陰と陽の狭間で
「ァタシ、寝て食べること以外に楽しみがないし、他にやりたいことを見つけようにもダルいし無意味だし何も楽しみを感じられないし、こんなんでいいのかなと不安にもなるわけよ。んな時に愛菜が頼み事してきたから、面倒だけど乗せられて付き合ってみたら、楽しそうに色々してるアイツが眩しくて、嫉妬した」
「……ふーん、そうだったんだ」
「そういうこと……」
里香さんの独白を聞いて、愛菜と美桜ちゃんが納得する。
私にも、その感覚には覚えがあった。ちょうど一年ぐらい前の私は、親に言われた躾に思い悩み過ぎて、何もかもが純粋に楽しめなくなって、空虚で退屈日々を送っていた。そんな時、何故だか私に話しかけてきた美桜ちゃんに相談してみた結果、本当に自由で楽しい世界に連れて行ってくれたおかげで救われたわけだけども。
ただ、里香さんの場合は、少しだけ私とは違う気がする。なんていうか、重い悩みで思いに迷っているからというよりも、単に無気力さから来ているような……感じがする。
「え、でも里香、この前撮ってくれた写真の出来栄えが良いって褒めた時、満更でもなさそうだったじゃん」
「そりゃあ、出来の悪いの撮ったらやり直しくらっていつまで経っても終わんねーし……」
「じゃなくてさ。“すごい!”“上手!”って言った時とか、ちょっと照れてたし! 目逸らしていたけど」
あー、なんか想像つく。里香さんって、ヤレヤレ系のツンデレキャラっぽい。
「あれは、別に……。嬉しいことは嬉しかったけど、それだけだったし。何が変わったわけでもないし」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ。カメラで撮ることが趣味になったりはしなかった。ァタシにはただ、褒められる手段が増えただけのこと」
ありゃ? 別に……ってそのまま不貞寝すると思いきや、意外と素直に思っていること話してくれた。生憎というか相変わらず、特に何かが劇的に変わりはしなかったみたいではあるけど。
「そっか……。別に、灰色の世界が色づくきっかけにはならなかったんだ……」
私みたいに。という言葉は飲み込んで、ボソっと呟く。
すると、どうやら皆には聞こえていたみたいで、皆して一斉に、寝ていた里香さんまで私に視線が集中する。
「あ、えっと……」
しまった。私、うっかり思い付きで変なこと口走ってしまった! ど、どうしよう……この、何か気まずい雰囲気……。
「……まあ、色はついたよある意味。ちょっと豪華なお礼された」
「あ、や、そういうことじゃなくって……!」
「あと、宮河のヤツも調子乗ってもっと色気づきだしたし」
「でもなくって! ね?」
「そうなの?」
「うん。で、出来たのが、あの最新の自信作!」
「へぇーそうなんだ」
「ねーえー!」
ちょっと、急に私を無視して話進めないでよ! 美桜ちゃんも愛菜も!
あ〜もう! こんなことになるんなら言うんじゃなかったよ恥ずかしい……。
「てか、それ以外にもパンツ見えてたヤツもあったけどね。さすがに調子に乗り過ぎ」
「うえぇー!?」
「えーそうなんだ?」
「う、うん……。まあ、ね」
てか待って!? 私よりも恥ずかしい想いしてる人がここにいるんですけど? 私も美桜ちゃんもびっくりだし、当の本人は、さすがにここでは気まずいのか照れ臭そうに引き攣った笑いしているけど。
「あ、愛菜……さすがに、それはちょっと……」
「嫌だった?」
「や……じゃ、なくて……えっとぉ……」
いくらなんでもやり過ぎだと思った私は、愛菜に苦言を呈する。だけど、愛菜からは真っすぐな瞳で訊き返される。
しれっとそんなふうに言われたら、こっちも何も言えなくなってしどろもどろになる。ただ、それでも口から出た言葉は無かったことにできなくって、逆に私の方が観念する気分になりながら、心の奥底で思っていたことを引っ張り出す。
「……その、そ、そこまでしなくても、良いんじゃない、かなぁ?」
「えーだって、せっかく可愛いの着ているんだから、誰かには見せないと勿体無いじゃん?」
「いやいや、可愛いとか勿体無いとかそういうことじゃなくってね?」
「……変態女」
普通そういうのって、自分の気分を上げるためだけに履いてるものじゃないの? それをわざわざ、しかも誰かもわかんない人に見せるだなんて……。どんだけ承認欲求に毒されてんのよ? 里香さんも毒づいているし。
「まー気持ちは分かるよ、愛菜……」
ナイス美桜ちゃん! そのままこの非常識さを窘めて!
「あたしだって、そう思う時はあるし……」
うんうん。まずは同情して警戒心を和らげる作戦ですか。で? だけど?
「流石に愛菜ほど見せびらかしたいとは思わないけどね。まあ、BANされない程度に気をつけなよ」
「うん、分かってる分かってる。大丈夫。運営の管理外んとこでそれなりの対価要求してやっているし」
って、あるぇー? ここから道を踏み外さないように説得する流れじゃなかったのぉ?
絶対、BANされることよりも、デジタルタトゥー残す真似をすること方がダメージデカい、いや、とてつもないと思うんですけど? 決して、管理外のとこなんかでいくら対価を積まれたってやって良いことじゃないはずなんですけど?
「……いや、ちょっ! ちょっと待って? 愛菜、それは駄目だって!」
「駄目って?」
いい加減に耐えきれなくなった私は、もうこの際自分から注意してやろうと勇み足を踏む。何が問題かも分かってなそうな駄目なこいつに、早くなんとかしてやらないと。
「や、あの……そういうことしたら、デジタルタトゥーになるし……」
「あーで? “こいつお前だろ”って脅される羽目になるって? “バラされたくなければ金払え”って?」
「うん……」
「いやまあ、別に? そうされたところで、こっちは“だとしたらどうするんですか?”って返す覚悟はできてるし。……なんなら、“バラしたら名誉毀損で訴えますよ?”って返せるし」
「うっ……」
こいつ……できる……! あまりにも強かさたっぷりな反論に、弱々(よわよわ)な私はもう後が続かなくなってしまう。
「もし万が一、それでバラされたらそれこそ警察が動いてくれるしね。画像の方も、“AIで悪用された!”って言えば、ある程度は大丈夫になるんじゃない?」
「確かに! 美桜ナイスアイデア!」
ああ……さらには美桜ちゃんまで肩持って、苦言どころか助言を示す有り様だし。しかも、生成AIによる被害をそんな形で利用するなんて……。おかしいな。常識って、性を悪用した問題って、ここまで呆気なくて脆いものなんだっけ?
“常識”……。
その言葉に、ついこの前思い知らされたばかりのことを思い出してしまう。
(そうだった。私は……)
「でしょ? それで黙らせられたらこっちのもんだよね。念のために、脅した所をしっかりスクショして、二度と逆らえないように逆に脅せば、胸を張って“ざぁ~こ♡ ざぁ~こ♡ よわよわ〜♡”って煽れると思うよ!」
「あはは! メスガキ構文ってやつ? いいね、それ!」
(いや、でもそれ、わざわざ脅してきたヤツ相手に使っていいものなのかな?)
って、あれだけ嫌っていたはずの心配性仕草を、まだ克服しきれてない自分に嫌気が差す。
今はもう、隣でバカな話して盛り上がっている二人の楽しそうな姿を見て、それが真実なんだと逆に私の方が分からされて、これ以上咎めようという気は失せている。
愛菜も……いや、美桜ちゃんの友達が持っているような覚悟になかなかついて行けてない自分は、それが決して悪いことではないとは分かりつつも、でも周りと比べてしまって遅れを感じてしまう。
というか、普通はまさにそんな風なんだろう。子供のうちは誰だって、性に関する問題を割り切って楽しむということはハードルが高くって、簡単にできることじゃない。
それを知ってか知らずか、悪用しようとする大人だっている。ただ、どこからどこまでが悪用と言うかなんて、人によってバラバラ過ぎて判別がつかない。かと言って、愛菜や、愛菜のファンみたいな、あくまで当人の合意のもとで楽しくやっているだけのところまで目くじらを立てて禁止しようとするのは、いくらなんでも横暴だと思う。
たとえ善人らしく将来のためにと行動を起こしたところで、その騒動それ自体が本人のトラウマになってしまったら、本末転倒ではないか。と、そこまで思い至れる善人も、決して多くはないだろう。
子供の自由が……いや、子供に限らず、性に関する自由が、色んな大人の思惑で振り回され、脅かされる。どっちが本当に善なのか、悪なのかさえも判別がつかないままに。
非常に不安定で、不快な気持ちにまた苛まれ、悩んでしまう。
(不快……)
不快といえば、ずっと前にお母さんに言われたことがあったのを思い出す。
『いい? 私は、みんなが不快にならない安全な社会を目指しているだけなの!』
当時は、それがお母さんなりの正義なんだと、立派で正しい大人の姿なんだと思って、だからこそ否定してはならないと鵜呑みにして、理解しようとした。
だけど、理解すればするほど、あれも駄目これも駄目って、制限や規制が増える一方で苦しくなっていた。
それでも、“みんなが不快にならない安全な社会”のために我慢し続けていた。多少苦しくても、大義のために黙って従うのが正しい行いと思い込んでいた。そうやって、次第に何もかもを諦めるように自戒して、いつしか自壊していった時期があった。
美桜ちゃんと出会って、相談に乗ってくれるようになって、そのことをどう思うか話したら、こう答えてくれた。
『そうやって、“社会的な正しさ”を大義名分にして、それが好きな人を否定して、他人の自由を奪おうとすることが、何よりも不快な行為だとなんで気づかないのかな?』
私は、言われてやっと気づいた。自分が抱えていた苦しみの理由は、根本から矛盾していたからなのだと。
あんなふうにもっともらしく語っていた正義は独善でしかなく、ただ自分のために騙っていた傲慢な欺瞞でしかないことに。
おかげで、長年に渡って、雁字搦めになってまで囚われていた理想という名の呪縛は、音を立てて瓦解し崩れ落ちた。
よくよく考えてみれば、分かることだった。
そんなの、いくら判断の未熟な子供だからって……いや、子供じゃなくても、誰でも同じことのはずだ。
どれだけバカだからって、安全に生活ができるからって言われて、代わりにあらゆる自由を認められない生活に、甘んじて受け入れられる人はそうはいない。
ただ、だからといって、美桜ちゃんや愛菜みたいに割り切った上で自由を楽しみ切れる人も、そこまで多くはいない。
間を取って多数派に寄り添っても、それで自分が満足するかと言われたら、またモヤモヤしてしまう。つまり答えはNoなのだろう。そもそもそれは、自分の幸せについて悩み考えることを放棄して、ありきたりな答えに妥協したeasyモードみたいなものなのだから。元よりhardに難儀な人生を生きている私は、その程度の安い幸せだけで終わりたいなんて思えない。
だからこそ、どれだけ時間がかかってでも、身近にいる私の友達みたいに、達観した上で自分の人生を自由に楽しみきれるような人になりたいとは思っているけども……。
「果歩? かーほ! 大丈夫?」
「っ! あ、うん。ごめん美桜ちゃん! 全然なんでもないから! 大丈夫」
「そう? ならいいけど……」
いけない。つい深く考え過ぎてしまって、美桜ちゃんに心配をかけちゃった。
そんなふうに悩んで戸惑って迷っているいるうちは、まだまだ未熟なのかなと反省しつつ、いっそのこと考えるのを辞めて目の前で繰り広げられている会話に注目してみる。
「ん〜どうしよっかなー。次の投稿……」
「うーん、難しいよね。何でも良さそうだとは思うけど、できるだけ多くの人に“いいね”されたいって考えるとねー」
「あんまり過激過ぎると台無しになるし……」
「一応やり直せはするけど、面倒なことにはなるし少なからずガッカリはさせちゃうよねー」
愛菜も美桜ちゃんも二人して、次の愛菜の活動について話しておるようだった。愛菜はそのままでも十分に可愛いし、自由に何もやっても良さそうな気はする。
だけど、より皆を満足させようとすればするほど、あーでもないこーでもないと、提案と選択を増やす一方で苦しくなっている。
たとえどんなに不自由だろうと自由だろうと、理想を掲げてその高みへ到達するために、悩み続けなければならないのは同じらしい。
ただ、それでも押し付けられて強制された不自由な生き方よりも、自分で選んで進んでいる自由な生き方の方が、簡単に諦めることなく粘り強く続けて行けてるみたいではある。
「あー! もういっそ、今回は諦めて予告だけして適当に攻めたもの投稿しちゃおっかなー!」
「……まあ、何もしないよりは良いかもしれないけど」
……時には、嫌になって暴走することもあるみたいだけど。それでも美桜ちゃんの言う通り、なんだかんだで続けられているだけマシなのかもしれない。
「……そのうち、すっぽんぽんを撮ろうとか言い出すんじゃねーだろうなこのスッポン」
と、いつの間にか机に肩肘ついて胡乱な目で二人を眺めていた里香さんがボソっと呟く。
そんな失礼さ満載な発言に、私もうっかり笑いそうになる。その場合、月は一体何になるんだろうとも頭を過ぎる。
愛菜も、しっかりと失言した里香さんに向かって、
「誰がスッポンじゃい!」
はっきりと言い返しています。
「あ、でもその案ありかも。月明かりに照らされた愛菜の美しい姿を撮るのとか」
「え。で、タイトルは“月とスッポンポン”?」
「ダサッ」
「あんたが言い出したんでしょうがい!」
「まあ、どうするかは任せるよ……」
美桜ちゃんは前向きに賛同しつつはあったけど、さすがにこんな教室の中でするには開けっぴろげ過ぎる話題に、最終的に身を引いた。決して、話の内容にドン引きしたわけではない、はず。
愛菜も二度目の連続ノリツッコミしつつ、次回作の案としては悪くないみたいで、何処となくスッキリとした顔をしていた。
「まあ、それも一旦アリか……。じゃあ、次は満月を背景に撮ろうかなー。羽衣か何かで、局部とかを隠すようにして」
「……風邪は引かないようにね」
愛菜のやりたい放題には、やっぱり心配は尽きないけど、止めない程度に身を案じるくらいがちょうどいいのかもと改めて感じた。




