13話 ロイド先生 vs ボルゾイ爺さん
訓練場の一部、開けた場所に円を描きその場に、ロイドとボルゾイが立つ。
取り決めは、ひとつ円から出たら負け、ひとつ、意識喪失か降参で負けを認めるか。
お互い徒手で。禁じ手も使用は禁止。
比較的安全な力比べのルールだった。
「爺さん、本当にこの間合いでいいのか?」
「お前さん、見た目の割に生真面目じゃのう。ええから、はよう来い」
お互いに最後の確認が終わり、空気が変わる。
ソレイアとテレサが、ポップコーンをつまみながらそれを観戦していた。
「ねえママ、どっちが勝かな?」
「んー、オプション外してるけど、さすがにロイドじゃないかしら。本職だし。…でもあの爺さん狡すっからいからなあ、何か策があるかも」
どちらにしろ見逃せない一戦になりそうで、ソレイアはわくわくした。
始まりの合図は、不意に落ちてきた一枚の葉だった。互いのちょうど真ん中に、ふらふらと地面に落ちる。
瞬間、飛び出したのはロイドだった。
年齢も体格もジョブも、ロイドに有利。
これで待ちに徹するほど彼は慎重でもない。
だが、あえてこの状況を許しているボルゾイに多少の警戒は残している。
それでも突っ込む。何を被弾しても止まらず、圧殺するつもりで。
しかし、ボルゾイの手元がピカッと光り、ロイドの視界を一瞬ふさぐ。
対象を見失ったロイドはそのままの姿勢で突っ込みながら、躱したボルゾイに背を押され、円の外へと誘導される。
「っつ!」
ロイドはそれをなんとかこらえ、円内に残った。
立ち位置はロイドが端でボルゾイは中心。
術士の動きではない。
サブにでも戦闘系のジョブがあるのだろう。
それを悟らせない普段の動きにすっかり騙された。
「…喰えない爺さんだ」
「ほ、あれで終わっていれば、楽だったんじゃがの」
警戒を新たにし、間合いをとりながら、じり、と移動するロイド。
それを見つめ、ただ棒立ちのように見えるボルゾイ。
「ママ、ママっ、何かいま光らなかった? 何も持ってなかったよね?」
「…あれは祈祷術かな。神聖なスキルを目つぶしに使うとか、さすが年くった破戒僧はちがうわねえ」
親子のポップコーンをつまむ手も止まらない。
ロイドは方針を変えない。
何をしてくるかわからない爺さんだが、力はときに技も凌駕する。
自身にそれほど腕力があるとは思っていないが、目の前の老人よりはある。エーテルの知覚も年の割にはある。という反応だ。
ロイドは自身の感覚を信頼している。
半身で右手を前に、手合いまで近づく。
ぼ、っと空を斬るような音と共に、ロイドの右手がボルゾイに伸びた。
掌を向けたまま、当ててもいいが、掴んでそのまま投げてもいい。
ーーさあ、どうする?
ロイドはその腕を餌にボルゾイを誘った。
ボルゾイはそれをくるりと、空中をただよう葉のように躱し、自身の右手の甲でいなした。
一瞬の流麗な動きにロイドは感心したが、体重を乗せ切っていない攻撃ではさっきのように誘導して押し出すことはできない。
しかし、ぐい、っと予想外の引きの力を感じた。
「っ?!」
ボルゾイがいつの間にか右手を返し、ひっかけるようにロイドの腕を引き込んでいる。掴まれてはいない、ボルゾイ自身の腕力でもない、なのに目方でいえばボルゾイの三倍はあるロイドを引き落とす力の流れがあった。
(エーテルで”流れ”を作ってやがる)
地面についても負けではない。
だが体を崩して倒れこめば負ける予感がする。
ロイドは強引に、引き込まれる体を小さく丸めて、肘を起点にボルゾイへと体当たりする。
感触はほとんどない。ふわりと、ボルゾイはそれを受けてロイドと立ち位置を入れ換えた。
その一瞬の攻防に「おおー」とソレイアが拍手をする。
テレサは果汁入りの炭酸水を骨給仕に指示していた。
無理な使い方をした結果、体に違和感が残る。
ロイドはボルゾイから距離をとり、攻め気を失う。
なにをされたのかよくわからない。だが分かったこともある。
「爺さん、メインが闘士なのか? 騙されたぜ」
「…この年になると、主も副もないんじゃよ、若造…げふぅ」
胡散臭い爺さんではあるが、闘士なら素手の攻防は得手中の得手。
むしろ不利なのはロイドの方かもしれなかった。
武器を失った場合の甲冑組手は学んでいるが、それもどこまで通じるか。
もはや胸を借りるような心持ちでもある。
次の攻撃で決める。
ロイドは利き手の左手を前に体を入れ換えた。
ボルゾイに対して持久戦をしかける選択肢はなくなった。
これは、ソレイアに自分の先生がどんなものかを見せる機会でもある。
どうせ見せるなら、ロイド自身も見たことのない技前が見たかったからだ。
ロイドの攻めにどう対応するのか見てみたい。
そして先程よりも遠間から、ロイドは仕掛けた。
左腕に攻め気を見せ、気を引き付けたと判断すると、体をねじり、右の足を蹴りだした。
蹴り技は安定を欠くため、戦では多用できない。
しかし、この場であるなら問題はない。
ロイドの鋭い前蹴りがボルゾイに向かった。
ーー避けない?!
どん、という重いもの同士がぶつかった重低音。
今度もどうにかして躱すかと思われたボルゾイは、なんとロイドの前蹴りを自身の体だけで受け止めていた。
足を広げ腰を落とし、受け止める態勢。
肉体の悪条件を覆す、エーテル操作の妙であった。
「…おいおい、マジかーー」
目の前の現実に素直に感嘆してしまったロイドは、片足の不安定さを利用され、反応が一拍おくれる。
気づいた時にはボルゾイが密着するほどロイドに近づき、その背をぶちかました。
円の反対端から吹き飛ぶほどの威力。
しかし、ロイドに痛みはなかった。とんでもなく、上手く吹き飛ばされた。
完敗である。
師としては格好悪い限りではあるが、ソレイアに良いものを見せられたと思う。
仰向けに倒れているロイドの横にボルゾイが立つ。手を差し出していた。
「…負けたよ爺さん。やるなあんた」
「お前さんもその呪いでよく冷静に立ち回ったな。見かけよりも狂っていないとみえる。…テレサといい、類は友を呼ぶのかの?」
それはあんたもだろ、と内心でつぶやきつつ、ロイドはボルゾイの手を取った。
新旧家庭教師対決の勝敗はこれにて決した。
残ったのは意外にもさわやかな空気。
ソレイアは知っている。
これはいわゆる「男の友情」というものが発生した瞬間なのだと。
最近、読み始めた騎士物語「漢だったら騎士一択」にも似たような場面があった気がする。
でも殴り合って友達になれるなら、どうしてソレイアには友達が少ないのだろう。村の男の子は大体は殴ったはずなのに。
「…ねえママ、これってどういうことなの?」
「男はだいたいバカってことよ…」
ソレイアの質問に、テレサは含蓄がある風に答えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ボルゾイもロイドもテレサの知人だけあってクセが強いです。
次回は、閑話を挟みます。あの聖騎士の話です。




