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11,優くんは約束ができました

202×年4月上旬、水野優13歳


 最近は夜でも窓を開けて涼むことも増えてきた。お風呂上りには丁度良い夜風がふく。それがいいアクセントとなり優は宿題と予習を勉強机で進めていた。

 勉強机、一般的に小学1年生の時に買ってもらう普通の机。優も入学祝いの親からの唯一のプレゼント、今も少しずつ傷が目立ち始めているのが大事に使っていた。

 優はこの時間が好きだ。

 窓を開けているので車が通る音が鮮明に聞こえる。最初は慣れない騒音に感じおどおどしたが最近は静けさよりもその音がある方が寂しさを覚えなかった。いいスパイス。

 シャーペンの書き進める音を出す。その音もいい。その音を聞くために勉強を進めている。

 そしてもう一つ聞こえる音、住み始めて1ヶ月以上経ったので流石に慣れたきたが、耳を傾け過ぎないように気をつけている。

 愛川のお風呂の音、水が流れる音。文字で書けばなんてことのない音、それなのに優はなぜか恥ずかしさを覚え心臓が高鳴るのを感じる。

 優が住んでいるマンションはお値段はそんなに一般的なところ。少し年季が入っているのが特徴だろうか。隣と上下の防音はある程度施されているが、作りが古いのか自室の水回りの音は割と響く。キッチンで水を流す音、トイレの音、そしてお風呂。


(今日の愛川さんは上機嫌だな)


 お風呂場から鼻歌が聞こえる。ここらも遮る扉が薄いのかよく聞こえる。優がお風呂場で恥ずかしい独り言を言おうものならすぐ愛川がかっとんでくるだろう。

 お風呂は優が先に入る。愛川に先に入ってと譲られてからそのままだ。だがそれで良かったと思っている。もし後であれば、これ以上は考えるのやめよう。

 優は一呼吸し、シャーペンの書く音に少し力を入れる。お風呂場の音を聞かないように、心頭滅却。

 優は勉強ができる。小学校の成績は全てが最高評価、音楽もリコーダーやピアニカといったものも上手に弾いてみせ、体育もスポーツが好きではないができないではなく。先生の指示通り教え通りにこなしてしまう。バリバリの誰もが羨む優等生だ。

 先生からの評価も高く、嫌な顔をほとんど見せない優は先生側が話しかけやすいらしく、よく頼まれごとをした。それも相まっての成績でもあった。

 中学は小学校とは違い、勉強のレベルが一気に上がる。そのため今まで以上に勉学に取り組む。この部屋に来てからも予習は進め1年の内容分は終わろうとしていた。


(後は先生の傾向と対策……)


 どうすればテスト、期末考査で良い点が取りやすいか動画サイト等で確認している。今日の授業と照らし合わせながら復習、宿題に励んでいく。

 勉強は好きだ。何も他のことを考えずに集中できる。家族のことも、学校のことも、これからの人生も。


「優く~ん。そろそろ寝た方がいいんじゃない?」


 いつの間にかお風呂から上がった愛川に話しかけられ、優は顔を上げる。

 優は机に置いてある時計を確認する。時刻はゴールデンタイムが終わるぐらい、あっという間に時間が過ぎていた。


「優くん、今日も集中してたね~。それぐらい集中出来るの羨ましいなー。私は勉強あんまり好きじゃなかったから。そのせいで苦労したんだけどね」


 お風呂上りの愛川、肌色は良く、シャンプーのいい匂いがし、絵柄がいっぱいついているパジャマに着替えている。そんな寝る時独特の雰囲気の愛川が隣にまで接近し、宿題の内容を感心しながら見てきた。

 この時の愛川の雰囲気が優にとって一番の難敵、ドキドキ指数がずっと上がりっぱなしになるから。


「べ、勉強はできる時にして、いざって時に困らないようにしたいので」


 そんな優の心情をなんとか表に出さないように抑え込んでいく。


「そうね~。いい高校に行けたらいい大学に行けて、そしていい会社で優雅に働ける。優くんなら難なく達成してしまいそうね」


 そう言いながら愛川は座卓前に移動しストレッチを始める。どうやらルーティンらしい。


「愛川さんはどんな高校に通っていたんですか?」

「ん~高校?高校もまだこっちに来てなかったから実家の田舎の方よ。中学より遠かったから原付で通ってたっけ?」

「原付ってバイクですよね!愛川さんバイク乗っていたんですか?!」

「そうね~。原付は軽いからそんなにスピード出ないけどね。やっぱり興味あるの?」

「はい!乗り心地とか運転方法とか知りたいです!」

「そっか~。そしたら今日はもう時間だからまた今度ゆっくり話しましょう」


 ルーティンが終わり、次の日課がやってくる。

 優は机を片付け、座卓を愛川と共に端に移動させる。そしてクローゼットを開け布団と敷布団を取り出して並べていく。

 そしてそれぞれ自分の寝床に座り、


「今日もよろしくお願いします」


 愛川はお辞儀する。優はいつのように左手から一本髪の毛を取り、渡す。

 それを受け取った愛川は胸辺りにスイスイと吸い込んでいく。この時髪の毛が吸収される箇所から謎の光が出る。

 この原理はいつ見てもよくわからなかった。ただ愛川はこのおかげで体調を崩すということはない。時に幽霊が羨ましく思うが、きっとそれは愛川も同様、やっぱり生きていたかったと。持っていないものはつい羨ましいと思ってしまうのが人間の本能。


「優くんだいぶ髪伸びたよね~。本格的に女の子に見える。羨ましい限りよね~女の子が欲しいと思うものだいたい持ち合わせているんだかさ」

「自分としては男っぽくなりたいんですけどね……」


 明日は身体測定、男っぽさからはかけ離れた数値が並ぶと思うと憂鬱だった。

 そんな優の気持ちを知らずに愛川は話し続ける。


「そのうち一気に成長するよ、髪切らないの?」

「床屋が怖くて……」

「なんかわかる。床屋、美容室はそんなでもないけど独特の雰囲気があるよね。子供の時に入るの地味に怖いの。大人になればなんてことないけどね。うーん……そしたら私が切ろうか?自分の髪は美容室行くの面倒で切っていたから。もしくは優くんチャレンジしてみる?」


 優は愛川からの提案に目を丸くする。

 愛川の言う通り床屋が怖かった。小学校までは父の知り合いのところにお世話になっていたが今は遠すぎる。新たな床屋を探すにしてもあの独特な雰囲気が少し怖い。陽気なBGMなどが流れているが、大人の男性たちが無言で雑誌などを見ながら待機している。

 そしてそんな静かな中、接客業のため会話が行われる。それも苦手だ。ただ逆に何も話さない店員さんもいてそれはそれでもじもじすることになる。

 引っ越し前に床屋チャレンジしてみたが2回目は躊躇っていた。


「じ、自分でやるのは怖いです……その、愛川さんお願いしてもいいですか?」


 愛川ならそんなモヤモヤもモジモジして待つこともない。ゆったりと日常会話を楽しみながら散髪ができるだろう。

 そんな気持ちを含みながらのお願いだ。


「ふふ、任されました!今度の週末に切ろっか!」


 愛川は笑顔で快諾する。

 週末に約束が出来た。約束をするなんていつ以来だろうか。しかもこの約束はすぐに果たされそうだ。


「よし、明かり消すね。今日も一日ご苦労様、明日もよろしくね。おやすみなさい」


 愛川は寝る時は決まってこのように挨拶してくれる。おやすみなさいを言われる、世間では当たり前でなんてことないイベントだが優にとっては重要だ。これから返す挨拶が空を切らないのだから。


「おやすみなさい」


 電気が消え、優は布団に入る。愛川は幽霊なため睡眠時間は少なくても大丈夫なので仰向けになりながらタブレットをいじっている。空白の数十年分のギャップを埋めるためにこうして勉強している。

 それを横目に優は瞼を閉じる。今頃になって週末にウキウキしている自分に恥ずかしくなっていた。愛川はにまにまいていない、いつものと違った笑顔だったので気づくに遅れた。

 ちょっと前までなら考えられないような、充実した日々を送れている。それだけ愛川の存在は大きい。イレギュラーで一緒に生活することになったがそれがかえって救われた。

 日々の生活に色がついていく。優は週末が待ち遠しく思いながら安眠した。

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