14話 ソレイアの壁
その日、朝食をもりもり食べて。訓練着に着替え、家を勢いよく飛び出したソレイアは、さっそく周囲に地響きが起こるような唸り声をあげた。
「ふんっ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!」
10歳の少女としても、一応は貴族の令嬢としても、とても見せられないほどの気張り顔であった。
まだ若いから血管が切れることはないだろうが、このご令嬢指数の急降下はいかがなものか。
たとえそこらの破落戸と比べても、強くてもいい、優雅であれば。の精神で訓練を施してきたロイドにしてみれば、ちょっと方針を間違えたかなと、申し訳ない気持ちにもなった。
いや、この根本的な原因はロイドにはない。はず。
兜の隙間から器用に歯磨きをするロイドの隣で、欠伸をかみ殺している最近就任した、ボルゾイ爺のせいだと確信していた。
「おい、爺さん。ソレイア嬢は何をしているんだ?」
「んあぁ?…なんじゃろうな。あんなの教えていないはずじゃが。…こわ」
ボルゾイが本気でドン引きしているところをみると、ソレイア嬢の自主練なのだろう。いったいあれで何が高まるのか。ソレイアは甘く見積もっても天才の部類には入るので、常人には理解できない何かがあるのか。
己の平凡ぶりを痛感するロイドだった。
まあ、聞いた方がはやいじゃろう、とボルゾイは近くまで寄って声をかけた。するとソレイアはさも当然のようにこう言った。
「…うん、ちょっと…光をだそうと思って!」
そうか、わからないはずだ。
ソレイアはどうやらエーテル体の体外操作を行おうとしていたらしい。
しかし何故ああも勢いよく、地ならしでもしそうなほど力を込めていたのか。
「…嬢ちゃん。前にも言ったが、エーテル体の外功は内功と違って肉体と連携しない。意識での操作が主じゃ。つまり、想像力が必要不可欠…」
「うん、だからこう、ビカーって光るイメージでやってみました!」
しわしわのボルゾイの顔がさらにしわしわになり、その様子を見たロイドはさすがに同情を禁じえなかった。
ソレイアは確かに、騎士の訓練。主に体内におけるエーテル体の連携には天賦の才をみせていた。生まれつきの容量の大きさによる制御の困難さも訓練期間と年齢を考えれば群を抜いてクリアできているだろう。
だが聖騎士には、治癒・強化・祈祷、といった術士寄りのスキルがある。
それを伸ばすために、わざわざボルゾイをテレサが連れてきたのだ。
しかし、何の弊害か、天はさすがに二物も三物も与えなかったのか、エーテル体の体外操作に関して、ソレイアは、誤解を恐れずにいうならば、才能がなかったのだった。
◇
「あれは、ゴリゴリの脳筋戦士の資質じゃな。…いっそこのまま普通の騎士として生きていくというのは、どうじゃ?」
ソレイアの訓練の成果のなさに、はやばやとボルゾイがそう漏らした。
「どうじゃって、それをテレサに言えるのかよ。…ソレイア嬢にも。疑いようもなく、出来ると信じてるぞ」
テレサに甘々のべたべたに育てられたソレイアは自己肯定感の塊だ。
自分の想像する未来になんの疑問も持っていない。
今までのロイドの訓練だけならばそれでよかった。
彼女はとにかく動く。できなくても何度も何度も挑戦する。
天賦の才がある、とは言ったがそれに伴う必要以上の練習量をソレイアはこなしている。
楽しみながら。努力しているという意識さえ、ないのかもしれない。
「まだ始めて、ひと月ほどだろ。長い目でみていけばいいんじゃないか?」
「ううむ、あれはそんな生易しいものではない気がするがのう…」
ボルゾイの予感が的中したのか、ソレイアがようやく蠟燭の灯のような光りを指先に灯せるようになったのは、それから2か月が経ってからだった。
◇
最近、なんだか調子がよくない。とソレイアは感じていた。
そわそわして走り出したいような、そんな落ち着かない気分になる時がある。
どうしてだろう。いつからこんな感じになったんだろう。
聖騎士のジョブを得て、それからママがロイド先生を呼んできて、訓練を積んで、それは楽しかった。
前から体を動かすのは楽しかったし、得意な方だと思っていたけれど、ロイド先生の授業を受けるたびに、できないところが分かって、それをできるようになって。
そしたら次のできないことが出てきて、それをまたできるようになる。
その、階段をどんどん登っていくような感覚がうれしくて、楽しかった。
ボルゾイお爺ちゃんが来た時、あんなことがこれから出来るようになるんだ、って嬉しくなった。
はやく教えてほしいって、早くできるようになりたいって、思った。
でも全然、上手くいかなかった。
お爺ちゃんは「人それぞれ伸びる速度は違う」って言うし、ロイド先生も「これが普通だから」って言ってくれる。
なんとなく、慰めてくれてるって分かる。
それがなんだかつらい。
期待に応えられなかったみたいで、苦しい。
それからだろうか、今まで楽しかった訓練の時間が、あんまり楽しくなくなったのは。
ロイド先生の授業もなんだか集中できなくて、よく転ぶようになったし、ジャダとの競争にも勝てなくなった。楽しくない。
今までできてたことも上手くいかなくなって、楽しくない。
お爺ちゃんの座学も何をいってるのかわからなくて、楽しくない。
なんでこんなに楽しくないんだろう。
でも、それでも、ようやくちっちゃな光りだけど、指先に灯せるようになって、これでまた楽しくなるかもしれない、って思ったんだ。
だから、久しぶりに家に帰ってきていたママに、一番に見せに行った。
見せに行って、それで、…見せられなかった。
ママは仕事で忙しそうだったし、すぐ出ていかなきゃいけないって雰囲気だったし。
それに…それに、もしかしたらーー
ーー喜んでくれないかもしれない。
そう思ったら、光ってる指を後ろに隠しちゃって、ママに行ってらっしゃいって、言ってた。
どうして隠しちゃったんだろう。
だって、ママだよ。見せたら絶対に喜んでくれてたはずだよ。
今までみたいに。そう、今までみたいに。
今までみたいに、できなくなったら。なんて言われるんだろう。
そう思ったら、体が重くなったように動かなくなった。
楽しくないな、こんな気持ち。
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