま続ける。いいね」
ソレイアはしっかりと頷いて、稽古を始めた。
その打ち込み風景を見ながら、ロイドは痛感する。
骨兵を利用した訓練が、効率がよすぎる。ということに。
テレサの骨兵は生前の動きをそのまま再現できる。
どういう理屈かは知らないが、怨念による暴走もなく、ひどく安定して制御できている。
そうするとどうなるか。
過去の達人たちの技が現代に蘇るのだ。
どこからかっぱらってきた骨かは深く聞かないが、今、ソレイアの相手をしている骨兵も相当な実力者だったことだろう。
もはや骨兵とも呼びづらい。骨剣豪だ。
ロイドなんかは胸を借りるくらいだ。
ちょいちょい、合間を見てその太刀筋や動きを見せてもらい、実際に合わせてみると、いつの間にか、どうしたことだろう、ロイドは腕前が上がっていた。
長らく、自分はこの程度と思っていた壁をあっさり乗り越えた気までする。こわい。
倫理観や骨だという見た目さえ無視できればこれはどこよりも優れたカリキュラムに成りうる。騎士団では絶対に採用されないだろうけど。
そう、相手が骨だというのも良いのかもしれない。
骨の構造が目に見えて、動きの形を掴みやすい。
常々、ソレイアの目が良いことには注目していたが、ひょっとしたら生まれた時から骨が身近にあったことで、その構造と動きを無意識に理解できているからかもしれない。
術系に比べ、肉体の運用の習熟度が高いのもそれが理由なのかもしれなかった。
あとは単純に練習量だ。
骨兵は疲れを知らない。そしてソレイアの体力も底なしだ。ロイドが休憩だと言わない限り、ずっと続ける。
恐ろしいほどのシナジーが生まれている。
ロイドは、ソレイアの師として。できるかぎり、なるべく、はやばやと追い抜かされることのないよう、努めなければならないな、と実感していた。
◇
「え、ミハエルの方がロイド先生より強いんですか?」
「いやいや、単純な剣の技量でいえばそうだけど、総合的には俺の方が上だからね? というより、そんな名前だったの骨剣豪くん」
休憩中、ロイドも骨剣豪から教えを受けているという話になり、ソレイアのシンプルな感想をロイドは慌てて否定した。
「ミハエル…は、生前はきっと剣士か何かだったんだろう。騎士は剣だけじゃなく色々使うからね。剣で負けていても、それが全てじゃない。ソレイア嬢にも剣だけじゃなくて、槍とか弓とか盾とかやってもらう予定だよ」
「へえー、騎士って「剣」ってイメージでした」
「まあ花形武器ではあるし、一番騎士ジョブの力が通りやすいのも剣の形だからね。…でも結構いるよ、得意武器は別で隠してるやつ。俺は魔剣が憑りついてからはそれしか使えない呪いにかかってるけどね」
「先生の剣って、嫉妬深いんですね」
「ははっ、…笑えないな。…まあソレイア嬢にはこれから手になじむ武具を探してもらいつつ、これを渡しておこう。…テレサからのプレゼントだ」
ロイドは後ろ手に隠していたそれをソレイアへと手渡した。
六角柱の水晶のような形をしたそれはソレイアの手にすっぽりと収まるサイズだ。それなのにずっしりと重い。色も鈍いし頑丈そう。なにかの金属ようだった。
「それは、これから先、ソレイア嬢の武器や鎧、盾などの芯材に使われる貴重な金属だ。通称を心鋼という。それを用いた武具はエーテルの馴染みがよく耐久力も上がる。きっとソレイア嬢が思い切り力を込めても壊れないだろう」
おおお、とソレイアは感動に打ち震えた。自分の武器。その元になる金属。すごくカッコいい。そう思うと鈍色に見えるそれも、よく見ると小さな粒が輝いているように見えるのだから不思議だ。
泥団子を磨き上げたような風情がある。
「ソレイア嬢の専用にするために、これから毎日その心鋼にエーテルを馴染ませていかなくてはいけない。そのサイズなら…2年か3年か。でもそれで一式は十分賄えるからね。…いや本当に、これだけで王都の屋敷が何件か買える値段だからね、なくさないでね」
テレサはどこからこんなものを用意したのか、相変わらず娘のためなら金に糸目をつけない女である。
しかしそんな娘を溺愛しているテレサにしては、少し、そっけない対応ではないかとロイドは感じた。
こんな高価なもの、テレサ自身が渡した方がきっとソレイアは喜んだに違いないのに。妙なところが合理的すぎるというか、ちぐはぐというか、母親になりきれていない印象がある。
わざわざそれを注意するほど、この親子のパーソナルに介入する権利をロイドは持ち合わせていない。
多少の心配はしつつも、しかし、これほどまでに人間らしくなったテレサを、同じ邪道を歩んだ同胞として素直に尊敬していた。
あんなどん底のような暮らしから、這い上がれるものなのだと。
だから、期待してしまったのだ。このままこの親子はなんの問題もなく暮らしていけると。らしくもなく、ロイドはそう思ってしまった。
「んんー、やっぱり剣しよっ! だってカッコいいもん!」
ソレイアはそういって嬉しそうにはしゃいでいた。
その様子に目を細めながら「そういう直感は大事だ」と、ロイドは答え、それきり不意に感じた不安をよそへ押し込めてしまったのだった。
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