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95 嵐の予感

「大統領制の元となる共和主義の思想は人族との戦闘に伴う戦費拡大で重税を強いられてきた魔族にとって一種の希望であり、従って、人族との和平協定を(さかい)に反体制運動、或いは革命という形で大きくうねりをあげうることは協定締結以前から予想できたことと言える。国家としても国民としても疲弊するだけだった人族との戦争が終結したのち、あの戦争は何だったのかといった国民の不満をいかにして収めるかが協定締結後の政治体として目下の課題となった。そうしたとき、重税感を一つの要因として、その不満が爆発寸前であると()()()()()()()()()()()()()()、国家全体で争いの大火事になる前に共和制移行という名の消火を行うしかなかったのだ。従って魔王レーノが退位後、大統領制に移行したことは当時の魔族社会に於いて一種の必然であった。そして大統領制移行後、戦争に対する考え方、特に戦費の抑制という考え方を主軸に「予算の制約」を国民の意思で制御しよう、という価値観を国民の間に流布(るふ)することで、起こり得たかもしれない内戦と国家の解体を食い止めることに成功したのである。この点、当時の魔族行政は極めて優秀な決断を下せたと言えるだろう。尤もこの評価は後世による後付の解釈にすぎぬが……。

 ともあれ、魔族社会は共和制という政治体系を実験的に始めた。勿論(もちろん)魔族の中でも王政時代を(とうと)ぶ保守派と共和制維持を推奨する共和派とで議場での(いさか)いは起こっているが、大半の魔族にとっては現状維持が好ましいと判断していたらしい。特に共和制に対する進歩主義的解釈を当てはめる(やから)にとっては人族がいまだに王政に固執(こしゅう)している中、自分たち魔族は王政を脱却し、一つの時代を切り開いてると言う自負があるのだろう。だがその考え方は誤りだ。共和政は決してすべての社会にとって最善であると主張してはならない。先も述べた通り、共和主義思想は人族との大戦の中で重税により疲弊した民衆の間で流された対処療法的な薬にすぎぬ。そもそも人族との戦争がなければ民衆の間で国家全体に流布されることなどなかったであろうからな。あくまで当時の魔族が感じていたのはあくまで重税感から如何に解放されるかであって、決して共和体制そのものの実現ではないことは忘れてはならない」


金曜日の午後、ゲイルたちのいるBクラスの生徒達はモルゼオの政治学の授業を受けていた。ほとんどのクラスメイト達はノートをとりながらモルゼオの顔を見て真面目に聞いている。ゲイルも教科書の該当箇所と板書を比較しつつノートをとっていた。ただ、全員ではない。ネルカは、いつものようにさっきこそ飛ばさなかったものの、首をずっと(うつむ)かせており、モルゼオの話など聞いていない様子だった。ただ、ぼぅっとしているのとは違う。どこか、まるで思い詰めているかのようで何を思い詰めているのか、分からないが、それでも周囲が心配になるほどに何かを思い詰めていると言うのは(はた)から見て感じられた。


チラリと右隣を見るとミリーと目が合う。ミリーはゲイルの視線の意味をとっさに理解し、チラリと視線を前方に座っているネルカへと目を向けてそれから「私にも分かりません」とでも言うように首を横に振った。


(ミリーでダメならダメだろうなぁ。リズの奴、機嫌をころころ変えやがって……。情緒不安定?)


内心好き放題言いつつ、モルゼオの言葉に耳を傾ける。


ゲイル自身はネルカを心配こそすれど、ミリーのように深く心配はしていない。どうせ周囲の人間にはどうしようもないと分かりきっているからだ。今ネルカの心情はきっと自分たちには分からない。ネルカにしかわからない。それもリズとして完全想起したネルカにしかわからないような何かでしかない。リズの時代を知らない自分たちには理解しようとしても無理なほど大昔のことを思い詰めているはずだから、彼女自身で解決しない限りは下手に口出そうとする自分たちの存在はかえって彼女の心の整理の妨げになるだろう。せめてミリーに不都合なことさえ起こらなければ時間に任せてしまうのが無難だろうとゲイルは考えていた。


「さて、共和制という政治理念については一通り理解できたことと思うが……。問題は実際に共和制、言い換えれば大統領制に移行した際に問題があったのか、それともなかったのかだ。理念を掲げるのは簡単だ。自分の頭の中で思い浮かんだ理想をそのまま口に出せばいいのだからな。だが、理念を理念のまま実践することはできない。理念はあくまで形式に過ぎない。大事なのはその形式が現実に当てはまりうるのかどうか、すなわちその理念の中身が現実を通して意味のあるものとなっているかどうかだ。君たちも理想と現実とのはざまで苦しむことがあろう。成績の良い自分を理想とするだけでは成績は良くならない。理想を実現するために勉強という努力によって現実化するしかない。その現実化の過程に君たちはしばしば苦しめられているはずだ。特に…………、ルーカス・ボルドウェイの生物学の授業でな」


冗談として意図したのかどうかは分からないが、生徒たちの中から失笑が漏れる。ゲイルも思わずほくそ笑んでしまった。


「各個人の勉強ひとつとってもそうなのだ。ましてや多くの個人を束ねる国家に於いて現実化に障害が全くないはずがない。共和制移行後の魔族陣営で一体何があったのか。どのような障害に直面することとなったのか。この教科書には載っていないが、私が集めた資料の範囲で話せることを話すとしよう」


モルゼオは生徒たちに背を向けて板書の一部を消し、そこに新たに文字を書き出す。


『選挙人の制定に伴う』


と書いたところで突然モルゼオが廊下の方をバッと向いた。モルゼオだけじゃない。ネルカも廊下の方を向いた。クラスメイト全員が怪訝(けげん)に思い、ゲイルも眉間に皺を寄せてミリーと顔を合わせようとする。


「…………」


けれども、ミリーもまた廊下の方に顔を向けていた。


「おい。ミリーどうしたんだ?廊下に何かあるのか?」


ゲイルが問いかけるとミリーがハッとしたようにゲイルに顔を向ける。


「いえ。何か不審な魔力の流れを感じまして……」


「魔力の流れ?」


「はい。本当に得体のしれない魔力の流れです。嫌な予感がします……」


不気味そうにするミリーの表情にゲイルは心配になった。ミリーがおびえているように感じたから。


「どの辺から感じるんだ?」


ゲイルが尋ねると「恐らく……、以前剣術決闘を開かれた場所かと」と返ってくる。


「よし!だったら俺が見てこよう!」


ゲイルが突然立ち上がり廊下へと出ようとする。


「ちょ、ちょっとお待ちください!!!」


ミリーは慌ててゲイルの裾を掴んだ。


「ま、まだ授業中ですよ!」


「いや。モルゼオもリズも気になってるみたいだし、この状況で授業続けんのは無理があるだろ?」


「ジャルマ先生とネルカ様が気になるほどの魔力だと言うことは危険な何かが起こるかもしれません!そのような場所に向かわせるわけにはいきません!」


「危険だったら逃げればいい!」


ドヤ顔で言うゲイルに「以前は逃げきれてなかったじゃないですか!」と怒鳴り返される。以前というのは剣術決闘の際に現れたあのよくわからないもののこと。避難中によくわからないものに何かされたゲイルが逃げ切ればいいなどどの口が言うか、という話である。


「そ、それを言われると痛いが……。だが、ミリーが不安そうにしている中でそれを放置できるほど兄ちゃんはおとなしくないからな!」


「お と な し く し て く だ さ い」


尚も行こうとするゲイルに抱き着くように無理やり止めようとするミリー。その姿を見て一部の女子生徒たちは「キャー」っと声を上げていた。


「はなせ!とめるな!ミリー!妹がおびえてるときに何もできない兄ちゃんでいたくないんだ!!!」


「何もできなくてもいいんです!というよりどうせ魔術絡みの時はゲイル様、特に何もできないんですから!」


「何を言う!それじゃ俺が役立たずみたいじゃないか!」


「これまでに何の役に立ちましたか!!!」


ミリーからの辛辣(しんらつ)な一言でゲイルは膝から崩れ落ちた。


「俺……。役立たず…………」


地面に「の」の字を書き始めた。


「あ、えっと……。役立たずは言いすぎました…………」


どう言えばいいのか分からずミリーも戸惑ってしまう。


「諸君。静かにしたまえ。どうも様子がおかしい……。今日のところは授業を終えることとしよう。避難指示があるかもしれん。その際は他のクラスの生徒と共に避難してくれ」


モルゼオの厳かな言葉に全員の背筋がピンと張る。


その中でファーノが違和感を覚えてモルゼオに質問した。


「あの……。先生はどうなさるつもりですか?」


「決まっている」


モルゼオはファーノに顔をバッと顔を向けた。


「面白そうだから見てくる!」


目を輝かせながらそのまま廊下へと飛び出してしまった…………。


当然生徒諸氏は口をあんぐり開けて扉の向こうへと消えて行ったモルゼオの背中を見ていたのは言うまでもない。


何とも言えない沈黙が続く中、アインが椅子から立ち上がり口を開いた。


「では皆さん。帰宅の準備をいたしましょう。避難指示があるかもしれないとのこと。指示が出たときにいつでも動けるようにしましょう。でも今から帰ってはなりませんよ?避難指示が本当に出たとき、飛んで火にいる夏の虫のごとく(いさか)いのど真ん中に不運にも飛び出してしまうことがあるかもしれませんからね。他のクラスにいらっしゃる先生方や生徒さんの動きを待つことといたしましょう」


さすがアイン。モルゼオがいない中、学級委員長のごとく的確な指示を出した。


言われた生徒たちはすぐさま片づけを行う。ゲイルも自席に戻ってカバンに授業で使った教科書とノート、ペンを仕舞っていく。


アインは自分の片づけを終えてから今度はネルカの傍へと寄った。


「ネルカ様。何を感じられましたか?」


呼びかけにハッと顔をあげたネルカは何とも言えない表情を浮かべる。


「分かんない……。今までに体験したことのない魔力の動きを感じた。きっと私の知らない魔法の(たぐい)のような気がする……」


「…………でしょうね」


アインの呟きが一体何を意味しているのか分からず、皆がキョトンとなった。


まるでみんなの視線に気づいていないかのようにアインが口を開ける。


「何かあったとしても先生方がなんとかしてくださるでしょう。私たちは変に気を負わずしばし待つことといたしましょう」


アインはそう言って自席へと戻り、瞑想(めいそう)するかのように目を閉じた。


「……………………」


一方でゲイルは違和感を覚えていた。妙な違和感。何とも形容しようがない違和感。違和感と言ったら違和感としか言いようがないそんな違和感。ゲイルはしばし逡巡し、それからミリーに尋ねる。


「なあ、ミリー。どこから魔力の流れ、感じるっつった?」


突然声をかけられたミリーは驚きつつも「剣術決闘の会場だった場所です」と答える。


「なるほど!つまり学園内だな!」


ゲイルが(ほが)らかに笑みを浮かべながら大きな声を出す。


「あの。そうだと思うのですが……。それが何か?」


ミリーはゲイルが一体何を気にしているのか分からず眉間に(しわ)を寄せていた。


「いやぁ。外からの来訪者でモルゼオとかリズとかミリーが気付くほどの不審な魔力を出す奴がいるんだったら、そんな魔力出させる前にまず何か一報来るよなーって思ってな!不審者が来たぞーとか。でもそれがないってことは多分、ミリーが言うところの不審な魔力を流した(あるじ)ってのは多分学園内の誰かってことだろ?」


「…………確かにそうかもしれませんが、それが何か?」


「そんな不審な魔力を出すようなことをだぞ?剣術決闘の会場があった場所で出そうとするような学園関係者って誰だと思う?」


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


なんとなく察してしまった。なんとなく察したからこそミリーは口を開くことができなかった。


ゲイルとミリーは二人で視線を絡ませあう。


暫くして、キラリと目を開かせながらミリーは口をゆっくりと開いた。


「逃げましょう」


「おう」


ピカーッ☆


意気投合したところで廊下側の窓から眩しい光が差し込んでくる。


突然差し込まれた光に生徒たちは何事かと廊下の外へと飛び出した。


その生徒たちの中にはゲイルとミリーも含まれていて窓を開けて身を乗り出して光源を探す。


ミリーが先ほど言っていた剣術決闘の会場だった場所に顔を向けると…………。


そこには、天へと伝う一筋の光の柱が建てられていた。


「…………絶対Cクラスの連中だ」


ゲイルの呟きに誰もが死んだ魚のような眼を浮かべていた。

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