2.最後の集合
式典が無事に終了し、校舎の至る所で記念撮影や別れを惜しむ歓談の声がこだまする中、バリスタ部員たちは吸い寄せられるように、自分たちの「聖域」へと足を向けた。
本館中央、高い吹き抜けの幕式天井から、春の柔らかな光が降り注ぎ、人工芝の緑を鮮やかに照らす「木漏れ日テラス」。そこは学校という規律の世界の中に存在する、唯一の「余白」であり「自由」だった。
そこにはすでに、1年生の星野結と羽純凛、そして顧問の香月涼子が待機していた。カウンターには、春の陽だまりのような暖かさが満ちている。
「おかえりなさい。……そして、ご卒業、本当におめでとうございます」
結が、弾けるような、それでいてどこか泣き出しそうな笑顔で迎える。彼女の手には、卒業生三人の個性やイメージカラーに合わせた、色とりどりの花束が大切そうに握られていた。楓にはオレンジのラナンキュラス、翔にはブルーのデルフィニウム、美咲にはピンクのガーベラ。
楓、翔、美咲は、慣れ親しんだコーヒーの香りとテラスの空気を感じ、張り詰めていた肩の力をようやく抜いた。ここは彼らにとって、戦いの場であり、同時に唯一無二の休息の場でもあったのだ。
「ただいま。……あぁ、やっぱりここが一番落ち着くね。外の騒がしさが、嘘みたいだわ。まるでここだけ時間がゆっくり流れているみたい」
楓が、カウンターの縁にそっと愛おしそうに触れる。指先に伝わる木の温もり。何度も何度も拭き、磨き上げてきたその感触は、彼女の高校生活の地層そのものだった。
美咲は、制服の上に最後のエプロンを重ね、鏡も見ずに慣れた手つきで腰のリボンを結んだ。
「最後くらい、皆と一緒に立ちたいじゃない? お客さんとして座ってるなんて、落ち着かないもの。やっぱり私は、こっち側の人間なんだわ」
三人がカウンターの内側に入り、1・2年生のメンバーと向かい合う。
新部長となる沢村陸が、少し鼻声を隠そうと努めながら、中央に進み出た。
「えー、これより。星陽高校バリスタ部、3年生の卒業を祝う会を開催します! 本日のメニューは、1・2年生全員で、放課後や休日に集まって考案した『感謝と旅立ちのスペシャルコース』です。先輩たち、今日は、ただ座って、俺たちが全力で淹れるコーヒーを楽しんでください。でも、厳しいダメ出しは……今日だけはナシでお願いします!」
陸の少し背伸びした口上に、翔が懐かしそうに、そして嬉しそうに苦笑する。
「陸。いつもみたいに、カッコつけてミルクの泡立てを失敗するなよ? 先輩をガッカリさせないでくれ。俺が教えてきた『物理学的な対流』、忘れてないだろうな」
「へへ、見ててくださいよ、翔さん。俺たちがこの一年、どれだけ先輩たちの背中を、その職人魂を追いかけてきたか。その成果を、今日ここで証明してみせますから。俺たちはただの後輩じゃなくて、あなたの弟子ですからね」
香月は、カウンターの端にある「特等席」に腰を下ろし、教え子たちのやり取りを黙って見守っていた。彼女の理性的で冷徹だった瞳には、今やかつて理論だけでコーヒーを語っていた自分自身が、この生徒たちの「不器用な情熱」を通じて、どれほど豊かに変化したかという自覚が宿っていた。数値化できない「心」という変数が、どれほど結果を左右するか。彼女にとってもまた、このテラスは再生と再教育の場所だったのだ。




