90 運動後の食事2
学食の前でしばらく待ったところでミリーが手提げ袋を持ちながら制服姿で帰ってきた。
「お待たせいたしました」
「んー。全然待ってないぞ。じゃ、さっそく並ぶか!」
終業の鐘がなってから時間がそこそこ経っているので、配膳を受け取ろうとする生徒たちの長蛇の列が出来上がっていた。今から配膳を受け取るまでに十数分くらいはかかるかもしれないが、昼休みの時間は二時間あるので、それほど焦る必要もない。注文口の上にでかでかと書かれてあるメニューの一覧を眺めながら「あ、ミリーの好きなトウモロコシのスープがある」と言葉を漏らす。
「……本当ですね。では、今日はそれを頼みます」
「それだけじゃ足りないだろ?パンとか野菜とかもしっかりと食べろよ?」
「……………………。言われなくともそう致します」
若干間があったが、返答がくる。
「ゲイル様は今日は何を頼まれますか?」
「そうだな……」
メニューを眺めながら考える。
「あ、蕎麦がある。……鴨南蛮。よし、それだ!」
頼むメニューを決めたところで「え?蕎麦ですか?」と困惑した声が返ってくる。
「ん?どうした?」
「い、いえ。ゲイル様が蕎麦を食べられることに若干違和感がありまして……」
「え?どうして?」
ゲイルの問いにミリーがかなり言いにくそうにする。
穀物は雨量に応じて生産できるものが変わる。穀物の中でも蕎麦は降雨量の少ない地域で米や麦を栽培できない場合に仕方なしに作られるもの。雨に恵まれない土地で仕方なしに作られるもの。勿論貴族や豪商ならそう言った地域に住んでいたとしても財力で米や麦を取り寄せることができる。蕎麦を食べる層は取り寄せるだけの財力がない平民や農民ばかりであり、なので蕎麦は貧乏人の食べ物という印象が強いため、物好きな金持ちでもなければ食べようなどとは思わない。
ミリーはそんな蕎麦を貴族のゲイルが食べようと言うのだから、戸惑っていた。
「貴族の方は普通は蕎麦を食さないはずですので、ゲイル様がお口にすることに違和感がありまして……」
「んー?食べ物なんて胃に入れば同じなんだから別に貴族も何も関係ないんじゃない?」
自分の発言の意味を理解していないことを分かりつつも、この場で「蕎麦は貧乏人の食べ物ですよ?」などと奴隷身分の自分が言おうものなら、近くにいる平民や農民出身者から何を言われるか分かったものではない。いらない争いごとを招きたくない。
ミリーは説得することを諦め、「お口に合うといいですね」とだけ述べた。
それぞれが頼みたいものを頼み、空き席を探しながら食堂内を彷徨う。ゲイルたちと同様に彷徨っている生徒たちは他にも沢山いる。席取り競争。席が空き次第すぐに座ろうと生徒たちは目を光らせていた。
「お、あそこのテーブル、空きそうだな」
ゲイルは立とうとしている女子生徒たちのグループを見つけてその傍に近づく。
女生徒たちが配膳を手に立ったところで「そこ座りまーす!」と声をかけた。女生徒の一人から「はい、どうぞー」と言葉が返される。ふと胸のワッペンを見ると緑色だった。緑色は2年生の証。相手は上級生のようだった。ちなみに一年生のワッペンは赤だ。
女生徒たちはゲイルたちを特段気にするそぶりを見せず、そのまま離れていく。
「いやぁ、ちょうど空いてよかったな!」
「はい」
お互いに座り、食事を始める。
「さてと……。で、何があったんだ?」
食事を始めてすぐにゲイルから声がかかった。
「何がと言いますと……?」
「剣術の授業で何かあったんじゃないのか?やっぱ気疲れしているように見えるから」
「…………」
ミリーは思わず食事の手を止めてしまう。
「せっかく二人きりになったんだから遠慮なく言ってくれ。もしかして言いにくいことか?まさかいじめか!!!?」
「い、いえ、そうではありません!」
慌てて言ったところで、ふと自分の今の発言が「何かあった」ことを自白しているに近い発言であることに気づいた。
「じゃあ何があったんだ?」
ゲイルのその言葉に観念したように口を開く。
「ネルカ様のことで……」
その言葉にゲイルが眉間にしわを寄せた。
「リズに何かあったのか?それとも何かされたのか?」
「えぇっと何かあったというよりも、ちょっと様子がまた変わったと言えばいいのか……」
ミリーは言いにくそうにする。
「今日の剣術の授業でネルカ様、なんというか、ものすごく熱心に練習をなさっておりました。ただ熱心過ぎて傍から見ていて少し怖く感じました」
それからミリーは意を決したようにゲイルに尋ねた。
「昨日ネルカ様とどんな話をなさいましたか?昨日までは思い悩んでいる感じでしたが、昨日の今日で鬼気迫るような感じになったのはゲイル様との会話が原因……、というよりもきっかけであるような気がするんです。よろしければ昨日の会話の内容を教えていただければと……」
その言葉にゲイルは首を傾げながら「何かあったっけ?」と考え込む。
「まず、ミリーがお兄ちゃんって中々呼んでくれないことを相談した」
「…………」
昨日わざわざ様子のおかしいネルカに声をかけて一緒に食事をとった際の会話がまさかのそれかと虚を突かれミリーは固まらざるを得なかった。
「そしたらリズがミリーからお姉ちゃんって呼ばれたいって言った」
「……………………」
「俺としてはミリーは大事な妹だからリズにとられるわけにはいかんと苦情を言ったんだが」
「…………………………………………」
「リズのやつが妥協案を提案したんだ」
「色々とツッコみどころがあるのですが。お二人は私を何だと思っているのですか?」
「かわいい妹」
「……………………………………………………………………………………」
ミリーはそのまま頭を抱える。
(そういうこと聞きたいんじゃないのに……。もしかしてネルカ様の様子が変わったきっかけにゲイル様は関係ないのかな?それだったらそれでいいのかな?少なくともゲイル様の方に変な火の粉は飛ばないだろうし……。…………………………………………ネルカ様の妹かぁ。…………………………………………ミリー・スワローズ子爵令嬢。
養女に入れてもらってから縁談で…………………………………………)
他ごとを考え始めた矢先。
「そうそう、リズが言った妥協案ってのがな、俺とリズが結婚すればミリーが俺たちの共通の妹になるってやつなんだ!リズの奴、頭冴えてるよな!」
一瞬にして空気が凍った。ミリーの目には光がなく、普段の無表情を通り越した無表情。ハイライトオフ無表情。
「…………………………………………」
無言のままでいることが一層不気味さを増していた。
「ええっと……。ミリー?」
「…………………………………………」
ゲイルの声掛けに特に何も返してこない。なぜか彼の肩がカタカタと震える。
周囲の生徒たちはゲイルとミリーのテーブルの不穏な空気に感づいたが、触らぬ神に祟りなし。見なかったことにして談笑を続けている。
「…………………………………………」
相変わらず無言のままのミリーにゲイルは口を開くわけにもいかず、冷や汗をかきながら縮こまっていた。
「ええっと…………。申し訳ございませんでした」
謝罪した方がいいと直感し、口に出すものの帰ってきた言葉が「何がですか?」で、それに対してどう答えればいいのか分からず、窮してしまう。
(怒ってる?ミリー、怒ってるの?おこなの?なんで?俺、なんか怒らせるようなこと言った?)
何が琴線に触れたのか分からず、ただカタカタと震えながらミリーの顔を覗く。
「…………………………………………」
しかし、顔を覗いたところで返答はなかった。
(まずいまずいまずい!このままだとまた口きいてもらえなくなるかも!!!どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!!!!!)
てんぱりながら思考を巡らせ、目をきょろきょろとさせながら言うべき言葉を探す。
「そ、そういえば、剣術決闘の時に着ていた服あったよな?」
「…………それがどうしたんですか?」
相変わらずハイライトオフ無表情のままのミリーの淡々とした返答。
「ほら、あれ、決闘の時にボロボロにしちゃっただろ?この間着てた私服もよかったけど、俺は個人的にはあの服の方が似合ってると思ってな!ど、どうだ?今度同じ服を一緒に探しに行かないか?あれだ!兄妹デートだ!!!」
「……………………………………………………………………………………………………………っ!?」
デートと言うワードに反応したミリーは顔を真っ赤にして下を向いた。デートと言う言葉しか反応できなかった。接頭辞に兄妹が入っていることに気づいていなかった……。
「最近私服も増えてきたみたいだし、この際いっそのこといろいろな私服試してみようぜ?次の休養日なんかどうだ?」
「えっと…………。空いてます……………………」
「よし!決まりだな!ミリーの服、一緒に探しに行こうズ!」
なんとか怖い空気から抜け出せたことに安堵したゲイルは「じゃ、食事続けようぜ」と言う。対するミリーは今週の休養日に急遽開催が決まったゲイルとのデートに恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にさせたままで、スプーンを持った手がカタカタと震えていた。
(んー……。一時はどうなるかと思ったが、今はどうやら怒っていないようだな。よかった…………。それにしても、この蕎麦……。蕎麦自体は苦いけど、出汁でうまくその苦さをごまかせてるな…………。やっぱり出汁が大事ってことなのか?んー。出汁で鴨肉に風味が持ててるし…………。この出汁どうやって作ってんだろ…………?後で厨房に聞いてみるか)
(デート……。デート…………。前の休養日にご一緒させていただきましたけど、また二人きりのデート……。そういえば、ゲイル様と二人だけでお出かけする機会ってあまりなかったような…………。だいたい誰かと一緒だったり誰かに会いに行ったりだったから…………。貴重な二人っきりデート!!!?ど、どうしよ!私服、いい私服あったかな?この間見せた私服でいいのかな?でも、あれ子供っぽく見えないかな?他にあったかな?これだったらネルカ様に頼んであのワンピースをもう一着取り寄せてもらえばよかった…………)
それぞれが他事を考え始め、当初話題になるはずだったネルカのことはどこかへと流れてしまった。




