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39 歩く百科全書 in 図書館

ゲイルがモルゼオの研究会に参加している時、ミリーは図書館で本を読んで過ごしていた。あまり私服を持っていない彼女は、ほかの生徒と違い、土曜日であっても制服で過ごしている。先日、突然マクロウニ王子からの呼び出しを受ける機会があったが、そういうときのために、汚すことが無いよう私服では過ごさないように心がけていた。


ミリーは一人で過ごしているが、一人ではない。すぐ近くに図書館の職員がついているからだ。


ゲイルと一緒に居る時、職員はついてこないが、ゲイルがそばにいない時は職員がミリーと一緒に館内を動き回る。入学したときからそうだった。


その理由は、奴隷であるミリーへのいじめの余波で貴重な図書が破損してしまうのを防ぐべく、いじめっ子をミリーに近づけないためだ。別に図書館職員自身がミリーを信用していないわけではない。


最初こそ慣れはしなかったものの、職員がそばにいてくれれば本を読む邪魔をする生徒たちは来ないので、慣れてしまえばある意味で落ち着く。


勿論館内は私語厳禁であるし、特に話題はないので職員たちと話すことは無いけれども、ほぼ毎日通っている為、一ヶ月が経つ前にすっかり顔なじみになってしまっている。


図書館で本を読んでいると、しばしば視線を感じる。周囲の生徒たちがミリーのことを見ているからだ。ただ、昔に比べて侮蔑の視線は減っている。昔は侮蔑がほとんどだった。けれどもここ最近は好奇心に満ちた視線が半分、侮蔑でも好奇心でもない視線が半分で、侮蔑はほとんど感じられない。


恐らくゲイルが暴れたことによるものだろうとミリーは考えていた。前世が農民で取り柄の無い公爵家のバカ息子。そんな彼を敵に回した生徒たちが王宮に連れられ罰を受けた。要約すればそういう話になる。


そこに尾ひれがついて、ゲイルに対する評価が大きく変わった。しかも複数ある。バカ息子を演じているだけで実はやり手。バカだけど後ろ盾に凄いのが居るから権力がある。ゲイルこそが王族の後ろ盾である。姫騎士リズに忠誠を誓わせた。王女と婚約を結んだなどなど。


……………………。


変な尾ひれがついてないか?


とはいえ、当のゲイル自身が当日のことを覚えていない、との話も伝わっているので、どれが正しいか、みたいなことにはならず、ゲイル自身の噂については徐々に減っている。それでもゲイルと敵対するようなことはやめようとの空気になっている。


ただ、そもそも王宮送りになった生徒たちがなぜゲイルと対立したのか、との理由については尾ひれがそんなにつかなかった。




王宮送りになった生徒たちがフォアワード侯爵家の奴隷ミリーに手を出したから。




実際に事実である。むしろ尾ひれがついたのは、なぜミリーに手を出すとゲイルと対立することになるのか、の理由。


野次馬が居るなか、ゲイルはDクラスの生徒たちに対しては、ミリーのことを侯爵家の未来の令嬢と言った。だから怒っていると言った。同時にモルゼオに対しては、ミリーのことを侯爵家の未来の女と言った。だから怒っていると言った。


ゲイルの中でこの二つのセリフの意味は同じらしい。けれど、他の人なら違って聞こえるだろう。


大半の人は、前者のセリフからミリーを妹として迎えることを宣言しているものと考え、後者のセリフからミリーを妻として迎えることを宣言しているものと考える。当然だ。


ファーノが言うには今半数近くの生徒の間で後者の解釈が広まっているそうだ。それもあってか侮蔑の視線が大きく減り、好奇心に満ちた視線と侮蔑でも好奇心でもない視線が増えているらしい。


まあ当然だろう。侯爵家の一人息子が奴隷の女を将来妻として迎えると聞けば、それがどんな女のか興味を持つだろう。ただ、もう半分の視線の意味がよく理解できなかった。侮蔑でも好奇心でもなければそこにどんな意味を持つだろうか?


けれども、ミリーにとって自分に向けられる視線はさほど重要ではなかった。


それよりも、あの日、心のうちをモルゼオに気づかれてしまったことの方が彼女の気を揉ませていた。あの時、ミリーはゲイルを止めることに必死になって声を大にして叫んでしまっていた。その時に吐いた言葉の中に自分の本心が含まれてしまっていた。他の人にも気づかれたのではないかと思ったら、ネルカとファーノに気づかれてしまった。


(恥ずかしい…………)


それが彼女の心境だった。


くぅー、とお腹の音がなる。時計を見ると昼時だった。目を通していた本を返しに行こうとしたところで近くにいた職員に止められた。


「私が返しておきますから。ご飯に行ってらっしゃい」


ミリーは断ろうとしたが、押し問答になるとかえって迷惑になると考え、素直に本を預けた。


玄関口へと向かう彼女の姿を多くの視線が追いかけていたが、彼女は気づかないふりをしてその場を後にした。






ちなみに、ミリーがその正体に気づかなかった、侮蔑でも好奇心でもない視線について種明かしをしよう。


ゲイルがミリーを妹として迎えるつもりなのか、妻として迎えるつもりなのか。


後者の解釈を取った者たちは、迎えようとするその奴隷がどのような人物なのか好奇な目で見るのは当然だろう。


では、妹として迎え入れるつもりならばどういうことになるか?今でこそ奴隷身分であるが、身分返上はほぼ確実とみられている。そのとき、フォアワード侯爵家のミリー令嬢になることは間違いない。奴隷身分を返上できるほどの実績を持つ侯爵家の令嬢…………。肩書としてはそういうことになる。優良物件だ。そのことに気づいている者たちが侮蔑でも好奇心でもない視線を送っていたのである。


もし平常運転のゲイルが居れば、あるいは残念令嬢ネルカが居れば、その視線を向ける人たちを見て次のように言っただろう。






『ミリー (ちゃん) をエロい目で見てる!』

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