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40 誰かのおかげ

研究日と休養日は学食が空いていない。昼食は寮でならとれるので、ミリーは平民寮に向かった。授業日でなければ、外出許可書をその場で書いて王都に出ることが出来、研究日や休養日には学園外で食事をとるものもいるが、ミリーは奴隷。首輪を嵌めている限り、学園内で保証されている安全を享受できない。ゲイルが傍にいない限り、要らぬトラブルを招く気はなかったので、彼女は一人だけで外に出ることはしない。


寮内の食堂しか空いていないから、昼時には当然混雑している。ただ、外で食事を取りに行く生徒も多いので、席には困りそうになかった。


入り口に入ると、若い女性と目が合う。どのような処分を受けたのか分からないが、前の寮長はいつの間にか居なくなり、今週から新しい寮長が入ってきた。聞くところによるとまだ17歳のどこかの貴族の召し使いだったらしい。彼女はニコリとミリーに微笑み、食事に戻った。どうやら新しい寮長は奴隷のミリーに冷たくあたらないようだ。それがわかり、心なしか安堵する。またゲイルが激怒することはなさそうだと感じて。


配線を受け取り、空いてる席を探しているところで、「ミリーさん」と呼ぶ声が聞こえた。振り向けばファーノが一人で食事をしていた。


「相席どうですか?」


「ありがとうございます。ファーノ様」


ミリーはすっかり仲良くなったファーノの善意を受け取り、相席する。


「そういえば研究日のお昼も休養日のお昼もだいたいこちらで食事をされてるのを見ますけど、ゲイル様とは一緒になさらないのですか?」


もとから丁寧な語り口の娘なのだろう。ファーノは奴隷であるミリーを相手にも口調を崩さなかった。


「はい。私が貴族寮に赴くわけにもまいりませんし、ゲイル様をこちらにお呼びするわけにもまいりませんから」


決して貴族寮に住まないものが貴族寮で食事をとってはならないわけではない。ただ、暗黙のうちに貴族寮に住まないものは貴族寮で食事をとらないことになっている。勿論貴族からのお誘いがあれば、平民が交ざることもあるが、奴隷についてはまだ前例がない。


逆に物好きな貴族が平民寮で食事をとることはよくある。それでも、ミリーからすれば、奴隷である自分に会いにゲイルが訪れることをあまりよくは思わなかった。


「でもお外でなら問題がないのでは?」


ミリーの回答にファーノが質問を投げ掛ける。


「私はあまり持ち合わせがありませんので。ゲイル様のお財布に頼ってしまうのもどうかと……」


ミリーは奴隷としては珍しく、仕送りを貰っている。レーニアリスに向かうときにお金を持たされているし、つい先日、半年分の小切手を受け取った。勿論奴隷なのでミリーは直接小切手を扱うことは出来ないが、ゲイル経由でお金を受け取っている。余計なトラブルに巻き込まれてしまわないように、ロイドとアシュリーは少なめに送っているが、それでも相当な金額が貯まっていた。


なぜかファーノがクスクスと笑う。


「どうかなさいましたか?」


「いえ。普段ゲイル様の前では奴隷としての立場を崩さないのに、ゲイル様のお財布を気にするのがおかしくて……。本当にご自身を奴隷と思われるのなら気にしなくても良いのでは?」


確かにファーノの言う通り、奴隷が主人の持ち合わせを気にするのは妙な話だ。奴隷はあくまでもモノであり、主人が持つ他のモノを気遣うことは普通しない。ゲイルが直接の主人でなくても同じことだ。主人の気まぐれで奴隷に施しを与えられたら素直に受けとるのが流儀である。


思わずミリーは困惑に言葉を詰まらせてしまった。その様子を見てファーノはネルカがミリーに気にかける理由が分かった気がした。


「ミリーさんはなんだかんだ言って自己主張するタイプですよね?」


ファーノに指摘され思わず顔をそらしてしまう。奴隷に自己主張する権利などない。にもかかわらずミリーはゲイルが絡むことについては自然と自己主張する癖があった。


「ミリーさんはゲイル様から困らせて欲しくないんですよね?」


誰に似たのかファーノがからかいの一言を呟いた。思わずミリーは顔を赤くし、ファーノを睨んでしまう。奴隷がしてはならない態度であるが、ファーノはというとその様子を見てクスクスと笑みを浮かべるだけだった。


ちょうど食事を終え、ムスリとした顔つきでミリーが席を立ち上がる。ファーノも慌てて立ち上がり空になった配膳を手にした。


「ごめんなさい。ミリーさんが可愛らしくて」


謝るファーノをよそにミリーはツンとして返事をしない。


ゲイルの前でこそ機嫌の良し悪しで態度を変えはしないが、ファーノやネルカの前では笑みこそ浮かべたことはないものの、機嫌が態度に表れるようになった。それだけ仲が深まったということだろう。パジャマパーティーの成果である。


配膳を返し、入り口の外へと出ようとしたところで、ミリーは男子生徒と身体をぶつけてしまった。


「も、申し訳ありません!」


自分の不注意を自覚したのか慌てた様子で謝罪する。


男子生徒はミリーの首輪を一瞥して、何か言おうと口を開いたが、すぐ思い直し「悪い」とだけ言って通りすぎていった。


その様子にポカンとしてしまう。


「ゲイル様が身体を張っただけのことはありますね」


ファーノの呟きになんとも言えない気持ちになってしまった。自分のことで身体を張り大ケガを負ってしまったゲイル。当の本人はことの経緯について記憶にないが、それでも引け目がないわけではなかった。


そんな彼女の心情に気がつきファーノが言葉をかける。


「ゲイル様のことが大切なんですね?」


思わずコクリと頷いた。


「ここだけの話にしてください。ご主人様やアシュリー様よりも恩を感じる方ですから……」


ホンの少し素直じゃないなと感じたファーノだったが、それを口にするような野暮なことはしなかった。


「私はもう一度図書館に伺います」


「お気をつけて」


ミリーは頭を下げて、寮の玄関へと向かった。


残されたファーノは一度自室に戻り、少しおめかしをする。この後ノエルとアインと王都を散策することになっていた。ネルカは今日は自室で籠りきりになっているそうで参加はしない。ただ、今は様子のおかしいネルカであるが、彼女がいなくとも貴族のノエル達と平民のファーノが一緒に出掛けるほど気を許しあうだけの仲になれたことは大きな貢献だった。

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