鳴り止まない青春
{大体、今はそう思っていても、後で、大人になってから、あの時はどうかしてたって思うんじゃないの?}
{そんなの、思いたくない!}
{なら!}
{だけど、今できた楽しみをやらずに後悔もしたくない!}
{えっ}
{だからあたしは、そういう現実とも向き合う。何も知らないままやって、後で黒歴史扱いにしてしまうくらいなら、ちゃんと弁えた上で楽しんでみせる!}
性に奔放そうに見えて、意外と認識はしっかり持とうとしている愛菜の強さに、私は驚く。同時に、トラウマも怯み出す。
{でも、それって虚しくならない?}
{自分は性的魅力しか見られてないって感じて、病んだりしないの?}
{そりゃあだって、所詮あたしのエロい投稿なんて、注目集めて称賛されて自己肯定感をアゲるための手段に過ぎないもの}
{承認欲求を満たすための方法なら、他にもあるし}
(え、あれってただ投稿して終わりってわけじゃないの?)
私はあんまり見てないにわかだったから知らなかった。まさかの変化球に純粋に驚いて、不意打ちを喰らう。
{他にって何があるというの?}
{あたしのファンとのお喋り}
ファンとのお喋り……YouTuberみたいな?
{さすがに誰かにバレたらマズいから、知っての通りの匿名裏垢で、ほぼ突発的な会員制の限定公開にしているよ。大人たちとオトナな会話したくなったらヤッたりシてるよ。いつか何かの役に立つかもしれないし}
{何かって?}
{それこそ配信者になったりとか、自分で客を呼び込む系の仕事に就いたりだとか}
{な、なるほど}
さすがは過激な自撮り投稿しているだけあって、ちゃっかりしている。
{でもさ、そういうことして、愛菜が警察に通報されたらどうするの?}
{そもそもあたしが性犯罪の被害者として特定されないための工夫はしてるよ。裏垢やグループは承認制にして勝手に送りつけている体にしてるし、時間経ったら消してるし、制服は変えてるし、そもそも本当に女子中学生なのかも分からないように加工してるし}
{じゃあ、怖い目にあったり刺されたり殺されたりしたら?}
{んーどうすりゃ良いんだろうね。まだ身バレ対策してて現実で活動してないし分かんないや}
{分かんないって……}
{まあ、その辺はその手の先輩に聞けばどうにかなるっしょ!ベテランのキャバ嬢とかメイドさんに}
なんか、将来に向けた目標があるのかと思いきや、のらりくらりとしていて掴みどころがない。
これじゃあ、どう攻めても躱される予感がする。
{で、でも!そうやって自撮りばっかり投稿してたら、心無い人達に言いように利用されちゃうでしょ!背景から身バレするとかAIで加工されて晒されるとか!}
{そんなの分かってるよ。だから対策もしてる}
{対策って?}
{顔は写さないように身体使って隠したり、正面からの撮影を避けたり、背景ぼかしたり青空をバックにしたりとかして、利用も特定もされにくいポーズとかアングル凝らしているし。}
{でも!そうやって自分のヘンな写真を投稿すること自体が、自分で自分の尊厳を切り取って蔑ろにしていることだって、気づかないの?}
{は?何言ってんの?}
{何って}
動揺する間もなく、素っ気ない態度で愛菜に言い返される。
どうしてそこで、とぼけるような応えが出てくるのか。
いくらそんな小手先の対策したところで、元の自撮りも投稿する動機も終わっているのだから、これ以上無いくらいに掛け替えのない尊厳を蔑ろにして破壊しているというのに!
と、私の中の怪物が、思いが伝わらないことに憤怒を滾らせ暴れ散らかす。
けれど、愛菜には当たらなかった!
{別にあたしの尊厳がどうあろうとあたしの勝手じゃん。何勝手に決めつけてんの?ウザいんだけど}
強力に見えて実のところ隙だらけな攻撃に、冷静に見切った愛菜がカウンターパンチを喰らわす。
{いやだって常識的に考えたらそうでしょ?}
{なんで一々常識に縛られないといけないのさ。常識なんて利用するものでしかないし全員に共通している気持ちなんかそうそうありはしないし!}
今度は、大勢の群れで作り上げた大きな両手の壁で掴みかかろうとするも、難なく跳躍して乗り越えてみせた。そして伸ばされた腕を、大勢の集合体を踏み台にしながら、骨組みになっている私の意思を足場にその向こうの本体へと突き進む。
{でも!見ず知らずの人に誰彼構わず自分の恥ずかしい写真をよりにもよって自分から送るだなんて!}
{じゃあ何? たった一人の彼氏にしか賞賛も性欲も求めちゃいけないとでも言うの?ふざけないでよ!何が自分のしたいことかとか幸せかとかくらい自分で決めさせろよ!人は誰も、社会の奴隷なんかじゃない!}
容赦なく駆け上がってくる愛菜を振り払おうとするも、もう遅かった。軽やかに自由に思いのままに跳び回って着実に進み続け、そのままの勢いで巨人の脳天に蹴りをぶちかます。
{でも、社会にはルールがあるし、従わなければ罰を受けるし}
{そりゃあルールはあるけどさ。人の幸せも、生き方も趣味も、他人に合わせなきゃいけないなんてルールは無いよ。何しろ、他人の自由を守ることもルールの内だからね}
クリーンヒットを受けて狼狽える巨人に美桜ちゃんが追い打ちをかます。
同時に、私はハッとする。
(そうか……。そうだった。なら、私の自由も、幸せや生き方も、自分で決めていいはずなんだ)
{ま、言うてウチらまだ未成年だし?頭の固い困った奴らは保護する義務とか言って縛り付けようとしてるのは確かだし?}
{ねー。そうやって心配しているって善良ヅラさえしとけば子供に寄り添えている扱いにされるの、無理なんだけど}
{分かる分かる。だからまあ、子供だからって意志も覚悟も持てないわけじゃないって分からせられる時が来るまでは、誰に何と言われようと自分自身が信じるしかないよね}
{やりたいことを折れずにやり続ける生き方っていうのも大変だけどね}
{まあでも、さ。そうやってさ。例え他人と違う夢を抱いたって、そのせいで喧嘩になったって、ゆくゆくは全部最高の思い出になるんだよ。んで、大人になって勇気付けられたり面白可笑しく語ったりするのさ。あたしはそう信じてる}
(そうだよね……! それでいいんだよね……!)
今ここで、愛菜の援護で放たれた美桜ちゃんの言葉が、より具体的な意味を伴って実感ある希望の光となり、投げかけられる。おかげで、私を苛む巨人に会心の一撃が刺さる。
美桜ちゃんの言葉の意図を理解した私は、つい感動してしまった。おかげで、私の中に巣食う巨大な悪意が、罪悪感が揺らいでいく。
{じゃあ、愛菜は、本当に好きで自撮り投稿しているんだね!}
{当然!}
{昔、何か嫌なことがあったからとかじゃなく?}
{ないから。全然。辞めてよね。変わっているからってそうやって邪推して盛り下がるようなこと言うの!}
{そのせいで、変な勘違いされたとしても?}
{むしろ愉快な勘違いされたら煽り返して楽しんじゃうな。単なる罵倒は無理だし即ブロするけど}
{じゃあ、気持ち悪い利用されている気がしても?}
{まあ、いかんせん自分が魅力的過ぎたからそういうことも起きちゃうよね☆って思うようにしてる。言うてあたしだって気持ち悪いとこあるし、お互い様じゃないかな}
{そんな目に遭うくらいなら自重しようとか思わない?}
{そりゃあ、本気で機嫌悪かったりマジで気分じゃない時なんかは地味めで行くこともあるけど、普段から防衛線張って可愛さを妥協するなんてことはしたくないからねー。良くも悪くも、それがあたしの性分なわけで}
{そういうことしているせいで、他の女に迷惑がかかっていると言われても?}
{は?なにそれ言いがかり?って感じ。大体、その迷惑っていうのも分からんないんだよね。概念で言っているならそれこそいい迷惑でしょ}
{確かに}
愛菜の言うことは、私にも分かる。確かに、自分からエッチなものを投稿している人は、愛菜以外にもかなりの数がいる。だけどだからって、それを引き合いに自分まで言いがかりをつけられたことはない。私は、別に言うほど迷惑は掛けられていない。
じゃあ、実際は、被害妄想に敏感な人が勝手に“起きてもいない迷惑”で騒いでいるだけってコト? そう考えたら、ああいう恐ろしい勢いで非難する人達が、なんだか急に滑稽に見えてしまう。今まで恐れていた巨大な怪物の姿が、頭から全身から崩れ落ちて情けない姿になっていくように。
{だからさ。果歩も、他人にどう思われるとか社会的にどうかとか全然気にせずに、好きなものを好きなだけ楽しんだらいいんだよ。何も悪いことじゃないんだから!}
{そうだよ。もしそれで文句言われたり怒らせて恨まれたりしても、謝って次気をつけてれば良いし。ちょっかいかけられて嫌な目に遭ったんなら、無視するなり反撃するなりして乗り切って逃げれば良いし。で、気持ち落ち着けてまた楽しめば良いんだし}
{そうそう、愛菜の言う通り。だから、むやみに間違っていると否定する奴になんか真に受けなくていいから! そうやって「あなたのためを思って言っているの」って叱ってくる奴って、こっちのこと何も知らないで普通に上から目線で思い上がっているからあたしも嫌いだよ}
{分かる!あたしだって嫌!そいつら結局のところ自己中目線でしか物事語らないんだから}
{うん……愛菜の楽しみが、やっと分かった。ありがとう!二人とも!}
美桜と愛菜が、さらに続けて総攻撃をかます。二人の硬い意志と自信の前に、何も言い返せなくなった怪物が倒れて、霧散して、やっと私の本心が見えてくる。
{あのね……あんなこと散々言っておいてアレだけど}
{うん。なにかな?}
{おっ、ついに本音の果歩のターンが回ってきたか?}
あれだけの迷惑で失礼なことをしてきたのにも関わらず、愛菜が大人しく続きを促してくれたり、美桜ちゃんが期待しながら煽ってくる。
{実は私だって、美桜ちゃんみたいに自由な心で生きたかったの。愛菜みたいに不穏な影をものともしないで楽しみたかった}
安全が保証できないから。常識やルールに背くから。下品だから。はしたないから。正しくないから。騙されるから。自分の価値を下げるから。
そんな理由で、少しの不安要素すらも拒絶して否定する窮屈な生き方なんて、したくはなかった。
{うん、そっか}
{そうだったんだ}
美桜ちゃんは、とっくに気づいていたみたいに。愛菜は、改めて今の私を再認識してくれたみたいに。ようやく打ち明けた本音を受け止めてくれた。
だからこそ、今度こそ感謝の念を込めて、長文だけど私の嘘偽りない想いを頑張って綴る。
{私も、初めて美桜ちゃんに色んなアニメとか漫画とかゲームを見させてくれて、魅させられた時から、それらが大好きだった。みんな、他愛のない話でもあんなに面白そうに生きてて、すごく羨ましかった。言うほど嫌悪感なんか無かったし、むしろ清々しいくらいで笑ってしまう自分がいた}
{だから、私は、これからもずっと、そういう作品に触れ続けていたい! オタクで在り続けたい! たとえ他の人は大体男性ばかりだったとしても、構わず娯楽を消費したい! そしてできれば、私も青春物みたいな毎日が感動に満ちあふれた日常を送ってみたい!}
{ささやかかもしれないけれど、これが私の本音!}
{そうだね。すごく果歩らしいよ}
{やっと本音が聞けて嬉しいよ!ありがとう、果歩}
美桜ちゃんも愛菜も、さっきまでの疑惑と禍根に満ちたトークが嘘のように、前向きに本当の私自身を歓迎してくれた。
正直、最初はどうなるかと恐怖と緊張で心臓がバクバクだったけれど、何だかんだでスッキリできて、今は安心感と達成感の方でドキドキと鳴り止まない。
だって、トラウマのせいで素直に向き合えきれなくて、愛菜はもちろん美桜ちゃんにもなかなか言えなかった自分の想いが、さっきやっと言えて、心から笑顔になれたのだから。
振り返れば、傍にいた愛菜が私に気づいて笑顔を向けてくれる。きっと、遠くからトークに参加している美桜ちゃんも、今頃同じ顔をしているんだろう。
愛菜も美桜ちゃんも、形は違えど青春を送っている。そう感じさせるくらいの眩しい姿があった。
二人に心の内を打ち明けたことで、自分もその中に仲良く加われた気がする。そうしみじみと感じられた。
私は今、そう、青春の人生を生きている。




