自分の恥ずかしい所を晒すわけ(愛菜編)
そんなこんなで休み時間は終わり、六時間目も過ぎ去って、掃除もやり終えて、帰りの会もやりきった放課後。
「またねー」
「うん、またー」
「果歩ー、帰ろー」
美桜ちゃんが、さっちゃんと結ちゃんに別れの挨拶を交わした後で、いつもみたいに私の所に来て待っていてくれてる。
「んー……」
気の抜けた返事をしながら帰る準備を終え、私達は教室を出て、階段を降りて、昇降口で靴を履き替える。
「……今日はどうする? 家寄ってく?」
と美桜ちゃんが提案してくる。どうしよう。
「んー……うん。寄ってく」
「おっけー。じゃ行こ!」
私の返事に、美桜ちゃんは嬉しそうに言った。
また昨日みたいなことが起こるんじゃないかと、思わなくも無かった。けど、かと言って自分ん家に帰ってもすることなくて退屈だから、やっぱり美桜ちゃんの家が良いってなっちゃう。
やがて校門を通り過ぎて、外の世界を二人で歩く。
周りには同じ制服を着た子がいる。だけど皆、私達の知らない人。聞かれちゃまずい話はできないけど、ぼかして話すぐらいは問題なさそうな、絶妙な空気感。
「で、今何考えてたの?」
そんな中で、美桜ちゃんは切り込来た。
「何って……」
「果歩のことだから、何か思うことがあるんじゃないの?」
「うーん……」
正直、無いわけじゃない。やっぱり美桜ちゃんは、私のことはお見通しらしい。
今から、ここで話しても大丈夫かと、周りを見渡す。けど、誰も私達のことは気にもしてないように前だけを向いて静かに歩いている。
しょうがないなーと感じながら、美桜ちゃんの揺さぶりに応えるべく口を開く。
「いや、ね? 今日、色々と凄かったなーって」
「ああ、うん。……フッ、確かにそうだったね」
どうも、他の人には体験しきれないような出来事が多過ぎたとしみじみしつつ、今までのことを振り返る。
初めて美桜ちゃんの友達と接したと思ったらいきなり卑猥な話題を教室でおっ始めて、落ち着いたと思ったらーまさかの二人が猥褻な行為をトイレでおっ始めて。美桜ちゃんと愛菜でお互いに私を混ぜて際どい姿で盛り上がって、トラウマに囚われ二人して私のために激しい会話で燃え上がって。里香さんの抱えている嫉妬を知って、愛菜の覚悟する強かさを知って。
なんだか、いきなりファーストキスを奪われた昨日よりもさらに濃い一日を過ごした気がする。
美桜ちゃんも同じことを思ったのか、苦笑しつつも共感してる。
「……で?」
「“で?”って……」
「他にもあるんじゃないの?」
「…………」
ぶっちゃけ、他にも有るっちゃ有る。まだまだ美桜ちゃんは、私のことを覗き込んでいる。
だけど、それを話しても大丈夫かと、想いを巡らす。でも、どうせ私がこのことを気に揉んで一向に話さなくたって無言で歩くだけだ。
しかたがないなーと観念しつつ、美桜ちゃんの問いかけに答えるべく心を開く。
「いや、さ? まだ、私達子供なのに、あんなに、せい……しゅんを、楽しんじゃっていいのかなーって」
「ああ、うん。……まあ、確かにそうだね」
どうか、他の人には“青春”と言っていたと聞こえますようにと内心で祈りつつ、美桜ちゃんの返事を待つ。
「と言っても、さ。もう、あたし達は思春期なわけだし、そういうのに興味を持っても不思議じゃないでしょ」
「……それは、そうだけど」
「で、興味持ったのならば、仲が良い人同士でお互いの同意の下でヤッたとしても、不自然じゃないでしょ」
「うーん……」
「ましてや、ウチらは女の子同士なんだし、よっぽど酷い扱いをしない限りは間違ったことは起きないだろうし」
「んー……」
美桜ちゃんの言うことは、別に間違ってはないと思う。けど、何か、心地悪さが引っかかってしまうせいで、素直に受け入れられない。
「……それとも、やっぱり気持ち悪い? 同性の絡みとか、性的なことが」
「……いや、なんていうか……気持ち悪いとは、違うような……。別に、今でもさっちゃんや結ちゃんのことは嫌いになってないし、愛菜のことも……不安にはなるけど、無理とかまでは思ってないし……」
「ふーん? そう……」
「……なんか、うまく言葉にできなくて、ごめん」
「ううん、いいよ。……難しいもんね、そういうのって」
いまいち要領を得ない返し方しかできなかったけど、美桜ちゃんは、分からないなりに汲み取ってくれたみたいだ。正直、“何言っているのか分かんない”と言われてしまうよりは、だいぶ気持ち的にマシではある。
お互いに難しい、心の深淵の問題に向き合って、黙り込んだまま帰路を歩く。
正確には、美桜ちゃん家の帰り道であって、私の家の方面からは途中から少し違う道を行くのだけれど。
そんな中で、私は、さっき……いや、もっと前の昼休みから、疑問だったことを美桜ちゃんに問いかけてみる。
「……ねえ」
「ん?」
「訊きたいことがあるんだけど」
「いいよ。なに?」
美桜ちゃんは、快く言ってくれる。そんな美桜ちゃんの優しさに、お言葉に甘えて、思い切って切り出してみる。
「愛菜にとって……自分の、その……恥ずかしい所を晒すのって、どういう認識で、いるの、かな?」
「……うーん、そうだねー」
美桜ちゃんは、もちろん愛菜本人じゃないから確かなことは言えないのは分かっている。ただそれでも、美桜ちゃんなりに腕を組んで考えて、愛菜の友達としてリスナーとして、接してきたなりの見解を捻り出そうとしてくれている。
果たして、昨日私なんかにあんな痴態を嬉々として晒した美桜ちゃんは、なんて答えるのだろうか?
「あたしも気持ちは分かるんだけど、多分愛菜にとっても、自分の、えっと、恥ずかしい所って……それも好きで、求めてくれている人に対して見せてやってあげてる、好意の証……みたいなものだと思う」
話題が話題だけに、美桜ちゃんも気まずそうに頬を赤くしながら、私に倣って直接的な表現を避けて言葉を濁している。こんな公衆の真っ只中で申し訳ないとは思いつつ、一生懸命話してくれた言葉に耳を傾ける。
「……好意の、証?」
「うん……」
「あんなに、大勢の……しかも、えっ……な目でしか見てくれないおじさんみたいな人に?」
「……それでも、いいんだと思うよ。自分に優しくしてくれる人達だから」
「優しくって……」
あんなのを、本気で優しくしてくれるなんて思っているのだろうか? 私には、ただ、無知で貞操観念がおかしい所に付け込んだ、卑劣な悪人共に利用されているとしか思えない。
「……まあ、果歩の言いたいことは何となく分かるよ。確かに、わざわざそんなことしなくても、持ち前のトーク力とかの方で頑張ればいいのかもしれない。恥ずかしい所を見せられるのが嫌な人もいるし、健全な方向で活動したら、万人受けはするかもしれない。でも、愛菜は、別に、あんな活動しているのを止めてくれる王子様〜なんて、求めちゃいないしね」
「そうなの?」
「……だって、さ。例えば、おしゃれを頑張って自分の可愛さを追求して磨いている人に、突然“そんなふうに無理しなくても、君は十分に魅力的だよ”って言われても、嬉しくはならないじゃん?」
「……確かに」
そう言われてみれば、そうかも。
結局その人も、磨き上げられた可愛さを見て惹かれて来たんだろうし、そうやって紳士ぶっているつもりで、せっかくの努力を認めないって言っているようなものだから。
それに、愛菜は、確かにそのままの棒立ちでジャージ姿でも“十分に魅力的”かもしれないけれど、それだけで満足しているわけじゃない。だからこそ、色々とポーズとったり見えないおしゃれも披露して、可能な限り最大限に魅せたいと思っているのは、活動を見ていて十分に分かる。
なのに、それを“君のためを想って”実質否定されたところで、本当に優しい人だなんて恐らく思わないだろう。それと比べたら確かに、純粋に努力の成果を褒めてくれる人達の方が、まだ優しくしてくれる人達ではあるか。
「愛菜だって、別にそのファンの人達の中から、お金持ちでイケメンで特別に好きになれる人を求めているわけじゃないし」
「ああ……うん」
やっぱり、それはそうか。
「そもそも愛菜は、ファンとはいくら個人的に話ししたりしても、絶対に会おうとなんかしてないしね。トラブルの元でしかないし、そんな面倒臭い真似してまで得たいものはないわけだし」
「やっぱり、あんなセンシティブな姿に惹かれた男なんて……ってこと?」
「どうだろう? そこを見下している気持ちがあるのかまでは分かんない。……けど、だからって注意して叱って守ってくれる人を待ち続けているわけじゃないし、本当にただ、節度をわきまえて楽しくお話できたり遊ばれたりしてくれる人を集めたいだけなんじゃない?」
「……んー。……それで、そんなことして……将来困るようなことには、ならないのかなぁ」
「……それで“困るようなこと”になる人と、そもそも付き合いたいなんて、仮にあたしが愛菜でも思わないかも」
「……どうして?」
「どうしてって……だってそんな人、他にも色々ぐちぐち言ってきて束縛しそうだし。愛菜もMっ気はあるだろうけど、行動を制限するタイプのヤンデレは嫌いそうだし」
「ああ……」
所謂、モラハラ夫に引っ掛かるというやつが。それは確かに、いくら王子様的なイケメンでも嫌かも。特に、自由奔放に生きるのを楽しそうにしている愛菜みたいな人にとっては、苦痛でしかないか。
「それに、愛菜だって……他人に自分のあられもない姿を自分から晒すような、一見自分の尊厳を削っているような娘だって、可哀想な被害者扱いだけはされたくないってプライドは持っているんだし」
「そう、なんだ?」
「分かる? この感覚」」
「……うん、分かる」
ああいう、自分の身体を安売りするのに躊躇が無かったとしても、決して自暴自棄になっているわけじゃない。ただ単に、価値判断が違うだけだ。
それでも、“普通の、常識的な判断とは違うから問題だ”という人はいるかもしれない。けれど元より愛菜は、普通で、常識的な幸せに甘んじて満足するような子ではない。から、別にそんなことで咎められたとしても、気にも留めないだろう。……いや、むしろ、自分の楽しみを邪魔する厄介な輩と見做して、見放して、即ブロックしそうだ。
けれど、だからって、哀れまれて、その実見下されて、下手に護られたり距離を置かれたりなんかされたくない。それこそが愛菜の尊厳なのだから。
「……じゃあ、もし、ある日突然、誰かに活動のことで問い詰められたとしたら……」
「仮にそうなったとしても、愛菜は絶対に認めようとしないんじゃない? だって、もしそんなことを自白しちゃったら、あっという間に大炎上して、全部無かったことにされちゃうんだから」
「……だよね」
それは、今までのことを……実績や思い出すらも無かったことにして、そこに費やした全ての時間を無に帰す行いだ。ある意味、自殺行為にも等しいかもしれない。
愛菜は、もしそんなことになったら、それこそ確実に傷心して、しばらくは生きる気力を無くしてしまうだろう。最悪の場合、本当に……なんてのも、考えられちゃう。
正義を掲げる人らは、もしもそうなってしまったとして、それでも胸を張って堂々と精々した顔をするのだろうか。
そんな正義、存在する意義なんてあるものかな……。
「だからこそ、愛菜は、密やかに、だけどあからさまに、派手に暴れて楽しんでいるわけで」
「……そうだね」
でもまあ、多少歪な関係でも、曲がりなりにも愛菜がそれで楽しそうにやっていて、あまり度が過ぎた高望みはしない程度に、不幸へと続く道に足を踏み入れないように、節度を弁えながら、色々と工夫して盛り上げて充実した毎日を過ごしているのなら……やっぱり、無闇に幸せを取り上げる野暮な真似はするべきじゃないと思う。
もし、それでも炎上するような時が来て、愛菜が元気じゃなくなることがあれば、今度は私も助けてあげたいと思う。今日、私のことを助けてくれたように。




