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ママはネクロマンサー~娘のわたしは聖騎士だけど、それでもママが大好きです!〜  作者: mabaru


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閑話 白金の聖騎士と異端の死霊術士



 誘いと知りつつ踏み込んだ洞窟で、アルベールは従士たちと分断された。

 

 直前に祝福を二人には分けていたので、しばらくは大丈夫なはず。

 なんといってもアルベールに付いてきている歴戦の騎士だ。

 余計な心配は二人の名誉を傷つける行為だ。

 アルベールは自身のことのみに集中した。


 洞窟の中は薄暗く、蟻の巣のように道が枝分かれしている。

 腰のランタンは点いたまま。わずかな風の流れを読む。

 肉体と剣にエーテル体を馴染ませ、刀身が冷たく発光する。

 どれほどの罠と死霊が待っているか分からない以上、慎重に歩を進めねばならない。

 しかし、すでに罠にはまっている状況で時を無駄にするのは愚策。

 速度でもって相手の思惑を乗り越える。


 アルベールは、反射で斬れる感覚を保ちつつ、足を速めた。


 規則的な間隔で配置された骨兵が、道を誘導するように現れる。

 出会い頭に攻撃はされるが、アルベールは都度、一刀両断で片付ける。

 死霊の質も強さも、低くはない。だが高くもない。

 逐次投入されるだけでは、こちらの損耗はほぼない。

 問題なく、進めている。

 

 しかし、妙な手ごたえではある。

 

 死霊を浄化した際の手ごたえが、いつもと違う。

 声、とでもいうのか。

 祓った直後、怨念の耳障りな響音がここの死霊にはない。

 死霊はすべからく怨念で狂い。生者を巻き込み破滅していく。

 なぜ自分が死んでお前が生きているのだ、とでもいうように、自らが死の媒介者となって溢れていく。

 アルベールが今まで出会った死霊は全てそうだった。


 だが、ここにいる骨兵は、動いていなければ、ただの骨だ。

 襲ってくる、というのも、ただその動きをしているだけのような印象を受ける。

 行動に”意”を感じないのだ。

 

 しかしそれはそれで、不気味さはある。

 

 つまりこの死霊を操っている人物は、怨念や魂は解さず、しかしその躯に残る残響だけを目的としている、ということになる。


 それは、ある意味別の、死者への冒涜なのではないのか。

 冷たい、合理を突き詰めた先の世界で、いったい何を見ているのか。


 アルベールは、迫りくる骨を断つ度に、この先に待つであろう死霊術士に、興味のようなものを抱いていた。



 テレサは洞窟の奥深く、目を閉じて傍らの骨に寄り添うように座っていた。

 ひとつ、またひとつと。手駒の骨兵が消されていく。

 自らのエーテルを分け与え使役するテレサの死霊術は、ある程度、その骨兵の感覚を共有する。もちろん。その最期も。


(随分と、あっさり、斬ってくれるわね)


 幾たびの斬られる感覚を味わいながら。苦々しく唇を歪める。

 テレサは戦術を見誤ったと感じていた。

 早々に、やられてしまっては困ると、削りの目的で配置した骨兵はなんら役にも立たず、残骸と化した。これならば、もう倍は与えてもよかった。


 分断した二人の騎士も、腕は立つがこれほどではない。あちらは狙い通りの配置に追い込まれてくれている。時間稼ぎはできている。


 問題はやはり、この聖騎士だ。

 

 骨兵との視覚の共有はそこまで正確ではない。

 洞窟内の環境も良くないし、あっという間に斬られて、姿かたちを朧気に認識できる程度だった。

 

 速い、とにかく早い。

 もう見た瞬間に斬っている。

 相手が骨じゃなかったらどうするつもりなのだ。

 それを避ける自信がある、ということなのか。

 極まった騎士や剣士は、幾度か見たが、これはその中でも相当な腕前だ。

 

 聖騎士の真骨頂は、集団戦にあると聞いていた。

 自身の高ステータスを盾に、周りを鼓舞し、強化し、祝福する。

 その能力は個人ではなく、団体の中でこそ光り輝くという。

 だから、てっきり聖騎士自身の技前はそれほどでもない、と高をくくっていたのかもしれない。

 

 しかしこれは、相性もさることながら、テレサにとって最悪の部類の相手だと、認識を改めねばならなかった。


 ここで撤退することが一つの手であると理解している。

 しかし、次の瞬間。どうしても、このままでは引き下がれない。という、普段のテレサなら決して現れることのない結論がでたのだ。

 

 何をそんなに熱くなっているのか。

 この聖騎士に舐められたくない?

 索敵用の低級な骨兵だけで、テレサの実力を判断されたくない。とでも思っているのか。

 テレサはどうしてか、この聖騎士が、気になって仕方なかった。


 脱出はいつでもできる。

 それこそ、聖騎士の顔を拝んでからでも構わない。

 いざとなれば、物量で押しつぶせばよい。

 いくら強いといっても独りだ。

 最後の大広間で、多数の死霊にたかられれば、その馬脚を露すはず。


 テレサは、自身に絶命の痛みを与えてくるこの聖騎士に対し、ほのかな嗜虐心を掻き立てられていることに気づき始めていた。

 


 テレサはその聖騎士を目の前にした瞬間、多勢による攻撃を選択肢から外した。

 直に観てようやくわかる、個の極み。

 アレには生半可なレベルでは足手まといだと方針を変え、手勢を選抜し、分散させていたエーテルを集約させる。

 しかし、これはお笑い草だ。とテレサは自身を嘲笑する。


(あの、禁域で死にかけていた男が、まさか本当にそうだったとはね)   

 

 そう、目の前に立ちはだかる白金の髪を持つ聖騎士は、かつてテレサが助け、その子種を奪った相手だった。 

 

 なぜあの時、助けたのだったか。

 死にかけている人間なんて珍しくもない。

 見捨てて、なにがあるわけでもない。

 しかし、どうにもあの目が気になったのだ。

 テレサと同じ目をしたあの男が、あのまま死ねば、どうしてか自分まで死んでしまうような、そんな理屈に合わない気持ちをもったのだ。

 

 顔は確かに好みだ。ソレイアにもそれは受け継がれている。

 しかしあの時は、まだまったく弱々しかった。

 禁域の野良死霊に鼻っ柱をへし折られ、絶望にゆがむあのお綺麗な顔。

 そして助けられたあとの屈辱を耐える仕草。

 そのどれもが、感覚が摩耗していたあの時のテレサを刺激したのだ。


 テレサは過去を想い返し、確信する。

 この世に、自分を揺り動かす存在がソレイア以外にもいるということを。

 そしてそれはソレイアに対する愛情とは全く違う。


ーーこの男を虐め尽くしたい。


 目の前の男を屈服させ、意のままにする。

 それを想像しただけで、テレサの相貌は朱に染まり、その唇は弓なりに形を変えた。



 常軌を逸するほどのエーテルを傍らの骨兵に集約させる、眼前の死霊術士をアルベールは知っている。


 ずっと探し求めてきた相手だ。


 もう一度、出会ったなら自分はどうなるのか、それを今、実感している。

 

 あの時、未熟な自分を蹂躙した相手を、どうして欲しているのか。

 仕返しがしたかったのか、見返したかったのか、そのどちらでもある。

 若気なプライドが目を覚まし、気持ちまで昔に戻ったようだった。


 しかし、あれから年を経て、アルベールもそれなりに鍛えられた。

 数え切れない死霊とその術士を斬り。

 彼岸の向こう側を冷静に見つめる、その心得を会得した。

 

 アルベールは、その身に宿す冷徹な祝福を、剣身にまとわせる。

 

 相対する骨兵は、立ち姿からすでに達人のそれと分かる。

 手にもつ剣も業物であるだろう。

 圧縮されたエーテルが祝福の余波程度は防いでしまうかもしれない。

 斬るしかない。

 アルベールの掌に汗がにじむ。

 ”意”のない技だけの抜け殻で、アルベールを止められると本当に思っているのか。そんな甘い相手ではないはずだ。

 十中八九、罠をしかけている。


 あの目。あの目だ。アルベールを見るあの目。

 孤独で穿たれた虚空のような瞳が、アルベールを見る時だけ熱を帯びる。


 その事実が、どうしようもなくアルベールの胸を満たす。


「名は、なんという」


 次の瞬間には斬り合いが始まってもおかしくない状況で、アルベールは思わず、口をきいていた。


 死霊術士の女は、アルベールのその言葉に、大きく目を見開いて、その瞬間だけ、ただの女のように驚いていた。


「…それって、必要?」


 攻め気を削がれ、しかし、緊張はそのままで口を開く。


「私は、アルベール。アルベール・ルクシオ。…そなたは?」


「おい、勝手に話をすすめるな!」


「…あの時、世話になった礼をしたい」


「いや、あれはギブ&テイクで終わった話でしょ…」


「いいや、終わっていはいない。…大事なものを奪われたからな」


「…はあ?」


 女は、まるで理解できないといった風だった。そうだろう。アルベールでさえ、先程まで気づかなかったくらいだ。


「奪われたものを、奪い返す。それだけの話だ」


「ふぅん、あの泣きべそかいてた男が、言うじゃない。…またそのお綺麗な顔を歪ませてやろうかしら?」


 女は嬉しそうだ。よほどアルベールを傷めつけたいらしい。

 それはそれで構わない。こちらも抵抗はさせてもらう。


「…ところで、名はなんというのだ」


「しつっこい!」


 白金の聖騎士と異端の死霊術士のその存在を賭けた対決は、なぜか痴話喧嘩の様相で始まりを迎えた。

 

 その決着の行方を知るものは、この二人だけ。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

娘の知らぬ間の出来事でした。

次からまた、ソレイアの話に戻ります。

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