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59 よくわからないもの

ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ。


突然の唸り声に、喧騒がやむ。乱闘していたBクラスとDクラス生徒たちもそれを見て楽しみ煽っていた他の生徒たちも。()()()()()()()()()()()()も揃って。


ゲイルはミリーに風魔法をかけた男子生徒を追おうとしたが、全く別の生徒に絡まれ殴り合いをしている最中だった。突然の謎の唸り声 (のようなもの) に、男子生徒と互いに胸ぐらをつかみあったまま声の主の方へと目をやる。


「……なんかいる」


そうぼそりと呟いた。


ゲイルの言う通り、なんかいた。なんか、と言っているのは具体的にその形状を表現しづらいからである。なんか黒かった。オーラっぽいものも見える。なんとなく禍々しいのは分かる。海中にいるイソギンチャクのように触手をゆらゆらと動かしている。


「いやあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


女子生徒の悲鳴を皮切りに阿鼻叫喚となりながら、皆がこの場から離れようと逃げ出す。ゲイルが掴んでいた生徒もゲイルを押しのけて逃げ出した。


「ミ、ミリー!」


ミリーの存在を思い出し、慌てて闘技場の中に入る。ミリーはさっきまで戦っていた男子生徒に支えられていた。





一方教員たちはモルゼオを抑え込みながら、呆然とその何かを見上げていた。


「ほらまた……。モルゼオが邪魔するから……」


学園長が頭を抱えて呟く。


Cクラスの生徒たちが何やら動き出したとき、何かやらかすと察知して、教員たちが止めに入ろうとした。ところがその行く手を遮ったのがモルゼオだった。


目をキラキラさせた彼はただ一言。






「ここで止めるなんてとんでもない!」






好奇心の方に火が付いたらしかった。


「…………研究室にいるはずのルーカスとバルトを呼んできてくれ」


学園長の言葉にクランが走り出す。


「では、残った我々でとりあえず時間稼ぎをしよう…………」


「それはやめておいた方がいいだろうな」


学園長の言葉にモルゼオが遮る。


「魔王レーノと姫騎士リズがすでに向かっているようだ。巻き込まれるぞ」


その言葉に皆足が(すく)んでしまった。


「いや、モルゼオが邪魔したからだろうに!」


学園長の怒鳴り声にモルゼオは澄ました顔で流していた。




「おお!これはいかにも強そうな!これで僕たちは魔王レーノ、姫騎士リズ、王宮騎士団長に勝てる!」


オズベルトの声にCクラスの生徒たちが雄叫びを上げる。


そこへグルアーノがちょうど駆け寄ってきた。


「……遅かったか」


辿り着いたころにはよく分からない何かが既におり、ゆらゆらと体をくねらせていた。体長は建物5階建ての高さくらいか?幅も教室の3つくらいは収まりそうだ。


「おまえら……。自分たちが何をしたのか分かっているのか……?」


グルアーノに問われたオズベルトはきょとんとした顔で応える。


「君たちに勝つために召喚を行っただけだけど?」


どうやら天然らしい。グルアーノは思わず頭を抱える。


「分かった。これの相手は俺がするからおまえたちはそこら辺に転がっている生徒を抱えて外へ出てってくれ。邪魔だ」


「何を言うんだ!決着はついてない!勝負はこれからだ!」


オズベルトの言葉に、こいつらはCクラスだと思い出す。


研究だの知的好奇心だのを満たすためなら校舎を破壊するなど造作もない連中。それが今回造作もなく()()()()()()()()()を呼び寄せたのだ。


「……おまえたちの勝ちでいい。これを召喚された時点で俺の負けだ。どうせ戻し方は分かっていないんだろ?後片付けはしてやるから先に帰っててくれ。他の生徒たちの回収も忘れずにな」


オズベルトはその言葉を聞き、呆然としてから肩を震わせる。


「魔王レーノに勝ったぞ!」


Cクラスの生徒たちが再び雄叫びを上げた。


「残るは姫騎士リズと王宮騎士団長のみ!このまま突き進むぞ!」


理解度が低い。というか空気が読めてない。たぶんゲイルの方がマシ。


グルアーノはあからさまにため息を吐き、「二人とも棄権したからさっさと帰ってくれ」と諭す。棄権も何もこうなったら中止なのだが、そう言い回した方が素直に帰ってくれる気がして、そう口にした。


グルアーノの感じた通り、オズベルトは「我々の勝利だー!」と叫ぶ。


それからグルアーノの指示通り、疲れ切って、あるいは負傷して倒れたままの生徒たちを回収し、帰っていった。


「…………。最初から素直に帰ってくれ」


疲れた表情を見せながらも、よくわからないものを睨みつける。おそらくまだ、動けないのだろう。そのうちに処理をしなければ。そう思っていたところで、ちょうどネルカが持ち込んだ武器を持ってきた。


「グルアーノ!これ、どうにか出来そう?」


自分の槍を受け取りながら「どうにかするしかあるまい」と呟く。


「……さて。戦力は俺たち二人だけだ。どういう訳か教師どもがこっちに来ない」


「なんだかジャルマが先生たちに押さえつけられてるんだけど…………」


グルアーノはモルゼオの癖について知らないが、ネルカは以前、彼の口から「出し惜しみは研究者の心臓に悪い」と言っているのを聞いたことがあるので、もしかしてCクラスの召喚の邪魔をされないように邪魔してたんじゃないかな、と察しのいいことを考えていた。


とはいえ、教員たちの助力は期待できない。今この場にいる二人でどうにかするしかない。


「さっきまで戦っていたが、疲れの方は大丈夫か?」


「補助魔法使ったからね。今のところは大丈夫」


「……リーゼロッテと共闘することになるとはな」


「ん?レーノ?自分が足引っ張りそうで心配かな?」


「足を引っ張るのはおまえの方だろ」


互いにからかいながらよくわからないものに対して武器を構えた。よくわからないものは体をくねらせるのを止めた。そして触手のようなものを二人に目がけて突き刺す。二人は瞬時に飛び避けた。地面はえぐれなかった。


「なるほどな。()()()()()()()()か」


「打撃は当たらないかな?」


よくわからないものは目には映っているが実体としてはないようだ。


「あれに当たるのはかえってまずいな。おそらく魂に直接傷を入れるだろう」


「だったらどうする?こっちから攻撃できない。向こうの攻撃は受けちゃいけない」


するとグルアーノはにやりと笑みを浮かべて「魔法を使って武器を強化する」と言った。




グルアーノとネルカが武器の強化を図り、よくわからないものと戦っている傍ら、ゲイルはミリーのところによっていた。


「ミリー大丈夫か!?」


ミリーは顔を上げて「ゲイル様」と呟いた。


「申し訳ありません。みっともない姿をお見せして」


「何言ってんだよ。いい戦いだったぞ?兄ちゃん鼻が高い!」


すぐ傍で化け物がいるにもかかわらずふんぞり返って胸を張るゲイル。


ミリーはその姿にクスクスと苦笑を漏らしていた。


ミリーのそばにいたノモンはというと、突然のゲイルの登場に緊張していた。以前、Dクラスでの騒動で一方的に殴った後、それを王宮で叱られたのだ。警戒するなと言う方が無理である。


何を言われるかと構えていると。


「ミリーの面倒見てくれてありがとな!いい戦いだったぞ!」


まさか謝辞を述べられるとは思わず、虚を突かれた。以前の騒動についてゲイルは一切記憶がないのだから、ゲイルとしては対応が普通だが、逆にノモンは記憶が残っているから困惑するのも無理はない。


「とりあえずここを離れよう。リズたちが戦い始めてる。巻き込まれる前に逃げよう」


ゲイルに諭され、一緒にミリーを肩で抱えて闘技場の外へと向かう。


振り返れば、ネルカとグルアーノがよくわからないものと熾烈な争いを繰り広げている。


「しっかし。教師どもは何やってんだ?モルゼオの奴なんか取り押さえられてるぞ?」


ゲイルは目に入る教師の集団に苦言を呈した。


なぜ参加しない?教師だろ?あと、モルゼオ、おまえはなぜそんなに目をキラキラさせているんだ?と。


「ネルカ様とグルアーノ様が止めに入っているのです。下手に参入すれば、無事では済まないと考えたのかもしれません」


ミリーが教師たちのフォローをする。教師思いのいい子である。


「それよりもあれは何なんだよ……?」


ゆっくりと前に進みながらもノモンが疑問を述べる。


「先ほど、グルアーノ様が邪神の類の召喚ではないかとおっしゃってました」


その言葉にゲイルとノモンが一緒に振り向く。


「言われてみればそう見えなくもない……」


「邪神召喚するって、あいつらなにもんだよ……」


当事者であるはずのCクラスの面々は既に負傷者の回収を終え姿が見えない。後始末を700年前の有名人に任せっきりとはいい度胸をしてる。流石のゲイルもそんなことはしない。そもそもその手のものを呼びつけるほど才能も何もないのだが……。


「そういえば、今日のミリー表情が柔らかいな。いつもそうだといいのに」


ゲイルにそう言われてミリーはハッとなった。


「……どんな表情してましたか?」


「楽しそう」


するとミリーが恥ずかしそうに俯いた。その姿を見てノモンは慌てて目を逸らす。ふと自分は今ミリーに惚れているのだと気づき、耳を真っ赤にする。


「……すみません。頭が回らなくて」


「何謝ってんだよ。楽しかったんなら楽しかったことにだけ頭回して笑えばいいだろ?あ、今兄ちゃんいいこと言った」


ゲイルは笑いながらついでに余計なことを言う。


ミリーは恥ずかしげにうつむいたまま「違います」とだけ言う。ノモンも相変わらず、ミリーの顔を見れずに落ち着かないようだった。


だから二人は気づかなかった。後ろから迫りくるものに。


ドンと二人は横へと吹き飛ばされ、地面に倒れこむ。一瞬何が起きているのか理解できなかった。


慌てて顔を上げる。


二人は目に入ったものに呆然としていた。


何も言うことができなかった。


理解が追い付かなかった。


誰かが叫ぶ声が聞こえる。


ネルカの声だろうか?


やっとの思いで目に入ったものに呟く。


「ゲイル様?」


目の前ではよくわからないものの触手に胸を貫かれ、目から光を失ったゲイルがいた。

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