戦いが終わって
「すー、ふぅー……」
「落ち着いた?」
色々あったけど……それも元はといえば私のせいではあるけど、一旦自分の気持ちに一段落つくことができたから深呼吸したら、愛菜から優しい声が掛けられた。
「あ、うん……もう、大丈夫」
「そっか。なら良かった!」
私の返事に愛菜も安心したのか、カラッとした笑顔になる。
「あのっ……」
「ん? どうかした?」
改めて、トーク内で繰り広げてしまったことについて謝らないと。そう思って口を開くと、愛菜が気楽な様子で顔を傾けた。
「さっきは……その、本当にごめん! あんなわけの分からないこと言って、失礼なことも言っちゃって、問い詰めるような真似もしちゃって……」
「あー別にいいって! 誤解が解けて分かってくれたのなら何よりだし! それに美桜がああ言ってたけど、別にアレ、本気であんなふうに思ってた訳じゃないんでしょ?」
「うん……ただ、その、愛菜のしていること、お母さんの言ってたことと真逆のことしてたから、つい……」
「ああ、美桜も言ってたね。そんなこと」
「ん……」
私が顔を伏せて、ちゃんと自分の口からも白状すると、愛菜は少し心配そうに返してくれた。
「確かに、そう言われてみたら、すっごい過激な発想してたよね。……ひょっとしてアレ? Xに激怒プンプン丸している系の人?」
「う、うん……まぁ。なにそれ?」
「昔流行ったネットスラングなんだって。知り合いのおじさんが言ってた」
「そ、そうなんだ……」
“知り合いのおじさん”ね……。きっと、愛菜のフォロワーの人かな?
それはともかくとして、なんかそう愛嬌のある言い方されると、思わず笑ってしまいそうになる。実態は、とても笑えないし最悪なんだけど。
「まーでも、親に苦労しているのはあたしも分かるよ。さすがに果歩のトコほどじゃないけど、心配されているのは同じかな」
「……それは、その……愛菜の活動のことで?」
さすがに私も愛菜のトコまでじゃないだろうとは思いつつ、同じような境遇にいて共感してくれる人がいると分かり、なんだか少し楽になる。気を許して、顔を上げて、思い当たることを愛菜に問いかけてみると、今度は笑いながら顔の前で手を横に振られる。
「ないない! 言えるわけない! ってか、娘がそんなことしてるの許してくれる親なんて、美桜ん家くらいのものでしょうに」
「確かに……。私も正直、美桜の親が羨ましいと思う」
「ねー。ウチもそのぐらいおおらかだったらもっと楽だったのにって思うわ」
「あっ果歩! 大丈夫だった?」
と、私と愛菜で同じ気持ちを分かりあっていたら、今話題のあの人が颯爽と登場してきた。
「あ、うん。もう大丈夫。ありがとう、美桜ちゃん」
「そう……大丈夫なら良かった。……愛菜とは仲良くなれた?」
私の無事を確認した美桜ちゃんがホッと胸を撫で下ろした後、愛菜と私を交互に見て尋ねてきた。
「あ、うん……」
「順調! 今ちょうど、美桜ん家の両親のこと話してたとこ!
「えっ、家の!?」
(あれっ? それ言っちゃうんだ……)
私が頷くのと同時に、愛菜も口を開いてあっさりと滑らせる。
てっきり私は、愛菜みたいな人はなんとなく、今やって来た美桜ちゃんに対して二人だけの内緒にするかと思っていたんだけど。割と正直な人なのかな……。
「そうそう果歩もあたしも、美桜ん家みたいにおおらかだったら良かったのにな〜って話し合ってたの!」
ご丁寧に、さっき自分で言ったのと同じことを繰り返して伝えています。
「あー……まあ、でしょうね。果歩ん家はアレ過ぎるし、愛菜も普通の親には難しそうだしねぇ……」
なんか、美桜ちゃんは反応に困って複雑そうにいる。自分の親のことを羨まれているのって、そこまで良いものでも無いんだろうか? あれかな? 親の七光りってヤツに過ぎないからか。
「うんそうだね! やっぱあたしみたいな特殊で別格……略して特別な娘は、凡人の親には扱いきれないわけよ! 子煩悩でもない限りは!」
「ぷふっ!」
「あ、あはは……」
対して愛菜、思ってた以上のポジティブシンキング! これには美桜ちゃんも苦笑い! 私は愛想笑い! 二人して微妙な笑みを溢してしまう!
そこまで自信満々に言い切れちゃうのなら、あの私が巻き起こした事件も、思っているよりも全然気にしてないのかもしれない。
なんて思ってたら、いきなり美桜ちゃんが合掌し出した。
「うん! まあ、アレだ! 終わり良ければ全てヨシ! 的な! で、どうだったよ愛菜!」
あ、美桜ちゃん。滞り出した微妙な雰囲気を力技で吹き飛ばした。
「ん? 何が?」
「ほら、果歩の心の闇と向き合ってみた感想!」
「ああ、それね……」
(っ! ……ドキドキ)
果たして、愛菜はなんて言うのだろうか。大丈夫だとは思いつつも悪側の当事者としては緊張してしまう。
「正直言うと、嬉しかったよ! 思ってたこと全部言ってくれて、壁を壊しに来てくれて! それに、あたしも改めて考えさせられることはあったしね」
愛菜は私をまっすぐ見て、まっさらな笑顔で応えてくれた。
良かった! ここまでとは期待してなかったけど思いのほか好印象で。
「そうなんだ。……えっと、あの……ありが、とう」
「どういたしまして!」
なんか妙に照れ臭くなってしまい、お礼の言葉もぎこちなくなってしまう。
にも関わらず、愛菜はニコッと屈託のない笑顔で返してくれた!
「……で、果歩の方はどうなんだい?」
「うぇぇ!? 私?」
愛菜の底無しの陽キャっぷりから来る、明るさと眩しさに当てられて癒されていたら、急に美桜ちゃんが私にまで話題を振ってき出した!
「そうだよ。あんなにも熱烈な展開になっておいて、何も思わなかったってことはないでしょ」
「いや、まー……そりゃぁ」
ないことは、ないんだけど。
ただ、親友で私の脳内を把握している美桜ちゃんはともかく、まだ知り合ったばかりの愛菜にまで、あのことを打ち明けるのは躊躇われてしまう。
っていうか美桜ちゃん。さり気なく私が“熱烈な展開”に持ってったみたいに言っておるけど、元はといえば美桜ちゃんが焚き付けたせいだと思うんですけど!
「え、なになに? あたしも聞きたい! 聞かせて! 果歩サイドのお話!」
「えぇ〜……」
とか思ってたら、愛菜が前のめりになって目までキラキラの輝き出して催促してきた。
そんなに迫られたら、困る。困ってしまう。どうしよう。断り切れない。期待を裏切れない……。でも、やっぱり恥ずかしいよ……!
「大丈夫だよ。愛菜はどんな突拍子もないことも信じてくれるよ。さっきトークでやり合ってたから、知っているでしょ?」
「うっ! うぅ〜……」
美桜ちゃんからも容赦のない追い打ちが入る。今の言葉は、天使の助言か悪魔の囁きか。
ともかく、そうまで後押しされてしまったら、秘めていた想いも吐き出さざるを得なくなる。親友で私の内心も把握している美桜ちゃんに説得されてしまったら、もう逃げ場がなくなる。
(だいじょうぶ。美桜ちゃんの言う通り。愛菜ならうけいれてくれる……はず)
不安と葛藤で板挟みになって戸惑った私は、普段からその強かさに信頼しているせいで、導かれるように美桜ちゃんの手にあっさりと落ちてしまう。
こんな感じで、私はいつも美桜ちゃんには敵わない。でも、悔しいとも感じられない。あくまで美桜ちゃんの言葉は、根拠のある優しさと励ましでできているから。
ただ、こんなんで私は、美桜ちゃんの玩具に、あるいはペットにされてて、いいのかなと不安にはなる。タダでさえ、昨日はいきなり恋人にされ、今朝はなんとぬいぐるみにもされたというのに。
っとと、話が逸れた。こうしている間にも今目の前では、ワクワクと期待に満ち溢れた愛菜がお待ちかねである。
「……実は、私。その……ふたりが、まほーしょうじょみたいだなって、おもってました」
「……魔法少女? ウチらが?」
こてん。と愛菜が首を傾げて心底不思議そうに私を覗き込む。そりゃあそうだ。話だけ聞いたら不思議ちゃんは私の方だ。
「う、うん……。わたしの溢れ出てしまった心の闇と対峙して退治する、アニメみたいな魔法少女……的な感じで」
「えっと……ここ、笑うとこ?」
「うっ……」
美桜ちゃん!? 話が違う! 愛菜が反応に困っちゃってて受け入れてくれる感じじゃないじゃない!
「“対峙して退治する”の下りは笑うとこだね。面白かったよw」
「美桜ちゃん!?」
ひどい! 確かにそこは面白いかなーって私も考えてたけど、そんな苦笑するみたいな反応は求めてない!
「ふっ、あははっ!」
そうそう、そういう爽快な笑いだよ求めていたのは。……って、今笑ったの愛菜!?
「そっかー……果歩って意外と面白いねw」
「ど、どーも……」
しみじみと私の話を理解してくれた後で、クスッと笑いながら細い目で私を見てくれてる。綺麗な顔で見つめられて、妙に緊張していたら、
「でしょ? 果歩って時々、頭の中がファンタジーになるから突っ込んでみたら割と愉快なんだわ」
「み、美桜ちゃん? それ、褒めてるつもりなの?」
「褒めてる褒めてる! 好きだよ、果歩のそういうとこも」
「む〜……」
美桜ちゃんが横からいきなり、私のことを解説してきて動揺してしまう。
てっきり、それって私が頭の中お花畑かと馬鹿にしているのかと思ったけど、美桜ちゃんは愉快そうに笑ってて、しかもさりげに“好きだよ”と愛情を伝えててくる。
(っていうか、それくらいの妄想、誰だってしない? ……私のはどっちかっていうと、被害妄想かもしれないけれど!)
釈然としない気持ちではあったけれど、今のこの場が優しい雰囲気に包まれているせいで、気持ちが徐々に絆されていく。
一瞬凍りついたような空気から急に暖かさに包まれ、温度差で風邪……は引かないけど、むしろ身体が火照ってきて汗を掻いてしまうくらいだ。なんだか落ち着かないし、喉も少し渇いてくる。けど、なんだかんだで愛菜が理解してくれてよかった。
「で? 魔法少女って具体的にどんなの? ウチらは果歩の中でどんな変身させられちゃったの? 武器とか持たせたりしてた?」
「えっ……え〜とぉ……」
愛菜が食い気味に突っ込んでくる。どうしよう……言ってもいいのかな?
「た、大した説明はできないんだけど……愛菜はイメージカラーが黄色で、戦闘用にポニーテールしてて……あと、武器は素手をイメージして、たよ……」
「ああー。素手か……なんか、魔法少女っていうか、それアレみたいだね」
「う、うん……。愛菜って身体張ってるイメージだったから、武器持つイメージは湧かなくって……」
「身体張ってるって……もしかしてSNSのアレのこと言ってる?」
「……うん。あ、あと……体育の時、ぽ、ポニーテールしているの、その……格好良かった、し……」
「あ、そう? ありがとう! そっか、体操着にポニーテールはまだ披露してなかったかも。今度やってみよ!」
こんな勝手な妄想、説明してて解釈違いとか言われたらどうしようかと冷や冷やだったけど、案外素直に話に付き合ってくれている。終いには、意外と盲点だったような新しい需要をネタにし出す始末だったりしたし。
そんなに前向きになってくれているなら、何かの助けになればと思い追加でアドバイスしたくなってくる。
「あ、ちなみになんだけど、イメージでは白いハチマキしてたよ。あとフリフリのミニスカも……二人ともしてたし」
「あ〜ハチマキ……。ブルマってやつに挑戦するのもありかと思ったけど、チアガール風も良いかもね」
「う、うん。……まあ、ほどほどにね?」
ブルマ……アニメでしか見たことないけど、あんなの履こうとしているの? それにチアガールってフリフリというかプリーツスカートのイメージなんだけど……。
まあ、そこのアレンジは愛菜に任せよっかな。と、あくまで再現なんてさせる気のない私は丸投げする。
「……ちなみにあたしは?」
何やら考え込む愛菜をよそに、今度は美桜ちゃんが自分自身に人差し指を差しながら訊いてきた。
「美桜ちゃんは、イメージカラーは桜色。正直、水色な気もしてはいたけど、名前の方を優先して桜色にしておいた。あとその方がリーダーっぽいし」
「ふ〜ん? なるほどね」
「あ、でもその分、武器の色は水色でイメージしてたかも。魔力形成された槍って感じで」
「槍か……」
「うん。……美桜ちゃんの言葉、いっつも的確で、核心を突いたり心に刺さったりするからさ。それで槍ってイメージ」
「おまけにチクチク言葉も得意だし?」
美桜ちゃんがニヤリと意地悪に笑う。自虐でも皮肉でもなく、私への当てつけな感じを出しながら。
でも実際、舌戦が得意な美央ちゃんはチクチク言葉もこなせてしまうから、否定はできない。
「いや、まあ……そういう面もあるくらい、隙あらば急所突こうとするしさ。イメージ的にぴったり!」
「ふ〜ん、分かった。覚えとくね」
「えっ……。覚えとくって、チクチク言葉が得意ってことを?」
「さあ? どうかなー?」
美桜ちゃんがニヤニヤと笑っている。これは冗談なのか? いや、でももし本気だったらどうしよう……。この私の目をもってしても美桜ちゃんという親友を読めない……。いや、それは私が小心者なせいで曇っているのかもしれない。それに、それっぽく言ってみたけど、元ネタの方よく知らないし。
と、とりあえず、何かフォロー入れとこう!
「あ、あああのね? これはそのっ、別にイヤミとかじゃなくてね? 美桜ちゃん頭が良いから言い争いとか説得で負ける気はしないし、日本語的に当て嵌めたら言葉は心に“刺さった”り“抉った”り“貫いた”りするものだから、そうなる物理的な武器を考えたら槍が一番合うかなって思っただけで……」
「だーいじょうぶ! 大丈夫だよ、ちゃんと分かってるから! ちょっといじめ過ぎたねごめんね」
「……うー」
私が必死に言葉の限りを尽くしてまくし立てていたら、美桜ちゃんは笑って、誂ったことを若干早口で謝られながら窘められた。
またやられた! 気づいたらまた美桜ちゃんの手の上で転がされた! そうやって愉悦する美桜ちゃんの楽しみにされる私は、まるでグラスに注がれて芳醇な香りを醸し出すワインのように消費されてしまう。
……美桜ちゃんも、大人になったらワインとか嗜むのかな? お酒は二十歳になってからだから、今の美桜ちゃんにはせめて、お椀に注がれた味噌汁で我慢してもらおう。ちょっと……いやかなり絵面はダサいけど。
完全にダシにされて煮え切らない思いになった私は、湯気は出ないまでも、渋い顔くらいはしたくもなったし。




