34 遠い記憶のこと (プロローグ)
お待たせしました。続編です。
週2 木曜日と月曜日にアップします。
原稿の蓄積状況に応じて週3に増やすかもですが、週1に減らすこともあり得ます。期待しないでください。
それではどうぞお楽しみを♪
ガタゴトと豪華な馬車が街道をゆっくりと進む。その豪華さからやんごとなきお方が乗っているのだと道行く者たちは気づき、頭を下げる。
馬車の中には少女が乗っていた。自分以外に誰も居ない馬車の中で少女は小さく溜息を吐く。その息からは彼女の鬱屈さがにじみ出ていた。
「…………逃げたい」
彼女の名前はリーゼロッテ。ツェッペンハーゲン王国の王女。王位継承権は23位……、いや、腹違いの弟が病気で亡くなり22位に繰り上がった。
上にまだ21人も残っており、王国内で彼女の立場はあまりいいものではない。特に父親である現国王の妾の子とあって、扱いの悪さに拍車をかけていた。
母は王妃の嫉妬から5年前に謀殺された。そんな王妃の夫が彼女に会わせてもらえるわけもなく、永らく自分の父親の顔を見ていない。最近は思い出そうにも記憶にボヤがかかり、忘れてしまったのかと自分自身を嫌いになっていた。母が生きていた頃はたまにではあるが顔を見せに来てくれて笑いかけてもくれたのに……………………。
馬車が止まり、扉が開く。
「リーゼロッテ様。到着しました」
護衛の兵士に声を掛けられ、重い足取りで馬車を出る。王国の北側にあるヴォルゾンの街並みは見渡せば美しく見えるのだが、これから一生ここで暮らすのかと思うとなお鬱屈な気持ちにさせられる。
15歳になったリーゼロッテはこの街の商会に嫁ぐことになっていた。今日は婚約の為の顔合わせ。傍に身寄りの者はいない。父である現国王は彼女が政争に巻き込まれないよう気遣って、平民である商人の家に嫁がせることにした。その父の優しさを彼女は理解している。けれども王宮の中でも虐げられていた彼女からしてみれば、同じ王族なのになぜ自分だけ貴族と婚約を取り結べないのかと不満に思っていた。
「この婚約が決まり、婚姻まで取り結べば、貴方たちと会うこともできなくなるのね…………」
王宮の中でいつもそばにいてくれた護衛の兵士たちにぼそりと呟いたその言葉に、兵士たちは顔を下に向け暗い面持ちになる。きっと縁談はまとまる。まとまってしまえばこれまでの不自由さに加えて、さらに制約が増すことになる。成人しているとはいえ、まだ身体は成長の途上である少女の今後を憂いて兵士たちは歯を噛み締めていた。
「暗いことを言ってごめんなさい。行きましょう」
縁談をするのにリーゼロッテ本人が王族側の代表であるのはいささか妙な話であるが、その状況こそ彼女が王宮で疎まれていることを物語っていた。
その日の縁談は当然ながらまとまった。相手は王族である。信用第一の商会としては、是非とも結びつきが欲しいところ。縁談相手の商会の長男は見目はそれほど良くないが利発だそうで、歳は23の青年だった。
「色々と不安に思うことがあるかもしれませんが、どうぞよろしく」
青年に言われ「こちらこそ」とだけ返事をする。
それから彼女は帰路に就いた。馬車が走り出したところで、不気味な鐘の音がなる。
馬車はすぐさま停止をし、外に居る護衛の兵士たちは慌ただしくなる。
馬車の窓を開け、兵士に尋ねた。
「何事ですか?」
「どうやら魔獣のようです!」
自分がいるこのタイミングで?もしかして王妃の仕業?一瞬そんなことを考えたが、いくら王妃とは言え、魔獣をそそのかすことは出来ない。できるのは精々魔族ぐらいだろう。
「リーゼロッテ様は顔を出さずに中でお待ちください」
兵士のうち幾人かは魔獣がどこから来るのかを確認しに離れていった。リーゼロッテは言われた通り馬車の中で待機する。
どれだけ時間が過ぎただろうか?外も心も騒がしくなる。
突然扉が開き、兵士が慌てた様子でリーゼロッテを引っ張り出す。何事かと思うもされるままで兵士に抱えられた。視界の端には馬車が向かう予定だった方向に魔獣の群れが居て、護衛の兵士たちが応戦するもなぶり殺しにされているのが目に入った。
「ジャロット!エーゲ!アルンハイン!」
まだ生き残って応戦している兵士たちに悲鳴に似た声で呼びかけるも彼らはこちらに振り向いてもくれなかった。リーゼロッテを抱えた兵士は、先ほど縁談をまとめた商会の前すらも横切り、走り続ける。
「アゼット!商会に避難しないのですか!?」
「無理です!あれだけの魔獣、商会すらも蹂躙します!身を守ることもできない!」
見れば抑えきれなかった魔獣の群れが続々と商会の中に入っていく。あの中には今日婚約者となった青年と青年の父親がまだいるはずだった。気乗りしていないとはいえ相手は婚約者。頭が真っ白になり小さな悲鳴しか出せなかった。
街はパニックになり、家の中に逃げ込む者、街の外へと逃げようとする者。中には魔獣のいる方へと走っていく者までもがいた。
横から飛び出してきた人とぶつかり、兵士は倒れこみ、その勢いでリーゼロッテは投げ出される。
地面にぶつかり、今日の縁談のために用意したドレスがボロボロになった。
「痛い…………」
ゆっくりと立ち上がり、アゼットの方を見たところで、彼と彼にぶつかった女性が魔獣の餌食になっていた。抵抗する間もなく。
「あ、アゼット……」
恐怖で身体がすくみ立ち上がれず、這いつくばりながら逃げようとする。
「嫌だ。いやだ……」
目からは自然と涙があふれていた。
前へ前へと進んだところ。目の前で魔獣に押し倒される子供の姿が見えた。それと同時に自分の背中の上に何かが勢いよく乗りかかる。
「がぁっ……」
突然の衝撃に悲鳴とは思えない声が漏れ、動けなくなった。頭だけを横に向けると、首のない鎧があった。それはかつてアゼットだったもの…………。
何も考えられない。何も考えたくない…………。
ふとその鎧が吹き飛ぶ。身体を動かし、仰向けになると目の前に顔が3つあるケルベロスが居た。
暫くの間、ケルベロスと見つめあう。他の魔獣たちはリーゼロッテとケルベロスを避けるように通り過ぎていき、それに合わせて周囲の悲鳴も徐々に遠くへと離れていく。
「ねえ、教えてよ…………」
リーゼロッテは思わずケルベロスに声をかけた。
「どうして私はほかの兄弟のように幸せに暮らせないの……?」
それは、王宮での日々に対するつもりに積もった不満から思わず吐露してしまった想いだった。
母を奪われたこと、父から離されてしまったこと。巡り巡って彼女の心が暗闇の中に落ちていく。
頭の中がぐちゃぐちゃになる中、一歩また一歩と近づいてくるケルベロスに、リーゼロッテは声をかけた。
「あなたは私をどこに連れてってくれるの?天国?それとも地獄?」
ケルベロスはその言葉に答えるわけもなく、足をリーゼロッテの身体に抑えつけた。体重が徐々に加えられ、呼吸するのもつらくなる。意識が徐々に遠のいていく。それでも彼女は一思いにと嗄れた声で叫んだ。
「私はどこに行けばいいのおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
突然何かの液体が身体を覆う。突然のことに視界が完全に塞がり、液体のせいでなお一層呼吸が辛くなる。犬の悲鳴のようなものが聞こえたかと思うと、しばらくして、身体の上に乗っていたものが無くなった。痛みは残るものの呼吸を再開させることができ、顔にかかった液体をぬぐい、顔だけを動かす。視界には首が3つとも全て取れたケルベロスが倒れこんでいた。
「大丈夫?立てる?」
少し幼げの残る声のする方に首を動かすと、女の子だろうか?右手に剣を持った髪の長い人物がリーゼロッテの顔を覗いていた。まだ顔に残っている液体のせいもあるだろうが、日の陰に隠れていて容貌がよく見えない。
少女はリーゼロッテの身体を抱え、立ち上がらせた。ふと、周囲を見ると魔獣と戦う人々の姿が目に入った。
「あなたは…………?」
リーゼロッテの問いかけに少女は満面の笑みを浮かべ、「ハンターをやってるただの田舎者だよ♪」と元気よく軽快に答えた。
まだ魔獣が沢山残っているが、近寄ってくると少女は剣を放り投げ、右手を魔獣のいる方にかざす。よく聞き取れない呪文を吐いたのち、魔法によるものか、魔術によるものか分からないが、見えない壁が出来上がり、それにぶつかった魔獣が地面に転がり込む。
魔獣が怯んだのを確認すると今度は見えない壁を消し、続けて火炎魔術を飛ばした。魔獣たちは突然現れた炎に混乱し、右往左往する。そこへ再び後ろの方から火炎魔術がさらに飛んできて、それと同時に剣や槍を持った人々が魔獣の群れに襲い掛かった。
「うん!これで大丈夫だね!」
少女はそう言って、リーゼロッテをすぐそばの家の壁に寄り掛からせた。
「ありがとう」
「どういたしまして。でも、これが私の仕事だから」
少女はそう言って、けれども武器を持った人たちに混ざることなくリーゼロッテの傍にいた。
「行かないの?」
「君が居るのに行けないなあ〜」
「護ってくれるの?」
「守ってあげたくなるからね!」
少女は周囲を警戒するようにリーゼロッテに背を向けているが、時折見せる横顔には彼女を安心させる笑みが浮かんでいた。
「そうだ!」
少女はふいに振り向き、笑顔のまままっすぐリーゼロッテの目を覗き込む。
「さっきの君の質問に答えてあげる。自分がどこに行けばいいのかってやつ」
少女はリーゼロッテの叫び声を聞いてくれたらしい。リーゼロッテもまっすぐ少女の顔を見る。
「そんなの行きたいところに行けばいいんだよ!どうせ誰かに聞いたってその人にとって都合のいい道しか教えてくれないんだし。そうだ!名前教えてよ!」
グイっと顔を近づけられリーゼロッテは慌てる。
「リ、リーゼロッテ……」
「じゃあ、リズ!私が一緒に行ってあげる!君の生きたい場所に!」
顔を近づけられて、リーゼロッテは少女の容貌を知った。
流れるような黒髪。幼い顔立ち。綺麗な碧の瞳……。そして初めて自分よりも幼い少女に助けてもらえたのだと理解した。
「リズ!これが終わったらどこに行きたい?」
戦場に似つかわしくない呑気な声につられリーゼロッテは答える。
「貴女の向かう場所に……」
少女はキョトンとしてそれから笑った。
「あはは!それじゃあ目的地を決められないね!だったらリズのおうちに行こうか!」
その明るい声につられてリーゼロッテはコクリと頷いてしまった。
「よぉし!じゃあさっさと終わらせてくるね!」
少女は駆け出し、先ほど放り投げた剣を拾う。
「待って!あなたの名前は!?」
少女はくるりと振り向いて、胸を張りながらサムズアップした。
「『ただの田舎者』だよー!よろしくね♪」




