12話 ボルゾイ爺さん
ヘリオナ家の周辺に新たに馬場が併設された。
そこをソレイアと緑の仔馬が走っていた。
乗っているのではない。並走しているのだ。「あれって、馬の意味なくね?」と遠目でみているロイドは思ったが、走力強化の訓練にはなるし、遊びの中で馬と絆を深めるのも悪くはない。
子供なのだから、そう効率ばかりを優先してもいけない。
ソレイア嬢も張り合える相手ができて嬉しそうだし、あの馬も輪をかけて負けず嫌いで性格の相性も良いはず。
「やったー、またわたしの勝ちー! ジャダの負けー。ふ-!」
「ぶるっ、ぶるるるるるrrrrrr!!!」
絆深まっているだろうか、ジャダと名付けられた馬の怒りっぷりは見て取れるほどだ。かなり険悪に見えて心配になってくる。ソレイアが気にしていないならいいのか。
どちらにしろ、すでに絆の刻印は済んでいる。
ジャダの額にもソレイアの聖騎士章が浮かんでいるから、見た目にはわからない通じ合う心というのがあるのだ。
きっとこれからの人生の苦楽を長く共にする間柄となるはず。…はずだ。
いつの間にか取っ組み合いが始まった馬と少女の現実から目をそらすようにロイドは空を見上げた。
すると、バサッと音を立てる、テレサの骨巨鳥の影が見えた。
そのまま遠くに小さく影を残して消えていく。
王都から戻ったテレサは度々、こうして家を空けることが多くなった。
なにかいそいそと準備をしているようだが、ロイドはとかく詮索するつもりはない。
テレサとロイドの距離感は適当、力を抜いている方のてきとうだ。それがお互い邪魔にならない。むしろロイドの方は首を突っ込んで死にたくないくらいだ。かつての関係もなるべく掘り起こしたくない。ソレイアに勘ぐられたときは血の気が引いたものだった。
しかし、あれ以降、ソレイアのロイドに対する視線はぱったりと、親戚のおじさん並みになり、助かったような、寂しいような。
「おーい、ソレイア嬢。そろそろ訓練の時間だぞー」
声をかけると元気に「はーい」と返ってくる。
ソレイアの師というポジションが自分には丁度よいだろう、というのがロイドの認識だった。
◇
その日の昼過ぎ。テレサが骨巨鳥に何かを掴んで連れて帰ってきた。
遠目にはボロくずのようにしか見えない。
しかしそのボロくずは、わずかにうめき声をあげている。
人間だ。とうとうテレサは生きた人間からその骨を取り出すことにしたのか、とロイドは焦ったが。ふらふらで立てない様子のそのボロを、骨兵二体に抱えられながらソレイアの前まで連れてこられていた。
「…ソレイア。このボルゾイ爺さんが、あなたの新しい先生よ」
「えっ、そうなのママ? じゃあロイド先生は? お役御免?」
「ちょちょちょ、せっかく気持ちも新たにしていたところだったのに、それはないぞテレサ。まだまだ教えることはあるんだ、断固抗議するぞ!」
「っ!…そうだよママ。えと、ロイド先生の授業はとっても楽しいよ。んーと、そうっ…先生、声だけはカッコいいし。座学は眠たいけど。ーーだから先生を捨てないで!」
「…ちょいちょい聞き捨てならないんだけどソレイア嬢。俺のことそんな風に思ってたの?」
ロイドとソレイアの慌てぶりに面喰ったのか、テレサはきょとんとした。
「バカね、二人目の先生よ。ロイドは騎士の事しか教えられないでしょ」
ああ、なーる。と二人は呼吸のあった納得の仕草をした。
「んー、でも酒が抜けないことには無理そうね、しばらく転がしとくか」
そういって、ごろんとボロもといボルゾイは地面に転がされたが、本人はいまだに気持ちよさそうに眠っている。
巨鳥に掴まれてここまで飛んできてこれなら相当な胆力の持ち主に違いない。
「…ちなみに何を教えられるんだ、この爺さん」
「治癒と強化ができたはず。今は酒で脳がやられ気味だけど昔はそこそこの僧侶だったらしいわよ」
「破戒僧じゃねえか。俺が言えたことじゃないけど」
「爺さんも離れに住まわせるから、同居人としてよろしくね」
ロイドは思わず目を覆った。
住み込みで半年が過ぎ、そこそこ快適に過ごせるように内装を自分好みにアレンジしていたのに、酒臭い爺さんとシェアしなければならないとは。
しかし家主兼雇い主の命令には逆らえない。
ソレイアがロイドの背中をぽんと叩いて慰めてくれる。
良い弟子をもった。それだけでロイドの胸は熱くなるようだった。
◇
結局、ボルゾイが目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった。
つまり一日中寝ていた。さすがにロイドが「死んでるんじゃないか」と何回か確認したがそのたびに酒臭いゲップで対応されて、話す前から好感度が最底値になった。
「ふぉ、あの娘が魔王にでもなるかと思ったら、子を産んでいたとは、愉快愉快…げふぅ」
「お爺ちゃん、年なんだからお酒やめた方がいいんじゃない?」
ソレイアがとてもまともな突っ込みを入れた。
「お嬢ちゃんにはまだわからんじゃろうが、この世にはな、酒でしかぬぐえぬ痛みというものがあるのじゃよ…げふぅ」
もっともらしいことを言って子供をけむに巻こうとする意地汚い老人にしかみえないボルゾイに、ロイドはこめかみの辺りをぴくつかせた。
どうにもこの老人は最初から癇に障る。
「おい、爺さん。そんなんでソレイア嬢にものを教えられるのか?」
腕を組み、後ろで様子を見ていたロイドが我慢できず口を出した。
その声にボルゾイは振り向いて、皺のよった瞼を大きく見開いた。
「…なんじゃあ、この顔面骸骨の悪魔みたいなのは? テレサの新作の骨兵か? よくできとるの、…ほれ、お手」
「するか! 記憶とんでるのかっ、昨日散々面倒みてやったろ! 俺はロイド。騎士だ。もう、長くソレイア嬢を教え導いている。ゆえに、爺さんが弟子に悪影響を及ぼさないか、監督する義務がある」
するか、といってボルゾイが差し出した手を叩いていたら、それはお手をしているんじゃないかとソレイアは思ったが、何も言わなかった。
「…きしぃ? それにしてはえらく禍々しい雰囲気じゃがの。…お嬢ちゃん、こんなのに教えを乞うておったら、魔道に引きずり込まれるぞ、やめとけやめとけ」
「やめろ! 俺の雰囲気がアレなのは呪いの武具のせいだ。俺自身は潔白だ。たぶん。…ソレイア嬢も「そうなんだあ」みたいな顔はやめなさい。今までの俺との訓練を信じて!」
ソレイアは大の大人ふたりの言い争いを見て、なんだかいたたまれない気持ちになった。なんだろう、他人の家で怒鳴り声が聞こえた時のような、切ない気分。それに似てる気がする。
ボルゾイの方は年の功なのか余裕がある。むしろロイドをからかってる風でもある。反対に余裕がないのがロイドだ。どうしてこんなに当たりがきついのだろう。いつも温厚なのに。あれかな、突然に自分のテリトリーに異物が入ってきて警戒してるのかな。犬みたいに。
そっと、ソレイアのロイドに対するイメージが親戚のおじさんから番犬へとシフトした。
しかしこれは見方を変えるとあれに見えなくもない。
ソレイアの愛読する恋物語「君の瞳に乾杯~でもお酒は成人してからね~」の第四巻で行われた、ヒロインを二人の男が取り合う場面。
残念ながら現実は、顔が赤みを帯びだした金属質の顔面髑髏男と酒臭い赤ら顔のお爺さんが配役されているけれど。この際、ぜいたくは言えない。あるもので手を打つ必要もあるときはあるのだろう。
だから、ソレイアは今、最もぴったりの台詞を用意するのだった。
「…もうやめてっ、私のために争わないでっ、…でもどうしてもっていうなら、私のために争って! 命を懸けて!!」
決まった。一生に一回は言ってみたい台詞。
こんな思いもよらぬ場面で使えるなんて。本は読み込んでおくものだ。
ソレイアは感動に打ち震えた。
ソレイアが挿絵の通りのポーズで悦に入っているのを見て、さすがにロイドも冷静になった。
たしかにそう見えなくもない状況ではあったが、ソレイア嬢は見境がなさすぎるな、と。
しかし、悪くない提案ではある。
相手の力量を探るには、戦ってみるのが一番だ。
命は賭けないが。
問題は互いのジョブ差にあるけれど。
「…俺は、構わないけど。爺さんがな、術士相手ではいろいろとハンデを設けなくては」
「ほほっ、若造が粋がりおる。…おぬしの土俵で構わんぞ?」
そしてここに、新旧ソレイアの家庭教師対決が勃発した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ボルゾイ爺さん初登場でした。
次回は家庭教師の対決です。




