0683話 ジャンベルデッドの町でのクエスト その29
激しく暴れるオルレッジ。
『悪魔憑依』が行われたあとに発生する凶暴性、そして力などの上昇。
それらを目の当たりにしてきているチーム:龍翔<ドラゴニア>のメンバーからすれば今にもオルレッジが鎖を断ち切って襲いかかってくるという思いがあった。
だが、それに反してカルフロンは至って冷静である。
「ご安心を……こちらの鎖は私の友人お手製の逸品なれば……『悪魔憑依』程度では破れませんので」
「『悪魔憑依』程度……ですか」
「ええ、貴方だたにとっては一大事でしょうが、我々魔族にとってみればそれは単なる顕現方法の劣化版でしかないのです」
「なるほど……確かに私達の仲間にいる悪魔たちも『悪魔憑依』自体には脅威を感じていないようでしたね」
「そうでしょう……結局は受肉ができなかったときに手っ取り早く顕現する方法の一つでしかないのですから」
「ふん、人類にとってみれば大迷惑な話しだがな」
アーガスの言葉にピクリと眉を上げるカルフロン。
「これは失礼しました……しかしあくまで事実としてお聞きいただければ幸いです」
「ふん……」
アーガスもそれ以上は言葉を続けない。
事実として自分たちが先程カルフロンに手もも足もでなかったことがあるからだろう。
これ以上はただの負け惜しみになってしまう。
「……ご理解頂いて感謝します、まぁ、というわけですからカレ……領主様がそこから動くことはありませんのでご安心ください」
「さきほどオルレッジ卿は特に問題なく治められていたということでした、ということは自らの意思ではなく他のものによる強制的な『悪魔憑依』ということでしょうか?」
「いえ、決して強制的にではないかもしれません……おそらくはカレ自身が望んだことでしょう」
「特に問題無い状態だったのに命を失う確率が高い『悪魔憑依』をしたってことか!」
「……」
アーガスは驚きの声をあげ、ラウルは冷静に受け止めた。
「そうするメリットが……そうしなければならない理由があった、ということですか……」
「しかし『悪魔憑依』したいといってできるもんじゃないぞ、だいたい悪魔をどうやって用意するんだよ」
「いえ……悪魔を呼び出すこと自体はそれほど難しくないのかもしれません」
「どういうこった?」
アーガスの疑問に答えたのはラウルだ。
「魔法陣や供物、そして決められた手順……そういったものを駆使すれば悪魔を召喚することは可能かもしれません、事実、悪魔を崇拝する団体や個人で悪魔召喚を行った記録は残されていますし」
「ああ、そういうことか……」
「ええ、人類は悪魔を都合のいいように使ってきた歴史があります、私は何度も召喚された悪魔を知っていますよ」
「ですがそうだとしても疑問は残ります、悪魔を召喚することができたとして『悪魔憑依』することは難しいでしょうから」
「そうだよな」
ラウルとアーガスのやり取りを受けてカルフロンは数枚の羊皮紙を懐から取り出す。
「まずはこちらをご覧ください」
そう言いながらカルフロンはそのうちの一枚をラウルに手渡す。
「……」
手渡された羊皮紙に目を落とすラウル。
「ふむ……」
「何が書いてあるんだ?」
「ああ、すみません」
思わず黙読してしまっていたラウルはアーガスの存在を思い出す。
「この羊皮紙はこの国……スーシアンの防衛部門からのもので日付は5年前……隣国プーレリー共和国に不穏な動きがあるため防備を固めよ、という内容です」
「5年前といや……プーレリー共和国の大統領がやけに好戦的なヤツだったころだな」
大統領制を敷くプーレリー共和国は、そのトップを国民が選ぶという制度を取っている。
それはある意味、平等だがそのトップの人格次第では国の姿勢が大きく変わってしまうという危険性を含んでいる。
5年前のプーレリー共和国はまさにそのような状態だったのだ。
「この指示を受けて……?」
「ええ、オルレッジは臆病で優柔不断な男です、国が防備を固めろと言えばそれに盲目的に従います」
「異常な数の私兵もその時か」
「ええ、ある意味では律儀な男です、まさに国に言われた通りの行動をするのですから……」
そういうカルフロンはどこかさみしげだ。
「次はこちらを」
ラウルは次の羊皮紙を受け取る。
「こちらの日付も5年前……いえ4年半前ですね」
「ええ、それは再びスーシアン防衛部門からのものです……」
「……更に軍備の増強をしろ、という命令書ですね」
「……ええ」
このような命令を受けたオルレッジが取る行動は……
そう考えたラウルは一つの考えに行き着く。
「それがこの要塞のような屋敷ですか……」
「ええ、そして彼……オルレッジは要塞に加え更に私兵を増やしました」
「ジャンベルデットの街の規模からすると些か過剰では?」
「些かどころではありません、もはや異常ですよ……そしてそこに届いたものがこれです」
カルフロンから受け取った羊皮紙に目を落とすラウル。
「……」
「……」
アーガスもラウルの肩越しに羊皮紙を覗き込む。
「これは……」
「……日付は4年と少し前か」
アーガスの言葉に頷いて答えるラウル。
「内容は……プーレリー共和国の不穏な動きの解消……ですか」
「ええ、4年に一度に行われる選挙で大統領が交代になったのです……国のトップが変われば方針も変わる……それまでの強硬方針から一転して融和政策に切り替わったプーレリー共和国の態度を見てスーシアン防衛部門も方針を変更したのです」
「他国の情勢に合わせて国が方針を動かすのはよくあることですが……」
「王制国のような世襲の国ならここまで大きく方針が変わることはねぇ……そうじゃない国がたまたま横にあるとはな」
オルレッジは臆病な男だとさきほどカルフロンが言っていた。そして律儀な男だとも。
「……問題がありますね」
ラウルがポツリと漏らす。
「さすがですね、律儀なオルレッジは軍備の増強を一時的に行うのではなく私兵や正式な兵として雇っていたのです、そこに軍備増強は必要ないという連絡……」
「……軍……いえ、兵たちは納得できないでしょうね」
「仰るとおりです、増強した兵たちは身分の保証を要求しました……そして優柔不断なオルレッジはそれに対する回答を先延ばしにしました……そしてそれは……」
「……いまだに出てないってか」
アーガスの言葉にカルフロンは小さく頷く。
「兵たちの維持にはとても費用がかかります……一定の給金……武具の支給、住処や食事の調達……」
「決して安くはないですね」
「身の丈に合わない軍備は簡単に町の経済を圧迫します、冒険者ギルドや貴族たちの供託金では賄えないほどにね」
魔物が多く蔓延る、この世界ではどの町でも軍備を整えている。
だが安全のためとはいえあまりに多くの兵を保有することはできない。
維持費がバカにならないためだ。
そのため通常は人口の1%程度の兵を限度に常備兵として保有しているほうが大多数だ。
「次第に生活その他が苦しくなるでしょう」
「ええ……瞬く間に生活は困窮していきました……それでも領主は領主、なんとか暮らしてはいけるレベルではありましたが」
「支出が多いのであれば収入を増やすしかないのですね」
「ええ、自明の理ですね、オルレッジはあの手この手で収入を増やそうとしました、税もあげましたし、方針の変わったプーレリー共和国との貿易などですね」
「……一定の成果はあったようですね」
「そうですね、成果はありました……問題をしばらく先延ばしにする程度の成果は……ですね」
貿易による収入増は確かにジャンベルデットの町にいい影響を与えただろう。
人や商人の往来が増え、物流が充実し、その結果、町の経済力が上がる。
それは税収の増加につながる。
そこに税自体を上昇させれば町の税収は一気に上がる。
「それで兵たちの給金も賄えますね」
「だがさっき、しばらく先延ばし、って言ってたよな、それはどうしてだ?」
アーガスが疑問を口にする。
「オレからするとそれで万事解決って感じがするが?」
「解決ー解決ー!」
クレイジーバーニィだ。
「一時的には解決します、ですが増えた税収をみた兵たちが望むことはなんだと思いますか?」
「……あー、そういうことか」
「なになにー?」
「給金を上げろってことだろ」
「ええ、町が潤ったのも見た兵たちは自分たちの給金を上げるように要求しました」
「認められるわけ無いだろ、もともと兵を雇うことになった理由であるプーレリー共和国との戦争も起こる可能性が低くなったんだから本来なら兵自体が必要ないしな」
「本来はそうです、ですがそこは律儀で優柔不断な男オルレッジです、彼は兵たちを解雇することができず、かといって給金を上げることも中々決断できない、そんな状態が暫く続きました」
カルフロンはもう1枚の羊皮紙を取り出す。
「最後にこれが送られてきました」
送り元はスーシアン内政部門。
日付は3年前。
「内容は……そちらで解決されよ……ですか」
「何かを希望して拒絶されたって感じか」
「オルレッジが希望したのは兵の解散です、自分で決められない彼は国にすがったのですが、それを素気なく断られたというこですね」
「自分の領地でおきた問題を国に解決してもらおうとしたのですか」
「オルレッジは自分で決められない男です、それゆえに国からの一押しがあればと思ったのでしょうが、当然ながら国は領地内の問題に首を突っ込みません、そんなことをすれば他の領主たちの不安を呼び起こしますから」
カルフロンが言う通り、いくら領主からの要請とは言え領内の問題に一々国が手を出している暇などないし、他の領主からすれば領内の問題に国が絡むのは面白くない。
これを口実に自分たちの領内に口を出させてはたまらないと感じるだろう。
そんな余計な反発を産まないためにスーシアン内政部門はオルレッジの要望を跳ね除けたのだ。
といっても要望自体は自軍の兵の解散である。
さっさと解雇してしまえばいいだけの話しなのだ。
誰がどう考えても大した問題ではない、戦争自体がなくなったことで解雇をするための理由もある。
ただ一人、オルレッジを除いては。
「望んでいた答えがもらえなかったオルレッジどのは追い込まれたでしょうね」
「だろうな」
「なんとか給金を工面しつつ、家族も養っていく必要がある、町が潤えばそれに群がる者たちがでてくる……この悪循環はその後も続きました」
「根本的な問題を解決していないですからね」
「なんとか踏ん張っていたオルレッジですが、周辺の貴族からの借り入れもできなくなり、いよいよどうしようもない事態に追い込まれました……精神的にも……ね」
「そう……ですか」
「カレは考えました……この苦しみから逃れる方法はないかと……カレは願いました……この苦しみから逃れる方法を教えてくれと……」
ラウルとアーガスは黙ってカルフロンの次の言葉を待つ。
「そしてカレは見つけました……偶然か、はたまた必然か……手にしたのです、悪魔を召喚する方法が書かれた本を」
そういって懐から冊子を取り出す。
「それが……?」
「ええ、『悪魔の書』です、中には……」
カルフロンはペラペラを数ページ冊子を捲ると、とあるページで手を止める。
「ご覧ください」
開かれたページには一つの魔法陣と、合わせて用意する供物が書かれていた。
それらを用意し、添えられている呪文のような言葉を唱えて悪魔を召喚することができる、と記述されていた。
「このページを見てオルレッジは思いついたのです、兵たちを解雇できないオルレッジはその数を減らす方法として悪魔を呼び出し……戦えせて数を減らすことを」
「プーレリー共和国との戦争が無くなったから、無理やり戦う相手を作ろうってのか」
アーガスが驚き、声を上げる。
「仮にですが悪魔と戦わせられれば数は減らせるでしょうね、ですが……」
ラウルは『悪魔の書』の該当のページを指差す。
「これは本当なのですか?」
「どういう意味ですか?」
「本当にこれで悪魔が召喚できるのですか?、それもオルレッジ殿の思うような結果が得られるような……」
「まず召喚自体はできます、ただし、この程度の内容で喚べるものはせいぜいが下級悪魔程度でしょうけどね」
「下級悪魔など召喚してしまえば、その者は……」
「ええ、その場で襲われて殺されてしまうでしょう、そして呼び出された下級悪魔もしばらくすれば瘴気を保てなくなり姿を消します……通常は」
「随分含みのある言い方だな……」
「ええ、実際にそうならなかったからこそ、今このような状況になっているんですからね」
カルフロンの言葉を受けてラウルたちはオルレッジに目を向ける。
いまだに暴れているオルレッジ。
「その場で何があったのですか?」
「お前がそこで喚び出されたってわけじゃねーよな?」
「もちろん私ではありません……その場に現れたのは下級悪魔ではありませんでした、偶然か、はたまた悪魔の気まぐれか、そこに喚ばれたのは上級悪魔だったのです」
「自我のある悪魔……ですね」
「ええ、オルレッジが行った召喚の儀で喚べるはずもない悪魔が現れたのです、しかしオルレッジにそんなことは分かりません……彼は本のとおり、悪魔が現れたことに狂喜しました」
「まぁ、そうだろうな」
「……オルレッジは自分の願いをその悪魔に伝えました……自分を……私を救ってくれと……悪魔はそれを了承しました、そしてオルレッジの願いを叶えるために悪魔憑依をしたのです」
上級悪魔は召喚者が口にしなかった願いを理解していた。
その願いは召喚者であるオルレッジを苦しめる兵たちを皆殺しにすることだ。
代償はオルレッジ自身の魂そして肉体。
自我を保つことができるレベルの悪魔に憑依されたオルレッジは自らその兵たちを手に掛ける……ことはしなかった。
気まぐれな悪魔は領主という立場を利用してゲームを開始する。
ゲームの参加者は兵士たち、館に住む者たち、町の不良ども、裏の組織、冒険者、そして瘴気溜まり。
オルレッジの権限で外部の参加者をこの館に集め、互いに戦わせる。
兵たちには魔物や襲撃者への迎撃をさせる。
町の不良どもは館に入りこませ、好き勝手に暴れさせる。
冒険者は館を守るものたちと襲撃者から領主たちを守るものたちの二手に分ける。
下級悪魔を召喚し、館の者たちに悪魔憑依させ、全体を混乱させる。
最後に生き残ったものたちには自分が直接、手を下す。
こうすることでオルレッジの兵たち以外の無数の魂を手に入れることができる。
更に受肉するための肉体も。
「これらの手配を行ったのはオルレッジから指示を受けた私です」
「……あなたならば止められたのでは?」
「その通りですが、そうする理由はありませんので」
カルフロンは軽くいう。
「お前、そのゲームがどれだけの被害を生むだすか分からないわけじゃないだろ!」
「私には執事……主の指示に従ったまでです」
「……なるほど、忠実な下僕というわけですか」
「その通りです、私はカレの願いを叶えるために尽力したまで……」
「ですが、オルレッジ殿を縛り付けているのはあなたでしょう?」
「よく分かりましたね」
「当然です、というより上級悪魔に悪魔憑依されたものを拘束するなど、並の強さのものにできるとは思えません、それこそ人智を超えた存在……最上位悪魔でもなければ」
「オルレッジは常々言っていたのです、家族は自分にとって一番大切なものだと……ですので悪魔憑依したオルレッジが家族である奥方とご子息に手を出そうとしたので拘束をいたしました」
「お前はあくまでオルレッジの希望にそっていたというわけか」
「その通りです」
カルフオンは少し寂しそうに拘束され暴れているオルレッジに目を向ける。
「それで奥方とご子息は眠っている、と」
「ええ、お二人には休んでいただきました……館はいま少し騒がしいので」
「大体の事情はわかりました……それで、これから貴方はどうするのですか?」
「……」
ラウルの問いにカルフロンは答えない。
いや、答えられないのだろう。
「策はないのですね?」
「私の力をもってすれば悪魔憑依したオルレッジを殺すことは簡単です、しかしそれではカレの思いを叶えることはできない、かと言って同じ悪魔であっても悪魔憑依を解除することはできないのです……お恥ずかしながら……この状態を維持することはできても展望がない、それが正直なところです」
「リュウなら悪魔憑依を解除できるのではないか」
アーガスの言葉に顔をあげるカルフロン。
「いま……なんと?」
「我らのリーダーであるリュウは過去に悪魔憑依されたゴブリンクィーンを助けたことがあります、もちろんゴブリンクィーンは無事なままで」
「まさか……」
「事実です、こんな事で嘘を言う必要もありませんので」
ラウルの冷静な言葉に目を見開くカルフロン。
「そんなことが……まだまだ私も未熟なようです……この世界にそんなことができるものがいるとは……」
「よければ紹介しますよ、まぁ、いまこの館にも来ていますし、我々の旅に同行するのであれば近いうちに紹介することにはなりますが」
「……お願いいたします」
カルフロンはスッと腰を折り、頭を下げる。
「分かりました、では移動しましょう……そろそろ大広間のほうも片付いているでしょうし」
お読みいただきありがとうございます。
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