謎に満ちた友達
数十分の我慢の後、ようやく授業から解放された私は、さっそく美桜ちゃんの元へ向かう。
「ねえ、美桜ちゃん!」
「ん? どしたー?」
張り切り過ぎて、つい大きめの声が出てきてしまったものの、美桜ちゃんは特にどうということもなく気の抜けた言葉を返した。
「あのね、さっきから気になった事があるんだけど」
「ほう」
「グループのさ、“美桜ちゃんの友達”の中にいる“里香”ってどんな人? 私、まだよく知らなくて……」
「あー里香? 多分そこで……寝てるね」
美桜ちゃんが振り返った先には、机で腕組んで突っ伏して寝てる一人の女子がいた。
黒いボーイッシュな髪の子。まだそれしかよく分からない。でも、寝てるなら、しょうがないけど起こしちゃ悪いからまた次の機会かな……。
「そう……なんだ」
「まあいいや。挨拶くらいなら受けてくれるっしょ」
「えっ?」
と思ったのだけど、美桜ちゃんは気楽な様子で立ち上がり、すたすたと例の女子へと向かっていく。
「ちょっ美桜ちゃん! そんなの悪いよ! 別に今からでなくても……」
「良いから良いから。果歩が気になるならやっちゃいなよ」
「え〜……」
本当に大丈夫なのかな? さっきまでと打って変わって一気に不安になってきた私は、でも流れ的に余裕そうに笑う美桜ちゃんの後に着いていくしか無かった。
そしてとうとう、気になるあの子の横に二人して並んで立つ。
「里香ー?」
と、美桜ちゃんが呼びかけると、
「……なに」
って、超不機嫌そうな声が返ってきた!
「美桜ちゃん! やっぱりいいよ、次の機会で!」
「大丈夫大丈夫! 不機嫌なのはいつものことだから」
「……だからっつって人が寝ている時にまで声かけに来んなよ」
「ひっ!」
私は慌てて止めようとしたけど、美桜ちゃんは構わず続けようとする。終いには、目の前から唸るような文句が頑として寝ながら飛び出てくる有様だ。私は思わず怖気づいてしまう。
「まあまあ……」
「“まあまあ”じゃねぇ。何が“良いから良いから”、“大丈夫”“大丈夫”だ。勝手に決めんなクソが」
美桜ちゃんが宥めるも、逆効果みたいに神経を逆撫でさせている。暴言まで飛び出す始末だし、私もこの子の言っていることに同情してしまう。
「そこはほら、怯えて縮こまっている果歩に免じて許してよ。なかなか綺麗な怯え方してるよ、ほら」
「ん〜?」
「ひぅぅ!」
美桜ちゃんに勝手に謎に私を引き合いに出されて、ようやく目の前の子が頭を傾けて、だるそうに瞼を開ける。
恨みがましく睨むような眼差しを受けて、私はますます縮こまってしまう。内股になって締めた足はガタガタと震え、両腕は胸の前で折り曲がり、両手もギュッと力が入る。頭は緊張で回らなくなってよく分からないけど、こんな私の姿で、お怒りをお沈めになってくれるのだろうか。
「確かに。典型的な怖がりっ子のポーズしてるけど。……で?」
「この子が篠崎果歩。あたしの親友。……果歩、この子が黒木里香。愛菜とよく一緒にいる子」
「ふーん、よろしく」
「よ、よろ……しく……」
あんまりお気に召しては無さそうな感じではあるけど、促された美桜ちゃんは私の方に手を置いて、ろくにコミュニケーション取れなさそうな両者の間を取り持ってくれた。
けれど、割とどうでもよさそうに形だけの挨拶を交わした里香さんは、そのまままた元のスリープ状態に戻ってしまった。
(黒木里香さん……名前通り、黒が似合う子だなー)
それが私の正直な感想だった。
誰とつるまずとも平気そうな、孤高の精神。ぶっきらぼうで歯に衣着せぬ言い方を遠慮なく放つ、毒舌系の女子。
マイペースではあるけど、トゲトゲしさ全開なちょっと怖い感じの子。陰キャっぽくはあるけど大人しいというより寡黙で、言いたいことはハッキリ口にしちゃう容赦なさそうな子。
(難しそうな子だけど、私、仲良くなれるかなぁ……)
前まではウキウキだったのに、いざ現実を目の当たりにして怯んでしまう。“美桜の友達”の他の皆は、変わってはいても明るくて優しい子たちばかりだったから、ついうっかり油断してた。まさか、最後の一人が、こんな子だったなんて……。こっちもこっちで、隠しキャラっぽいというかなんというか。
「……また寝ちゃったね」
「……だね」
呆気なく取り残された私達は、一言交わして立ち尽くす。
とりあえず、目的の挨拶だけは達成されたわけだけど、この後どうすればいいんだろう。って迷いながらチラッと美桜ちゃんに目をやる。
美桜ちゃんも美桜ちゃんで、勝手に目の前で寝ている里香さんを呑気に眺めている。絶対に寝顔なぞ見せてやらん! とばかりに、頑なに腕を自分の顔に押し付ける里香さんなんか見てて、何を思っているんだろうか。それとも、美桜ちゃんも反応に困って呆然としているだけ?
「ははっ、相変わらず撃沈だねー」
って思ってたら、いきなり背後から明るくて愉快そうな声が私達の耳に入ってきた。
「!?」
「あ、愛菜」
「よっ、お二人さん」
振り返ると、相変わらずな笑顔を私たちに向けて、片手を上げて気軽に挨拶してくる愛菜がそこにいた。私達は、とりあえずもう里香さんのことはそっとしておいて、愛菜の方に向き直る。
(そういえば。確かさっき美桜ちゃん、里香さんのこと、“愛菜とよく一緒にいる子”って紹介していたような……?)
性格が真逆どころか、相性すら真っ向から対立してそうな両者なのに、なんでよく一緒にいるんだろう? と、理解ができなさ過ぎて深まる謎が、私の心に生み出されていく。
「どう? 果歩」
「ど、どうって……何、が?」
「里香と仲良くなれそう?」
「えー……」
いきなり愛菜から名指しされたと思ったら、難題を吹っ掛けられた。
里香さんが、これでも愛菜と仲良くできていると仮に思えても、果たして私に同じように通じるかどうか……。
「いや……まだ、分からない、かなぁ?」
「ふっはは! だよねー。まあ、無理して仲良くはしなくていいよ。最悪、二人っきりになって無言になっても、全然気にしないからこいつ」
「あ、うん……そうなんだ」
こいつ呼ばわりと来たか。なんか、里香さんに対して扱いが雑なような……。
振り返って里香さんを見てみれば、話題の中心にいるはずなのに我関せずといった感じで全く動じてない。
……そりゃあ、気難しいとは思ったけど礼儀に厳しそうなタイプには見えなかったけど。むしろ逆で、誰に対してもつっけんどんな跳ねっ返りタイプな印象がある。他人からちょっかい掛けられるのが一番嫌そうな、そんな感じ。
そう考えると、他人にちょっかい掛けるのが好きそうな愛菜と相性良くできている理由が、やっぱり分からない。
あっ、あれかな? さっちゃんと結ちゃんみたいに、この二人もデキてる関係とか、そういう?
「ちなみに、里香はあたしの活動の相方兼ボディガード。SNSに上げてるのは、大体里香が撮ってくれたやつだよ」
「あっ、へぇ〜……」
言われてみれば、美桜ちゃんに見せられた愛菜の写真は、どれも自撮り風ではなかった。てっきり、三脚とかで固定して撮っているのかと思ったら、まさかのここで里香さんが関わっていたなんて……。
「ほら、あたしって魅力的過ぎて危険な女じゃん? 画角とか背景とか臨場感にも拘りたいし、変なヤツにナンパとかに絡まれて邪魔されるの嫌だし……って考えたら、こういうの一人くらい付けていた方がいいかなーって」
「な、なるほど……」
愛菜の言い分はご尤もだ。確かに、あんな攻めた活動を自由にやりたいと思うのならば、二重の意味でも傍に誰かがいた方が、ずっと良い。威圧感を放てて男にも見える人なら、尚のこと里香さんみたいな人は適任だろう。
「ほざけ変態女が」
……あれ? 今何か毒舌が聞こえたような? 具体的には後ろの方から。
「……ん?」
振り返ってみれば、そこにはさっきまでと何も違わない里香さんの姿があるだけだ。
「はいはい。里香にはいつも助けてもらって感謝してるよー。お詫びに美味しいもの奢ってあげてるじゃん」
「んん?」
「トーゼンでしょ。でなきゃ、あんな面倒なことやってない」
軽い気持ちで里香さんの暴言を流す愛菜に、渋々というふうに返す里香さん。
相方というから、それなりに仲の良い関係かと思いきや、意外にもなかなかにドライな付き合いのようだった。
そのまま、もう語る言葉はないと言わんばかりに黙って眠り続ける里香さん。……には、訊きたいことができたのだけど、せっかくの安眠を邪魔するのも悪いしそれ以外にも話しかけ辛かったから、本人の次に詳しい事情を知っていて、人当たりは良さそうな愛菜に尋ねる。
「あ、あの……愛菜」
「うん?」
面と向かって名前で呼ぶのは私には慣れなくて、こんな感じでいいのかなと緊張してしまうけど、今はぐっと堪えてさっさと本題を口にする。
「……本当に、愛菜と里香……さんは、仲が良いの?」
「んー、仲が良いかと訊かれたら難しいところだけど、うまくは付き合っているよ」
やっぱり、別に仲が良いわけじゃないんだ。
「でも、じゃあ、なんで相方なの?」
「なんでって言われたら……ぶっちゃけ、いつも一人で暇そうにしてたから」
「え……」
そ、そんな理由で? たったそれだけで? このやる気なさそうな人を誘ったっていうの? 絶対乗り気じゃなかったでしょ……。これも、陽キャだからこそなせる業なのか? ここまで来るともはや末恐ろしさすら感じてしまう。
「あと、良くも悪くも他人に興味無さそうだったし、お礼で釣れば行けそうな気がしたから」
「それは……なんとなく分かるけど。え、でも良くそれだけで誘おうって気になったね? 断られるかもとか思わなかったの?」
「いや? 別に断られたなら断られたで、また別の人に頼めばいいかなーって思ってただけだし。確かに最初は不穏だったけど、最終的にはオッケーしてくれたし」
「へ、へぇ~……」
そんなあっさりと、事を進めてしかも最後には決まったんだ。私には、ちょっと真似できそうにない。同じ立場だったら、最初の話しかけに行くところから悶々とあれこれ考えてしまいそうなのに。
「試しに当日、あたしから家のカメラ渡してアングルとか指示して撮影させてみたら、思った通りによく撮れててね? どんなのでも抵抗なく淡々とやってくれるからやりやすくって、それ以来、よく依頼するようになったってわけ」
「そうなんだ……」
他人に興味なさそうでやる気もなさそうで、お礼があるとはいえ頼まれただけなのに、なんであんな上手い画像ができたのかと思ったら、全部愛菜の指示だったってことか。
「……でも、それでも良く続けられているよね。そんなにお礼の美味しいものが魅力的だったとか?」
「うーん、どうだろ。普通のファミレスとかファーストフードなんだけどね。あたしだって金持ちなわけじゃないし、千円までなんだけど」
「え、そうなんだ……」
千円か。それでもお礼としては十分な気がする。もし良ければ、一度代わってみたい気もするけど、私は今、美桜ちゃんとの付き合いがあるからなー。
「それに、里香が毎回なんだかんだで引き受けてくれる理由って、お礼のためだけじゃない気がするんだよねー。……はっ! もしかして、続けていくうちにとうとうあたしに惚れちゃったとか?」
「無いから! それは!」
愛菜が突如変なことを閃いて口走った途端、後ろから強めの否定が飛んでくる。思わず振り返ると、里香さんが顔を上げてこっちを睨みつけていた。
「……えー、じゃあなんでよ〜」
「…………」
愛菜が、一瞬だけ里香さんの反応にびっくりしたものの、直ぐにニヤニヤと笑みを浮かべながら当人にウザ絡みし出す。
というか、里香さんもそれに対してはっきりとウザそうに顔を歪めてるし。ただ、その後、里香さんは口をムーっとさせて目を逸らしたあと、また顔を伏せて寝だした。
「ね〜え〜。寝たふりしないで答えてよ〜。いい機会だから、あたしも里香のこと知っておきたいしー」
ね〜え〜ったら〜。と、まるで駄々っ子のように愛菜が丸くなっている里香さんの肩を揺さぶる。
美桜ちゃんはさっきっから、私達の会話を微笑ましく聞いているだけだし、正直私も気になる。
無理強いさせるのは悪いと思いつつ、もしも里香さんが愛菜の追求に根負けしてくれたらと思い、私も傍観する側に回ってしまう。結果、誰も愛菜を止めることはなく、教室の隅でただひたすら懇願する声が響き続ける。
「あーもう! うるさいなあ!」
傍で永遠と安眠を妨害され続けた結果、とうとう里香さんがガバッと顔を上げながら、大声でブチ切れ出した。
「…………」
急に本気で怒られて、思わずその圧に愛菜含め私達もびっくりして何も言えなくなる。
静まり返って、ようやくうるさくなくなったのを確認した里香さんは、再びガバッと勢いよくまた顔を伏せて睡眠体勢に戻った。
そのままどうすることもできず、皆して固まったまま時は流れていった。
「……羨ましかったんだよ」
少し経ってから、ボソリと籠った声がするまでは。




