閑話 白金の聖騎士と異端の死霊術士
誘いと知りつつ踏み込んだ洞窟で、アルベールは従士たちと分断された。
直前に祝福を二人には分けていたので、しばらくは大丈夫なはず。
なんといってもアルベールに付いてきている歴戦の騎士だ。
余計な心配は二人の名誉を傷つける行為だ。
アルベールは自身のことのみに集中した。
洞窟の中は薄暗く、蟻の巣のように道が枝分かれしている。
腰のランタンは点いたまま。わずかな風の流れを読む。
肉体と剣にエーテル体を馴染ませ、刀身が冷たく発光する。
どれほどの罠と死霊が待っているか分からない以上、慎重に歩を進めねばならない。
しかし、すでに罠にはまっている状況で時を無駄にするのは愚策。
速度でもって相手の思惑を乗り越える。
アルベールは、反射で斬れる感覚を保ちつつ、足を速めた。
規則的な間隔で配置された骨兵が、道を誘導するように現れる。
出会い頭に攻撃はされるが、アルベールは都度、一刀両断で片付ける。
死霊の質も強さも、低くはない。だが高くもない。
逐次投入されるだけでは、こちらの損耗はほぼない。
問題なく、進めている。
しかし、妙な手ごたえではある。
死霊を浄化した際の手ごたえが、いつもと違う。
声、とでもいうのか。
祓った直後、怨念の耳障りな響音がここの死霊にはない。
死霊はすべからく怨念で狂い。生者を巻き込み破滅していく。
なぜ自分が死んでお前が生きているのだ、とでもいうように、自らが死の媒介者となって溢れていく。
アルベールが今まで出会った死霊は全てそうだった。
だが、ここにいる骨兵は、動いていなければ、ただの骨だ。
襲ってくる、というのも、ただその動きをしているだけのような印象を受ける。
行動に”意”を感じないのだ。
しかしそれはそれで、不気味さはある。
つまりこの死霊を操っている人物は、怨念や魂は解さず、しかしその躯に残る残響だけを目的としている、ということになる。
それは、ある意味別の、死者への冒涜なのではないのか。
冷たい、合理を突き詰めた先の世界で、いったい何を見ているのか。
アルベールは、迫りくる骨を断つ度に、この先に待つであろう死霊術士に、興味のようなものを抱いていた。
◇
テレサは洞窟の奥深く、目を閉じて傍らの骨に寄り添うように座っていた。
ひとつ、またひとつと。手駒の骨兵が消されていく。
自らのエーテルを分け与え使役するテレサの死霊術は、ある程度、その骨兵の感覚を共有する。もちろん。その最期も。
(随分と、あっさり、斬ってくれるわね)
幾たびの斬られる感覚を味わいながら。苦々しく唇を歪める。
テレサは戦術を見誤ったと感じていた。
早々に、やられてしまっては困ると、削りの目的で配置した骨兵はなんら役にも立たず、残骸と化した。これならば、もう倍は与えてもよかった。
分断した二人の騎士も、腕は立つがこれほどではない。あちらは狙い通りの配置に追い込まれてくれている。時間稼ぎはできている。
問題はやはり、この聖騎士だ。
骨兵との視覚の共有はそこまで正確ではない。
洞窟内の環境も良くないし、あっという間に斬られて、姿かたちを朧気に認識できる程度だった。
速い、とにかく早い。
もう見た瞬間に斬っている。
相手が骨じゃなかったらどうするつもりなのだ。
それを避ける自信がある、ということなのか。
極まった騎士や剣士は、幾度か見たが、これはその中でも相当な腕前だ。
聖騎士の真骨頂は、集団戦にあると聞いていた。
自身の高ステータスを盾に、周りを鼓舞し、強化し、祝福する。
その能力は個人ではなく、団体の中でこそ光り輝くという。
だから、てっきり聖騎士自身の技前はそれほどでもない、と高をくくっていたのかもしれない。
しかしこれは、相性もさることながら、テレサにとって最悪の部類の相手だと、認識を改めねばならなかった。
ここで撤退することが一つの手であると理解している。
しかし、次の瞬間。どうしても、このままでは引き下がれない。という、普段のテレサなら決して現れることのない結論がでたのだ。
何をそんなに熱くなっているのか。
この聖騎士に舐められたくない?
索敵用の低級な骨兵だけで、テレサの実力を判断されたくない。とでも思っているのか。
テレサはどうしてか、この聖騎士が、気になって仕方なかった。
脱出はいつでもできる。
それこそ、聖騎士の顔を拝んでからでも構わない。
いざとなれば、物量で押しつぶせばよい。
いくら強いといっても独りだ。
最後の大広間で、多数の死霊にたかられれば、その馬脚を露すはず。
テレサは、自身に絶命の痛みを与えてくるこの聖騎士に対し、ほのかな嗜虐心を掻き立てられていることに気づき始めていた。
◇
テレサはその聖騎士を目の前にした瞬間、多勢による攻撃を選択肢から外した。
直に観てようやくわかる、個の極み。
アレには生半可なレベルでは足手まといだと方針を変え、手勢を選抜し、分散させていたエーテルを集約させる。
しかし、これはお笑い草だ。とテレサは自身を嘲笑する。
(あの、禁域で死にかけていた男が、まさか本当にそうだったとはね)
そう、目の前に立ちはだかる白金の髪を持つ聖騎士は、かつてテレサが助け、その子種を奪った相手だった。
なぜあの時、助けたのだったか。
死にかけている人間なんて珍しくもない。
見捨てて、なにがあるわけでもない。
しかし、どうにもあの目が気になったのだ。
テレサと同じ目をしたあの男が、あのまま死ねば、どうしてか自分まで死んでしまうような、そんな理屈に合わない気持ちをもったのだ。
顔は確かに好みだ。ソレイアにもそれは受け継がれている。
しかしあの時は、まだまったく弱々しかった。
禁域の野良死霊に鼻っ柱をへし折られ、絶望にゆがむあのお綺麗な顔。
そして助けられたあとの屈辱を耐える仕草。
そのどれもが、感覚が摩耗していたあの時のテレサを刺激したのだ。
テレサは過去を想い返し、確信する。
この世に、自分を揺り動かす存在がソレイア以外にもいるということを。
そしてそれはソレイアに対する愛情とは全く違う。
ーーこの男を虐め尽くしたい。
目の前の男を屈服させ、意のままにする。
それを想像しただけで、テレサの相貌は朱に染まり、その唇は弓なりに形を変えた。
◇
常軌を逸するほどのエーテルを傍らの骨兵に集約させる、眼前の死霊術士をアルベールは知っている。
ずっと探し求めてきた相手だ。
もう一度、出会ったなら自分はどうなるのか、それを今、実感している。
あの時、未熟な自分を蹂躙した相手を、どうして欲しているのか。
仕返しがしたかったのか、見返したかったのか、そのどちらでもある。
若気なプライドが目を覚まし、気持ちまで昔に戻ったようだった。
しかし、あれから年を経て、アルベールもそれなりに鍛えられた。
数え切れない死霊とその術士を斬り。
彼岸の向こう側を冷静に見つめる、その心得を会得した。
アルベールは、その身に宿す冷徹な祝福を、剣身にまとわせる。
相対する骨兵は、立ち姿からすでに達人のそれと分かる。
手にもつ剣も業物であるだろう。
圧縮されたエーテルが祝福の余波程度は防いでしまうかもしれない。
斬るしかない。
アルベールの掌に汗がにじむ。
”意”のない技だけの抜け殻で、アルベールを止められると本当に思っているのか。そんな甘い相手ではないはずだ。
十中八九、罠をしかけている。
あの目。あの目だ。アルベールを見るあの目。
孤独で穿たれた虚空のような瞳が、アルベールを見る時だけ熱を帯びる。
その事実が、どうしようもなくアルベールの胸を満たす。
「名は、なんという」
次の瞬間には斬り合いが始まってもおかしくない状況で、アルベールは思わず、口をきいていた。
死霊術士の女は、アルベールのその言葉に、大きく目を見開いて、その瞬間だけ、ただの女のように驚いていた。
「…それって、必要?」
攻め気を削がれ、しかし、緊張はそのままで口を開く。
「私は、アルベール。アルベール・ルクシオ。…そなたは?」
「おい、勝手に話をすすめるな!」
「…あの時、世話になった礼をしたい」
「いや、あれはギブ&テイクで終わった話でしょ…」
「いいや、終わっていはいない。…大事なものを奪われたからな」
「…はあ?」
女は、まるで理解できないといった風だった。そうだろう。アルベールでさえ、先程まで気づかなかったくらいだ。
「奪われたものを、奪い返す。それだけの話だ」
「ふぅん、あの泣きべそかいてた男が、言うじゃない。…またそのお綺麗な顔を歪ませてやろうかしら?」
女は嬉しそうだ。よほどアルベールを傷めつけたいらしい。
それはそれで構わない。こちらも抵抗はさせてもらう。
「…ところで、名はなんというのだ」
「しつっこい!」
白金の聖騎士と異端の死霊術士のその存在を賭けた対決は、なぜか痴話喧嘩の様相で始まりを迎えた。
その決着の行方を知るものは、この二人だけ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
娘の知らぬ間の出来事でした。
次からまた、ソレイアの話に戻ります。




