75 ミリーのためなら……
ミリーとゲイルの冷戦終結の翌日、すなわち水曜日。午前中の呪文学の授業でクラスメイトの一人、ノーマスが呪文を暴走させ窓から吹っ飛んで行った後、その後始末のため、授業は早めに切り上げられることとなった。
「早めに終わったはいいが……。まだ食堂開いてないよな?」
「ええ。もう三十分ほど待たないと」
ゲイルの問いかけにミリーがいつものように答える。
呪文学の授業は専用の教室を使って行われるので、クラスメイト達はぞろぞろとホームルームへと帰って食堂が開くのを待った。ゲイルとミリーもその例に漏れず、30分待とうと自席に着く。
「そういえば、昨日は新しい友達と昼食とったんだってな。ファーノとかの友達か?」
「いえ。それほど接点がなかった方々と機会があって昼食をとることになりました。奴隷の私にそのように気を遣ってくださる方と巡り会えてよかったです」
「おお!そっか!0から友達が作れたのか!!!お兄ちゃん感激!!!!!」
「だから……。はぁ……」
相変わらずの自称お兄ちゃん台詞にミリーもツッコむのを諦めつつあった。
「それよりも、ゲイル様自身もう少しお友達を増やすおつもりはないんですか?今のところ親交が深いのはネルカ様だけじゃないですか。ファーノ様やアイン様方と自分からご一緒しているわけではなさそうですし。このままでは独りぼっちですよ?」
「何を言うか!ミリーがついてる!」
「…………」
あ。今返答に困った。
「こほん。そういうことではなく、ご友人のお話しです。どなたかいらっしゃらないんですか?ネルカ様以外のお友達」
「ん?まぁ、時々会って話す奴なら居るが……」
「……、え?友達いたんですか?」
「なんだろう……。そう言われることに何だか傷ついたお兄ちゃんがいる……」
いや、普段のお前を見れば誰だって思うわ。
「……念のため確認したいのですが、女性の方ですか?」
それほど動揺していたのだろう。「誰か?」ではなく、「女性か?」と聞く辺り、ミリーもかなりてんぱっている。ミリー、落ち着いていれば気づくと思うが、『フレンド』と『ガールフレンド』は意味違うぞ?
「カロゥだよ。Cクラスの。この間の剣術決闘で代表として出場した連中のうち、一番まともな奴」
「ああ……、あの方ですか……」
剣術決闘の騒動の片隅で、一人だけまじめに決闘をやっていた少年の姿を思い出し、思い出した瞬間なぜだか彼を不憫に思ってしまった。同時にミリーはゲイルの友達が男であったことに内心ほっとしていた。
まぁ、今のところゲイルの交友関係はなぜだか女性に偏ってるように見えるからな。そう思っちゃうんだろ。ミリーは悪くない。尤も、ゲイル自身が彼女らを心の底から友達と思ってるかどうかは不明だ。ネルカとはマブダチに見えるけど……。
「そういうミリーも昨日作った友達って誰なんだ?折角なんだし紹介してくれよ」
「あ、はい。7人一斉にできましたが、そのうち4名はクラスメイトの方です」
「へぇ!誰なんだ?」
「リード様、ハーバー様、エブラ様、ムザック様です」
事務的連絡のように、同時に嬉しそうに答えるミリーの姿に、ゲイルも思わず表情が和らいだ。
「そっかー。それはよかったな!同じクラスメイトと改めて友達になれるなんて」
「はい!初めての男性のお友達です!」
「そっかー。男子生徒だったか!」
その瞬間、ゲイルの気配が消えた。
「たしか君がムザック君だったね?」
突然目の前に現れたゲイルの姿にムザックは冷や汗をかきながらコクコクと頷いた。
「ミリーの男友達だってね?ホント?」
ムザックは言葉を発することができず、思わず首を横に振ってしまう。
「ふぅん……。ミリーがあれほど嬉しそうに友達だって喜んでたのに、当の貴様は友達とは思ってないわけだ…………」
どう返事すればいいんだよ。
その光景を見ていたクラスメイト全員の心中が一致した。
ミリーと昼食を楽しんだ関係者である三人、リード、ハーバー、そしてムザックと同室のエブラは自分たちに矛先が行く前にとそぉっと教室から逃げ出そうとした。
「君たちはミリーのお友達やってくれるよな?」
しかし まわりこまれて しまった !
「ちょっとゲイル様!クラスメイトの方を困らせないでください!」
慌てた様子のミリーの声にニコリと笑みを浮かべるゲイル。
「本当に友達かどうか確認するだけだから」
「わ、ワイ将らは皆ミリー殿の友達でござる!!!」
上ずった声でよく分からない喋り方をするエブラに「ほんとぉかなぁ?」っと悪魔のような笑みを浮かべながら訪ねるゲイル。
「ほ……、ほんと……、です……」
エブラのしゃべり方が普通に戻った。
「そっか!んじゃ、これからもミリーのことを頼むな!エブラ君!リード君!ハーバー君!」
突然朗らかになったゲイルの姿に全員が唖然とした。
「いやぁ、変な奴に騙されてやしないかと心配になったけど、お前らなら大丈夫そうだなぁ!本当に良かったぁ……」
なぜかしみじみとなるゲイル。その姿を見てなんとか助かったと感じるリートたち。
「え?ゲイル様、クラスメイトの方々の名前覚えてらっしゃるんですか?」
「あん?当然だろ?もう二ヶ月も経ちゃぁ、クラスメイトくらいは覚えられるだろ?」
へぇ……。おぼえられたんだぁ……。
皆心中一致した。
「じゃ、ミリー、俺は急用を思い出したから、今日は友達と一緒にご飯食べに行ってくれ!」
「……え?ご一緒してくださらないんですか?」
あまりのことに、当人は気づかないうちに、素で残念そうな声を出していた。ちょっとミリー。表情があからさまに残念そう……、というか、若干絶望してない?
「お兄ちゃんとしては、久しぶりに妹とのご飯を楽しみたいんだが…………。これはミリーのためでもあるんだ!」
こぶしを大きく振り上げて宣言するゲイル。事の成り行きを見守るクラスメイト達の視線には目もくれず、突如すっと消え。
気が付けば、ムザックの真横で指の関節を鳴らしながら鬼の形相をして立っていた…………。
「彼には、ミリーを友人として持つことのすばらしさを語りつくしてあげないといけないからね」
ムザック、窓から逃走!
ゲイルがその後を追った!
そして教室内は名前の付けようのない沈黙に支配された……。
「えぇっと……、それじゃぁ」
沈黙を破ろうとミリーが声を上げたところで。
「み、ミリーちゃん!僕もミリーちゃんと友達になろうと思ってたんだ!せっかくだから一緒に食堂いかない!」
「んな!?昨日勇気を振り絞って誘ったのは俺たちだぞ!邪魔立てするな!!!」
「だまれ!いつからミリーちゃんが貴様のものになった!ミリーちゃんはみんなのものだ!」
「ちょっと男子!ミリーちゃんをもの扱いすると許さないよ!というか、私たちだってミリーちゃんと一緒にご飯食べたいって思ってたんだから!!!」
突如クラス内が喧騒に包まれ、我先にとミリーを昼食に誘おうと躍起になっていた。
「あ、うぇ、う…………」
ミリーはどう返せばいいか分からず、背を縮めるだけだった。
ところで。
今日の午前中に割り振られていた呪文学の授業はノーマス君の射出事故の影響でいつもより「一時間以上」早めに切りあがっている。食堂が開くまでまだ30分以上時間があったのだが、食堂が開く時間帯はまだ授業中の教室もあるのだ。授業が早めに切りあがるところのために早めに開いてくれているだけなのだ。
すなわち。
当然授業中なわけで。
扉のそばには青筋を立てながらCクラスで政治学を教えてたバルト・フィンランド教授が立っていた…………。
「…………だいたいのことは見当がついている。その奴隷を中心に集まっているクズども。ちょっとこっち来い…………。…………ミリーは来なくていいぞ」
ミリーに食事の誘いをしていた男女両生徒たちは、怒り心頭のバルトの姿を見て拒絶することができず、そのまま廊下へと出て行き、そしてどこかへと行ってしまった。
残されたのは、ミリーとネルカ、ファーノ、アイン、ノエル。
「た、ただいま…………。あ、あれ?みんなもう食堂行っちゃったの?」
射出事故からたったいま生還したノーマスだった。
「さ、ミリーちゃん。みんなでご飯いこっか!」
朗らかな笑みを浮かべながらネルカがミリーに声をかける。ファーノ、アイン、ノエルも一緒に笑みを浮かべていた。
「んー。ノーマス君もよかったら一緒に行く?折角だし」
「んえ!?え?」
事態を全く読めていないノーマスは突然のネルカからの食事のお誘いに目を白黒させていた。
「ささ。もう食堂が開くから混んじゃう前にさっさと席をとろー!」
ネルカの声にみんなが立ち上がり、教室から出て行くものだから、ミリーとノーマスも慌ててついていった。
「え?えぇっと……。僕、ついて行っていいの……?」
「ね、ネルカ様がおっしゃるので大丈夫かと……」
二人はただただ困惑を募らせるだけだった。
一方、ネルカ達は…………。
(((計画通り……)))
ほくそ笑む者たちがそこに居た。
(…………今度ゲイル様のこと誘ってみようかなぁ)
一人を除いて……………………。




