60 大好きなあの娘のために
人族と魔族との和平が実現されてから数年の月日が流れた。歳はとりたくないものだと痛感する。まだ20代だと言うのに、10代の頃の思い出に振り回されてしまい、心の整理が追い付かない。そんな思いをリーゼロッテは抱いていた。
平和になっても剣を手放せない。平和になったのに彼女は剣を手放すことが出来なかった。
平原を駆け、魔物を切り裂きながら前へ前へと進んでいく。デュアンとユランには先にいけと言われ、今隣には誰もいない。
ただ一人だけで、この草原を駆け抜けなければならない。
魔物ばかりのこの草原を。
魔獣も居ないこの草原を。
暫く進むと、悪魔が一対立ちはだかっていた。
「人間とは身勝手なものだ……。平気で人を裏切る……」
「裏切りを唆したのはあなたでしょ!」
リーゼロッテは怒りに任せてその悪魔に怒鳴り付けた。けれども悪魔は動じない。
「何を言うか。裏切ったのは貴様らだ。想起の儀式の存在を知ってからと言うもの、すぐさま魂をないがしろにしているではないか。まるで自分たちが、前世の英霊の生まれ変わりとでもあるかのようにふんぞり返り、儀式の恩恵にあずかれぬものを踏みつぶし、挙句の果てには讃えねばならぬ者の居場所まで奪う!!!これは貴様ら人間への天罰である」
最後の一言はまるで彼女に対する憎悪が言葉に乗っているかのようだった。
「悪魔の分際で天を語るな!」
リーゼロッテは怒りを緩めない。全てを壊したその悪魔を赦すわけにはいかない。
「貴様らは我を勝手に悪魔と呼ぶが、我とて元は天の住人。下界でしか過ごすことの出来ない貴様らに言われる筋合いはない」
悪魔は暗黒魔法と神聖魔法を重ね掛けし、リーゼロッテに手を伸ばす。それに触れられまいとリーゼロッテは後ろへと飛び退いた。
リーゼロッテは対抗するために白魔術と黒魔術の複合魔術を起動し、剣を強化する。同時に火炎魔術を悪魔に伸ばした。けれども悪魔は炎を手でいなし、消し去ってしまう。
悪魔は嘲笑するようにリーゼロッテに言葉をはいた。
「魔法も使えぬ矮小な人間が我に手を伸ばせると思ったか?偉大なる我が主エルドバ・エ・モルデア様より力を授かったこの我に」
「邪神を崇拝する墮天の分際で粋がりますか!」
「我は悪魔でも墮天でもあらず。アルベルフェティアなり」
「黙れ!アルベルフェティオ!ローザンヌ様の怒りをかって追放された分際でまだ天使を気取るか!」
リーゼロッテの言葉にしかしアルベルフェティオはものともせず、嘲笑気味に言葉を投げる。
「ローザンヌは勝手に神を名乗った罪人。エルドバ・エ・モルデア様の恩恵に授かる気もない者の裁きなど無効」
それから手を差し出しリーゼロッテに魔法をかけようとする。
「エルドバ・エ・モルデア様を侮辱するだけでなく、あまつさえ罪人を神と崇めるなどもはや死を与えることすら生ぬるい」
リーゼロッテの真下には白い魔法陣が張られ、彼女は白い光に包まれる。すぐに動かなかった彼女を見てアルベルフェティオは「口ほどでもないか」と呟く。
暫く光に包まれ、それからゆっくりと晴れていく。
アルベルフェティオはそこではじめて余裕の表情を崩した。
「バカな!あれを受けて無事だと!?」
リーゼロッテ無傷のまま地を立ち、アルベルフェティオを睨み付けていた。
そしてそのまま手をつき出す。
するとアルベルフェティオの真下から魔法陣が現れた。その陣は赤、青、白、黒と色分けされており、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
「んな!?!?!?その魔法を使えるだと!?」
アルベルフェティオはすぐさま離れようとするが、陣の効果で身体を動かすことが出来ない。焦りを隠すことが出来ずリーゼロッテへと攻撃を加えようとする。しかしいつの間にかリーゼロッテは防御魔法を展開しており、さも当然のように防がれてしまう。
「私があの子と一緒に居たと言うこと、忘れてませんか?原理が分からなくても、使うだけなら私にもできます」
アルベルフェティオは焦りを押さえきれず「よせ!」と叫ぶ。
「私ごときに遅れをとるようでは、きっとエルドバ・エ・モルデアとやらも大したことがなさそうですね。二度とこちら側に戻れぬよう遠くへ飛ばして差し上げましょう」
断末魔のように叫ぶアルベルフェティオはまさに暗黒とも言うべき様相の何かに包まれ、消えていった。
辺りは静まり、魔物の影はない。
リーゼロッテはそのまま歩みを再開させ進んでいく。
暫く進めば森が見えてきた。境目の木の一本はいつ頃伐られたものだろうか、切り株となっており、そこに銀髪の若い女性が本を読みながら一人で座っていた。
ある程度近づくと女性は顔をあげリーゼロッテを見る。
「アルベルフェティオ、倒しちゃったんだ」
「ええ。助けに来ました。帰りましょう?」
リーゼロッテの言葉にけれども女性は何も答えない。ただただリーゼロッテを見つめるだけだった。
「娘さんが待ってますよ?」
女性は本を閉じ、切り株の上に置いて、代わりに立て掛けてあった剣を手にもつ。
「今日はどんな任務でここに来たのかな?」
女性の言葉にリーゼロッテはすぐに答えられなかった。
「分かってるよ?討伐クエストを受けたんだよね?流石はS級ハンター。本当に高いところに行っちゃったなぁ…………」
感慨深そうに言う彼女に対して「まだあなたには敵いません」と返す。その言葉を聞いてただ女性は優しい笑みを浮かべるだけだった。
「行きましょう?もう一度やり直したいの」
「無理だね」
即答されてしまった。
「私はね、あの人のためにハンターになった。あの人のためにと思って辛いことがあっても諦めなかった。あの人のためにと思って魔族とも戦った。あの人のためにと思って和平の仲介も手伝った……………………。でも今は私の想うあの人は居ない」
「娘さんがいますよ?」
リーゼロッテのその言葉にけれども女性は冷ややかな目で見つめ返す。
「あの人に望まれたからあの子を生んだ。でも望んだあの人が居ないなら望まれたあの子も居ない」
「あの子は貴女の実の娘なんですよ!」
「だから?」
女性は嘲笑するように言う。想う人を失い、壊れてしまった彼女は昔のように笑ってくれなかった。
「君と話すことはもうないよ。さあ、討伐クエストを始めようか」
「待って!」
リーゼロッテの制止を聞かず女性が手にした剣を構えた。同時に幾つもの魔法陣を展開する。
「さあ構えて、リズ」
「お願い!待ってよ!」
魔法陣の効果で周囲が徐々に白い光に包まれる。
「仕事はちゃんとこなさないとハンター失格だよ?」
「話を聞いてよ!レッドネックううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その日受けたリーゼロッテの……………………。
そして最後に受けることとなった討伐クエストの対象は……………………。
A級パーティー『◆◆◆◆て◆◆◆◆リ◆』最後の、そして元メンバーであり……………………。
◆◆◆エ◆◆村の村人……………………。
そして、邪教徒◆◆◆◆◆◆の生き残り……………………。
一度もリーゼロッテに本名を教えず、彼女の親友をやめてしまった元少女……………………。
ただの田舎者だった…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。




