戦車とバターと隊員と。
固い砲座に座りながら昼飯の缶詰とパンを食べていると、戦車が急停止した。
「おい!俺の昼飯返せ!何やってんだ運転手!」
ぎゃあぎゃあ喚くのは左砲座で同じく昼飯にありついていたダイヤだ。パンを落としてしまったらしい。ところがどっこいこの戦時下では落としても三分以内に拾えば大丈夫という三分ルールがあるので落としてもまだセーフだ。
「しかもなんで高級品のバターを塗ったところが下になるんだよ!!あーあ、俺の昼飯がぁー」
「拾えば食えるさ」
親指を立てながら笑う運転手と両手で頭を押さえながら悶絶する右砲座担当のダイヤ。
ここが戦地だとさえ忘れてしまうような気の抜けたやり取りは、音を伝える筒を通してホームにも聞こえているらしく、笑いと共に一時の安らぎを運ぶ。
「そういやなんで停まったの?」
話題を切り替えたダイヤは、不満そうにパンを拾うと、ナイフで表面を削ぎ始めた。バターもったいねー、などと言えるはずもなく、運転手が返答するのを待つ。
「ああ、ここからノスタルガイアの方に少し行くと、町があるんだ。そこで一度補給をしようと思う」
静寂が刹那を満たし。満たされた刹那が一瞬になる。
全員が口を開こうとはしなかった。
理由は反逆者だから。ノスタルガイアの町に行くのは気が進まない。
何もしていないからいきなり撃たれるなんてことは無いと思うが、やはり怖い。
「ああ、いいと思うぞ、その町。昔一回行ったことあるけど酪農が盛んでなあ、バターとかチーズとかうまかったなあ、何より安かった」
『………………………………………………………………』
今の発言を聞いた全員が硬直した。もちろん、ホームにいる奴らもだ。
『バター』それは希少性ゆえに一日に三名までしか食べることの許されない大地の恵み。じゃんけんという食欲の悪魔に身を捧げる儀式を生き延びた者にしか与えられない神の祝福。パンにひと塗りして食べると万の銃弾を跳ね返し、あらゆる危険から身を守ってくっれるという伝説さえある究極の味。
それが安い。イコール大量購入が可能。イコール全隊員がありつける。よし、行こう。
この日、初めて全人類の意見が一致した。
車内は歓喜に沸いた。あるものは抱き合い。あるものは踊り狂い。あるものはクラッカーを鳴らした。
『『『バ・タ・ア!!バ・タ・ア!!バ・タ・ア!!』』』
沸き起こるバターコールとスタンディングオベーション。
町までの距離は五キロ。森を抜ければすぐにたどり着くはずだ。
俺も騒ぎに便乗してガイコツアタマ加湿器と帽子人形のスイッチを入れる。
『っしゃあ!じゃあ行くぜ!!ラトラスの町に!』
深緑の中にエンジン音を轟かせ、道なき道を進む強襲戦車が目指すのはラトラスの町。
鮮やかな希望を胸に、強襲戦車は走り続ける。
ふと、霧が出てきた。
この季節には珍しい、深い霧だ。
『おい、イルド、上に出て偵察してくれ、前が見えねぇ』
運転手のイグナが、座っていたイルドに指示を出した。イルドは壁に掛けてあった双眼鏡とライフルを持って上部ハッチから上に出る。
『ああ、わかった』
『気をつけてな』
『おう』
彼らは三年前の第一期徴兵の時からの付き合いで、共に死線を潜り抜けてきたらしい。それゆえの信頼があって今回の偵察を頼んだのだろう。
運転手用に、前を見るための小さな防弾ガラスの窓があるのだが、それだけでは視界が十分ではない、そこで偵察員の出番というわけだ。もちろん装甲があるわけではないので、危険な任務だ。
『前方クリア、前進を続けてくれ』
『了解』
背筋をヒヤリと冷たい手が撫でる。人の物ではない、死神の手。亡霊の手。もしくは悪魔の手。
三分ほど前進すると、道に出た。
ポツリ。
霧が無くなった代わりに、雨が降り始めた。生暖かい雨が、そっとイルドの双眼鏡を撫でる。
装甲が雨を弾きながら前進を続ける戦車。静寂なる道をただひたすらに進む。
その時。
頭上で1発の銃声が鳴り響いた。
『よっしゃあ‼猪仕留めたぜ‼』
緊迫を打ち破ったイルドの声に、余分な力が抜けていった。
『銃で撃つなよ……ビックリしちまうじゃねぇか……』
『すまんすまん、晩飯が欲しかったもんでな……とりあえず回収したいからホームから6人と、でっかめのナイフくれ、血抜きやるから』
『うーい。おい、聞いたか?動ける者六名は、降りてイルドの所に行ってくれ‼ナイフ忘れるなよ‼晩飯は肉だ‼』
車内が再び賑やかになり、先程の不安はどこかへ押しやる。
歌を歌いながら猪の回収を済ませて再出発。雨も上がり、視界も晴れてきた。
『今度こそ、ラトラス目指して出発!!』
「「「「おう‼」」」」
イグナの呼び掛けに一斉に応じ、再び強襲戦車は前進を開始する。
――――森の奥で、チカリと光が瞬いたのに気が付いた者は誰一人として居なかった。




