74 ▲トムの追憶1
まだ人族と魔族が争っていたころ。
とある小さな村に一人の青年がいた。彼は村人の中でもかなり頭がよく、話術にも長け、剣技も弓術も魔術もこなせていた。もし、村長の親族として生まれていれば、次期村長として迎え入れられていたことだろう。それほど優れてかつ人望もあるような青年だった。尤も、彼自身はその気がなく、せいぜい交渉役として手伝いができればと考えていたようだったので、硬い性格を直す気はさらさらなかった。
他の村人と共に畑を耕し、他の村人と共に祈りを捧げ、他の村人ではできない商人や隣村との交渉を行い、魔獣が攻めて来れば率先して戦い、猛獣が現れれば村人を誘導して安全な場所へと向かわせる。一人で何役もこなすことができ、誰もが彼なしの生活など考えられなかったと言っても過言ではないだろう。
ある日、青年が村の外から魔獣や猛獣が現れやしないか、見張っているところで、一人の人物が村から出ようとしていた。
「…………また森に行くのか?」
「うん。大きな獲物を見つけられたらまた運ぶの手伝ってもらうかも」
髪を一本に結うポニーテールのその人物は、ニコリと笑みを浮かべながら答える。
「…………、お前が加護を受けているのは分かるが、それでもこの間大怪我を負ったばかりだろ……。そう一人で行くもんじゃない。せめて他の男どもを連れていけ」
青年の言葉にその人物はくすくすと笑いながら「それじゃぁ私が足手まといになっちゃうから」と応えた。
「みんなといるのはもちろん楽しいんだけどね、森に入る時くらいは一人でいる方がやっぱり気が楽なんだ。いつも心配かけてごめんね」
「…………お前のところ、もう母親しかいないだろ?お前に何かあったら、誰があの人を支えるんだ」
「大丈夫。あの子たちがついてるから」
「あいつらだっていつ帰ってくるかわからねぇんだぞ」
「大丈夫だよ。みんな私よりもずっと強いからね」
その人物はそう言いながら、青年の横を通り過ぎた。
「それじゃ、行ってくるね?トム。今日は小さな獲物か山菜でも拾ってくるよ。まぁ大きな獲物を見つけたら頼むかもしれないけどね?」
「……ああ、気を付けて行ってこい」
トムは、『彼女』が森の陰で姿が見えなくなるまで、その背中を見送っていた。




