11話 ソレイアのお馬さん
ソレイアは複雑な心境だった。
昨晩は今日が楽しみすぎて絶対に眠れないと目がギンギンだったのに、なんなら隙をついて夜の城内を探検しようと思っていたのに、テレサに背中をとんとんされてしまって、あっという間に眠りに落ちてしまった。
不甲斐ない。
自分の背中には眠りに落ちるスイッチでもあるのかもしれないと、背中を探すがそんなものはない。肩や肩甲骨付近の柔軟性もばっちりなソレイアは、背中を触ることも楽勝だ。
ではやはり、あの催眠力はテレサのスキルなのだろう。おそろしい。あの手にかかっては眠らずにはいられない。抗えない自分にソレイアは慄いた。
ソレイアがそんな調子でうなっていると、近くを歩くネイサンが声をかけてきた。
「…ソレイア。あれが馬場だよ。父上が我が国、固有の騎馬を揃えてあるっていってたよ、楽しみだね」
気弱そうなのに、ソレイアに話しかける姿はどこか緊張している。声も上ずっているし。「今日は立場を忘れて仲良くしてきなさい」とセルバンに言われ、普段とは違う言葉遣いに不安があるのかもしれない。
ソレイアは気にしないけれど、王子様というのも大変なのだろう。
「…ネイサンいつも馬に興味ないっていってたじゃない。どうしたの?」
ネイサンの決死の覚悟を速攻で無駄にするオリビア。
この二人はいつもこんな風なんだろうな、と想像に難くない兄妹の気安さに、ソレイアは王族でも村の子供でも、そこはあまり変わらないのだなと感じた。
「そ、そんなことない。乗るのは苦手だけど、馬の種類とか掛け合わせとかには興味あるよ」
「ふうん、ものは言いようよね。どうせ父上に、この子と仲良くしろって言われたから張り切ってるんでしょ。やだやだ」
双子ともなると立場は対等なのか、しかし気の強そうなオリビアにイニシアチブが偏っていそうな関係が垣間見える。
「オリビア。…ソレイアに失礼な態度は駄目だよ。昨日注意されたばかりじゃないか」
「ぐ…分かってるわよ。…ソレイア。私は5歳から馬に親しんでいるから。分からないことは私が教えてあげるわ。…あなたはどんな馬がいいのかしら?」
オリビアの質問に対し、ソレイアはぽかんとなった。
全く考えていなかった。
とりあえず、なんか凄そうなのがいいとは思っていたけれど。
見に行ってファーストインプレッションで決めるものだと考えていたから、言葉にしづらい。
しかし答えないわけにもいかないか。
「んー、わたしは最強の聖騎士になるから。馬も最強になるのがいいな」
「えっ……さいきょう?」
オリビアの王族語録には頻出しない単語がでてきて、検索に時間がかかっているようだった。なんどか「さいきょう…」を繰り返しながら的確な意味を見出す前に、一行は目的の馬場まで到着していた。
◇
「…こりゃあ、珍しい」
馬丁が馬たちの反応を見てそういった。
集められた馬の中から相性の良さそうなのを見繕う予定だったが、これはそうそうに諦めねばならないかもしれない。
馬がソレイアをみて固まってしまうのだ。
じ、っと見つめて動こうとしない。
「…なに、これ。どうしてこうなるのよ?」
「確か、エーテル体の影響で馬が硬直することがある、って書いてあった気がするけど。本当にあるんだ」
「…よくご存じで、馬は頭がいいし、人間と共生関係にありますから、エーテル体を観てるらしいですね。よほどお嬢様のエーテルが珍しいらしい。訓練すればこんなこともないんですが、こいつらはまだ若いですから」
確かに、今までソレイアと出会った馬は最初にバシッと目が合い、それからふっと目をそらす挙動をしていた気がする。
なにが珍しいのだろう、エーテルは基本は体に収めているのだけど色とかでているのだろうか。
ソレイアは、間近で馬たちにガン見されていることに、さすがに落ち着かなくなってきた。鼻息がすごい。
オリビアはドン引きしているし、ネイサンも観たことのない光景にちょっと興奮気味だし、馬丁さんは「仕方ないですねえ」みたいな感じだし、遠くの護衛さんたちも「おもしろー」みたいな目で見てるし。
ソレイアは馬を見にきたのであって、見られにきたのではない。
ソレイアの表情がだんだんと憮然としてきたころ、厩舎の方から、がつん、という音が聞こえた。
厩舎自体が震えた気がするから、何かがぶつかっているようだ。
「ああ、まずい。アイツ興奮してるみたいだっ」
馬丁が、慌てて厩舎に向かうが、そのアイツと呼ばれるものの方が先に飛び出してきた。
見た目は小さい、仔馬のようだ。
だが、色が緑であちこちきらきらと反射している。体型もずんぐりとしている。
「え、馬…なの? というより、今、壁を突き破って来なかった?」
「あれは鱗馬だ。モンスターの血が濃くでると顕れるらしい。でもあんなに全身びっしり鱗があるなんて、あれは気性が荒いよ、きっと」
冷静に、観察して答えるネイサンに「そんなの、見ればわかるわよ!」とオリビアが吠える。
彼女が焦っているのは、その危険な馬が今まさに、ソレイアに向かっていきそうだからだ。
ソレイアもそれは分かっている。固まっている馬たちから離れ。お互いの間に何もない位置に移動する。
遠くから、馬丁と護衛がやってくるのが視界の端に映るけれど、こっちの方がはやい。
馬が突進してくる。他の馬たちと違ってソレイアを見ても固まらない。
それどころか意気軒高にぶつかろうとしてくる。
その姿にソレイアはーー
ーー気に入ったわ!
それは奇しくも、かつて無残にも飛び散った訓練用骨兵とのぶつかり稽古の再現であった。
もしソレイアがあの時のままであったなら、この馬も無事ではすまなかったろう。しかし、あれから骨兵の残骸の山を築いたソレイアにとって、これは予定調和に過ぎなかった。
落ち着いて、エーテルを収めて、重いけどゆっくり確実に、表面だけ薄くする。反発するんじゃなくて、受け止める。
エーテル体を用いての戦闘は攻撃力だけが必要なのではない。
いかにその力を的確に配分するかが問われる。
ソレイアはその点において、まだその入口にさしかかった辺りだ。
しかしそれでも、興奮した仔馬を受け止めることくらいは造作もない。
どすん、と鈍い音が響くと、仔馬の首を抱え込んだソレイアがその突進を見事に受け止めていた。
ソレイアもその状態を確認して、ほっと一息つく。
生き物とぶつかるのは初めてだったので上手くいってよかった。
ぐちゃぐちゃにならなくて、本当に良かった。
しかし、ソレイアの小脇に抱え込んだ仔馬はまだ、ぶるると、暴れようとする。
(お、根性あるわね。)
とソレイアの好感度があがる。
そしてロイドから「やるときは徹底的に」との薫陶を受けているソレイアはそれに応えた。
仔馬の体を持ち上げ、そのまま重力にまかせ、体ごと倒れこむ。
「よいしょー!」
もうひとつ、どすん、という音とともに土煙が舞う。
煙が晴れるとそこには、目を回して気絶する仔馬と、残心もかねてまだしっかりと首を抱え込むソレイアの姿があった。
そして、ぽん、と仔馬の頭に手を置き、その宝石のような鱗を撫でる。
(いいわ。とてもカッコいい。)
ソレイアの脳内では一瞬で、十数年の時が過ぎ、光り輝く自分自身とその隣で大きくなった仔馬のイメージが湧いた。
ずんぐりなのも、頑丈でパワフルということだ。ソレイアの趣味に合う。
今回の勝負で勝ったから、この仔馬は、もうソレイアのものだ。
イヤなら何回でも勝負して、自分を取り戻せばいい。
だから、周りで驚いた顔をしているみんなに、ソレイアはこういうのだ。
「この子、わたしがもらうわ!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ソレイアの訓練の成果がでてきました。
次回は新しい先生が現れます。




