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最後の決着


「ってか、じゃあさ。そういう果歩は自分のこと、どういうイメージだったのさ?」

「えっ! 私?」

「うん」


 愛菜が、今度は私に話題を振ってきた。驚いて聞き返すと、当然のように頷かれてしまう。


「確かに、あたしも気になる」

「美桜ちゃんまで……」


 おまけに、美桜ちゃんにまで興味を持たれちゃう有り様である。


(……どうしよう。ぶっちゃけいいイメージじゃないし、格好悪いし、言うのイヤだな……)


 とは思いつつ、まっすぐ私を見つめて応えを待っている二人から逃れることはできそうにない。

 ちらっと時計を見たら、もうそろそろ昼休みは終わる頃だ。かといって、このまま黙ってやり過ごしても、どうせ次の時間にまた質問攻めにされるに違いない。

 ならばいっそ、今ここで話してしまって、残り少ない休み時間を使ってちょっとだけ話して終わりにしてしまったほうがいいかと考える。


「……私は、私のまんま。何の変身もしてない無力な私のままだよ。……ただ、影は大きく伸びて、その先で私の罪悪感が、蜂の大群になって巨大な人の形をして、愛菜を責め続けていたけど」

「へぇ〜? そういうイメージだったんだ果歩の中では」

「う、うん……」


 申し訳なくて顔を伏せてしまっていて、今愛菜がどんな顔をしているのかも分からなかった。ただ、その言葉というか声色自体は淡々としていて、純粋に興味深そうに聞こえなくもない。


「巨人は分かるけど、なんで蜂?」


 と疑問に思う美桜ちゃんには、


「……ソレが、無数の“正義”を(かた)って、寄ってたかってたから」


 って説明する。


「正義? ……ああ、だから“蜂”ってこと?」

「うん。あと、それ全部が攻撃的だったし」


 さすが美桜ちゃん。それだけで察するなんて、話が早い。


「ん? どゆこと?」

「つまりはパロディってことだよ、愛菜」


 さすが美桜ちゃん。察せなかった愛菜にも簡潔に説明してくれてる。

 それでも愛菜は首を傾げてたけど、美桜ちゃんは、これ以上は野暮だと判断したのか、無視して話を続けた。


「つまり、果歩は、その正義は偽善に過ぎないと、“偽物”だと思ってたってこと?」

「……そうかも」


 ぶっちゃけ、そこまで意識はしてなかった。が、言われて思い返してみれば、“アレ”も元はといえば“偽物”の話だったか。


「だったら、果歩は、愛菜の(おこな)いに反対する正義に思い悩んで苦しんでたってことか」

「……そういうこと」

「なるほどね。ってか、それこそやっぱり偽善じゃん! 本人が苦しんでいるわけでも辞めたいと思っているわけでもないのに、勝手に自分の基準だけで判断して暴走するなんてさ! 本人のためと思っていたのかもしれないけど、結局自分に合わさせて味方にして満足したいだけじゃん! 果歩もそこまで望んでないのに」

「う、うん……だよね」


 大まかに理解した美桜ちゃんが、次の瞬間には私を見ながら怒り出して、手厳しく批判する。……私ではない、何かに向かって。


「しかも、それで果歩が苦しんだってことは、果歩がそれを実行しないと分かった途端、今度は果歩にまで当たり散らしたんでしょ! そこまでして従わせようとする正義なんて、もはや正義でも何でもないし! 愛菜の身の安全を盾にした、傲慢な押し付けだよそんなの!」

「うん……。うん……」


 正直、そこまではされなかったような気はするけど、もしあのまま一人で抱えていたら、そういう展開も訪れなかったとは言い切れない。だから私は、大人しく美桜ちゃん(ぶし)に耳を傾ける。


「当事者を一方的に不幸にして、関係ない人が満足するそんな行為なんて、いじめと何も変わらない! だから果歩?」

「は、はい……」

「これからまたそんな悪意あるものに晒されても、無理して従ったりなんかしなくていいんだからね? 仮に従ったところで、日頃の行いが良くなるわけじゃないんだし」

「う、うん。分かった」

「よろしい!」


 キーンコーンカーンコーン……。


 美桜ちゃんがすっきりとした顔をするのと同時に、昼休み終了のチャイムが鳴る。


「っとヤバ! またね! 美桜、果歩!」

「じゃ、そういうことで」

「……うん。また、ね」


 スピーカーから響き渡る音の中で、愛菜も美桜も颯爽と私の前から退散していく。

 二人を見送った私は、そのまま次の授業の準備をする。

 やがて先生がやってきて、授業が始まって、前回のおさらいから始まる中、私はさっきのことを思い返す。


(“いじめと何も変わらない”か……)


 言われてみれば、確かにそうだ。どんなに大義名分を掲げても、やり方が悪質では、正義のためと(かた)るどころか保身のために(かた)ることになってしまう。

 そして、“そんな悪意あるもの”には、“従ったりしなくていい”とまで言っていた。

 ならば、悪質なやり方でなければ、従う必要があるということになるのだろうか?


(って言っても、なあ……)


 そもそもの発端となっている感情が、“気持ち悪い”とか“許せない”とか、主観による義憤に満ち溢れているし、そこから悪質でないやり方を選ぶ余地があると思えない。

 しかも、その不快さ、不吉さの原因となっているのは紛れもなく本人の意思だ。見方によっては周囲に矛先に向けることもできなくはないが、他ならぬ本人が望んでないし、やり玉に挙がったら(かば)いたくなるだろう。

 それを“グルーミング”だの“ストックホルムなんとか”だの言って封じ込めるやり方は、果たして正義と言えるのだろうか。


(……言えない、気がするなぁ)


 冷静になった私自身は、そう考える。

 むしろその言葉で本人が苦しんでしまっては、やっぱり何のための正義か分からなくない。善意で本人を性的消費から遠ざけるためであれば、たとえそれ以上に心に傷を負わせても構わないと開き直るつもりなのだろうか。そんなのもう、セカンドレイプと何も違わない。

 おそらく、そうやってでも正義を実行しようとした人は、“未来の本人を守ったのだ!”と誇らしげに言って聞かないだろう。しかも、それから数年経って、自分が実際に守った未来の本人がどうなったのか気にかけることも無く。数年どころか、たった数日しか覚えてないかもしれない。

 そんな不確定な“未来の本人”なんかを守るために、普通の人は必死になるものだろうか? どちらかと言えば、“自分の抱いている常識”とか“信じている良識”を守るためと考えたほうが、何よりもしっくりくる。それが揺らぐような実態が目の前で起きたから、“そんなわけ無い!”と決め付けて否定して介入して解決しようとしている。

 そうなったら、いよいよその善行は偽善にしか見えなくなる。突き詰めれば、やっぱりその性根は保身のためでしかない傲慢な発想と見分けがつかない。

 

 等と自己批判すれば、“やらない善よりやる偽善という言葉があるだろう!”という考えが浮かんでくる。

 確かにそれはそうかもしれないけど、そういうことを言う人って、自分の偽善が、お節介が、もし“迷惑だ!”“嫌だ!”“止めてくれ!”と言わて無碍(むげ)にされた場合、あるいは感謝されるどころか拒絶された場合、素直にそれを受け止めて己の過ちを省みて、その場の全ての人に頭を下げて謝る度量があるのだろうか。自己犠牲ではなく、自己満足に甘んじる覚悟はあるのだろうか。


(無いと、困るんだけど)


 その懐の広さが、意思の強さが無いようであれば、さっきの言葉も意味を成さない。いよいよ本当に、自分の傲慢さの(たが)を外して残酷に暴れ散らかした、ただの独りよがりでしかなくなる。

 美桜ちゃんの言う通り、それは正義に(かこ)つけたいじめでしかなく、従う義理も必要もない。

 私の幸せのための人生を、勝手に誰かの英雄譚にすり替えられるほど、()瀬無(せな)いことはない。ましてや、そこで自分の意思さえもおざなりにされたら、許せない。

 そこまで整理をつければ、“じゃあ愛菜はどうだ。美桜ちゃんはどうだ。あの正義の味方の子はどうだ。いったい何が違う?”と、私の中にまだ巣食っていた罪悪感のトラウマが、苦し紛れの抵抗をみせる。


(何も知らない癖に……)


 愛菜も、美桜ちゃんも、あの子達も、私も、劣等感と向き合っている。その覚悟がある。

 世の中の性に関する不寛容さ、本人の意思だけではどうにもなれない不自由さ、悪人に勝てない無力さ、トラウマを克服しきれない無念さ。

 みんな、思い通りになりきれない想いを抱えて、その上で乗り越えたくて必死になっている。たかが非常識なだけ(・・・・・・)で寛容でなくなる程度の意思に、その覚悟が理解できるとは思えない。理解しないからといって偽善が善になるとも考えられない。その思想の行く末は、自由を奪って自主性をも損なわせ、心を死なせるディストピアだ。

 私もまだ、理解し切れてないことはあるし、受け入れ切れてないところはある。でも、少しずつでも多くのことに寛容になり、楽しめるようになりさえすれば、きっと私が生きているこの世の中は、もっと自由に映り、充実するはずだ。私はそう信じている。

 その為に、私は、実は変わり者だらけのみんなと、青春を過ごしている。ほんものの自由人になるために戦っている。トラウマに囚われて常識に遠慮するにせものだけで終わらせたくないから。

 トラウマを克服するためには、色んな方法があるのかもしれない。その中で、私は、拒絶を選んで突きつける。

 美桜ちゃんも言っていた。“仮に従ったところで日頃の行いが良くなるわけではない”と。ならば、もはや教え込まれた性嫌悪にも、背き続ける罪悪感にも、付き合う義理なんてない。たとえまた、ふとしたことで蘇ろうとも、絶対に長居は許さない。

 最後に、世界一酷いことを言って終わりにしよう。


(お前の言うことは全部不愉快で迷惑だ! 失せろ!)

















 トラウマは、何やら捨て台詞を吐きながら影も形もなく消えていった。何て言ったかなんて忘れたし、全く気にも留めてない。

 ようやく、心が透明になった。何者にも脅かされることなく、大切なものはここにある。何よりも安心できて、自由でいられる居場所があると実感できて、私はようやく落ち着くことができた。

 晴れて自由になった気持ちの中で、次に思ったことは、


(そういえば、“美桜の友達”の中にあった“里香”って誰のことなんだろう……)


 と、まだ今の時点では、顔も性格も何も知らない謎の友達のことだった。


(よし。次の休み時間にでも、美桜ちゃんに訊いてみよう!)


 一体どんな子なのか。今から会うのが楽しみで(たま)らない。

 私はもうすっかり、恐れを知らない無邪気な子供だった。

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