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Ⅲ-i 北への道中

 ガタゴトガタゴト、黒い森を三台の馬車が走る。一台目と三台目には護衛の兵士やら魔導師やら世話係やらが乗り込んでいるのだが、真ん中に乗り込んでいるのはなんとも奇妙な顔ぶれで、小柄ながらもしっかり鍛え上げられているのが目に見えてわかる青年と、対照的にひょろりと背が高く不健康に青白い男、それからその魔法使い然とした男同様背が高く、顔色はずっとよい、長年隠居していたはずの大賢者の三人だけだった。そして大賢者の腕には二頭の黒猫が抱かれていた。

 「それにしてもレント殿はすっかり背丈が伸びたのですね。羨ましい限りです。」

青年がそう言うと、レントも懐かしそうに目を細めた。彼は道連れの二人共に顔を知っていた。一人は十年ぶりの懐かしい顔であり、もう一人はつい最近見たあまり合わせたくない顔だった。

「殿下もすっかり大きくなりましたね。シーナ様と悪戯していた頃はシーナ様よりも小さかったくらいですのに。」

「はは、身長でこそ抜かせましたが、姉上は身長なぞ関係なく大きいと感じます。一生敵わないでしょう。」

清々しい笑顔でそう応じるのはシーナの異母弟、ゴンザレス王子だった。王の五子の内末っ子の王子は第二王妃の末っ子でもあり、すなわち執政官の孫であるにも関わらず、一番年が近いからか幼いころよりシーナに連れ回され、今も堂々シーナ派を表明している奇特な人間だった。

 レントが直接一緒に遊んだことはそこまでなかったが、それでもシーナ共々悪ガキをやっていた姿はすぐに思い出せる。一度ならずその悪戯の対象にされていた。

「身の丈なぞ、医療団付魔導師にかかればあっというまに伸びますよ――殿下。」

第三の男、サーヘルが言った。ゴンザレスは気を悪くするでなく、明るく笑った。

「私も昔姉上に対して同じことを言いました。すると『小さいからこそ有利になるものもある』とよく言わたものです。」

「そうですか、殿下は本当にシーナ様贔屓ですな。」

「ええ。」

嫌味に対して清々しいまでの笑顔で応える王子は、末っ子故か、王族・貴族には珍しすぎる気質の持ち主である。レントの腕に抱かれていたカイは素直に好感を抱いた。

 そう、レントの腕に抱かれている二匹の黒猫は、当然ながらアズリルとカイであった。アズリルはともかく、カイもわけがわからぬまま王都でレントの帰りを待つ気にはならず、アズリルに姿を変えてもらい、無理矢理付いてきたのだった。

 王都セイジェンを出る前日の、レントの言葉を思い出しながら、カイはじっとサーヘルを見つめた。

「……十中八九、あいつの狙いは暗殺者だな。」

「え!?」

間抜けな声を出してしまったカイと対照的に、アズリルははっと息をのみ、心配そうにそわそわした。レントはカイに、というよりはそのアズリルに説明してやる。

「使節が交渉に成功して、よしんば民衆の望み通りあいつを連れ戻したとしても、執政官にとって何のメリットもない。国境を超える前に殺してしまえば嫌疑はケパルドにかかる。そうすれば憎悪はケパルドに向き、戦争に発展、あわよくばケパルドの魔物を殲滅。……そうすれば残った目の上のたんこぶの軍部も用済み、となる。」

「え?え?」

カイが話についていけず、間抜けな声を出している間にも、アズリルの眉間の皺は深く刻まれる。

「シーナ様は……そこまで読んで勝負をしかけている?」

「そう、ここで暗殺をしかけさせて逆にうまく捕まえられれば、王族に手をかけようとした罪で執政官を追いつめられる。……ついでに魔帥も追いつめれば、残ったジーノ王子には何の後ろ盾もなし、いつでも簡単に玉座は手に入れられる、ってわけだ。」

「しかしそれは……非常に危険では?」

「ああ。……俺が加わることで余計にな。」

「え!?」

アズリルとカイと、二人ともに驚いて声をあげると、レントは頭を抱えるようにし、眉間の皺も深まった。

「全くもって不本意なことに、世間一般の俺に関する認識は『大魔法使い』だ。……何を言ったところで、今このタイミングで戻ってきた俺が暗殺に加担すると思われることはない。むしろその邪魔をすると考えるだろうな。そんな強敵が相手方にいるとしたら、より狡猾な手段を考えるはずだ。」

「あ……。」

確かにそれは、危険である。アズリルは相変わらず心配そうにそわそわしていた。

「あいつの狙いがわからん……。」

そう呟いたきり、黙りこんで頭を抱えてしまった。

 黒猫の瞳でじっとサーヘルを見つめても、もちろん暗殺方法がわかるはずもなく、ふいっともう一匹の黒猫を観察する。するとチィも同じようにしてサーヘルをじっと見つめていた。思わずカイは笑いたくなる。……同じ弟子同士だからか、思考は似ているらしい。

 と、馬車の揺れが止まった。なんだろう、とそわそわするカイに対し、黒猫歴十年のチィは落ち着いていた。その落ち着きが逆に動物らしくないのだが、シーナの飼い猫黒猫チィはそんなものだと認識されているらしい。ここ数日間、誰も怪しむことはなかった。

 「やあやあやあ、諸君、御苦労さま!」

聞き覚えのある声がしたと思ったら、開いた馬車の扉の向こうに、見覚えのある顔が鋼の鎧をつけた立派な馬にまたがり、完全武装してそこにいた。

「姉上!」「シーナ!」「姫!」

一同が驚いて彼女を見つめると、兜の下から彼女は微笑を返した。

「さあ諸君、ここから先北方の魔物の出る地域になる。大事な客人が襲われぬよう、我らが先導するとしよう。」

見ると、シーナの背後に控えていた、シーナと同様の姿をした兵士たちが、一同に頭を下げて礼をした。……明らかにそれはケパルドの騎兵であり、彼らと同じ姿をしたシーナは完全にそちら側の人間だった。

「にゃあ。」

抗議するように、チィがレントの腕を離れようともがく。レントはわざとなのか無意識なのか、チィを離そうとはしなかった。

「おや、チィを連れてきてくれたのかい?……危ないのにしょうがない奴め。狭いが一番安全な場所に入れてやろう。」

そう言ってシーナは有無を言わさず身振りでレントにチィを要求した。レントは渋々チィを手渡し、チィはシーナが止め具を緩めて余裕のできた鎧の中にすっぽり収まった。満足そうに「みゃあ。」と鳴いているのを確認して、シーナは再び鎧の止め具を締め直す。

「姉上、できましたら私もそちらでご一緒したいのですが……。」

「残念ながら私の胸はチィで定員オーバーだ。」

ゴンザレスは笑って「それは残念。」と言った。するとシーナもにやりと笑い、後ろに控えていた騎兵に目配せした。

「好奇心旺盛なお前のことだ、言うと思ったよ。ガリ、悪いが乗せてやってくれ。」

「承知。では、どうぞ。」

シーナの一番近くに控えていた騎兵が前にずれ、ゴンザレスの乗るスペースを作ってやる。王子は瞳を輝かせて馬に乗りこんだ。

 王子とガリと呼ばれた騎兵が並ぶと、完全武装した王子の鎧が重そうに見える。危険な道中だからと馬車の中で守られる側にありながら、武人として完全武装していたのだが、同じく危険な道中を馬に直接乗ってやってきた連中の方が軽い装備に見えるのだ。その分いかつい馬の装備があるのだが。

 「サーヘルにレント、積もる話は無事“氷の都”に着いてからするとしよう。」

そう言って笑顔を残し、さっさか馬車の戸を閉めて、シーナは行ってしまった。再び馬車がガタゴトと動き出す。

 「姫君は相変わらずですな。レント殿、どう思われます?」

車輪の刻むリズムが心地よいものになってきた頃に、サーヘルが沈黙を破った。レントは躊躇いがちに、しかしはっきりと言った。

「……正直、このままケパルドの王妃に納まるのが一番平和じゃないか?」

「ほう?何故にそう思われるのですかな?」

シーナの敵である目の前の男に、レントは本心からか、ざっくばらんな分析をする。

「まず、交渉の手間が省ける。……姫の代わりになる交渉材料は王子の婿入りが一番だが、残念ながらケパルド側に適当な姫がいない。姫なら第二、第三の妻となればよいが、王子はそうもいかないしな。だがそうなると、ケパルド側との交渉はとても厳しいな……。

 第二に仮に交渉が上手くいったとして、シーナが戻ってくれば再びくだらん王位争いが始まるだけだ。平和に暮らしている民にとって迷惑極まりない。

その民がシーナを望むと言えども、あいつが自らの意思で平和のためにケパルドに残ったとなれば納得するんじゃないか?実際大分気性に合ってるらしいしな。」

「そう……それが最大の問題なのですよ。」

険しい顔でぼそりと呟くサーヘルに、レントとカイは驚いた。シーナの気性がケパルドに合っているのなら、いっそ執政官方にとっては都合よいくらいではなかろうか。

「シーナの気性が合っているのならケパルドに放逐するのにも都合よいではないか。」

「ええ、しかしながら姫君が選んだのはケパルド、魔法の利かぬ北方の魔物を操る野蛮な国というのが問題なのです。余所者として扱われているのならまだしも、自ら隊を引き連れるだけの力は持っている。……正直、姫君を過小評価しておりましたな。これではケパルドを利用して王国を乗っ取ろうと考えていてもおかしくはない。」

「は、あいつが!?」

レントにとって、それは笑ってしまうような想像であったが、同時に、確かにそう見えなくもないと気付いた。……というより、シーナは明らかにそう演出するために、わざわざ危険な地域まで一行を出迎えに来たのだろう。自分を、このままケパルドに置いておくのは危険なのだ、と執政官方の人間に思わせるために。

 レントにしてみれば、いくらシーナとて北方の魔物を駆り出せば当然戦うことになる、以前の味方を敵に回したくないだろうと思う。魔法の利かぬ魔物故、兵器として扱われる魔導師たちはこの場合てんで役立たず、当然駆り出されるのは普通の兵士たちになる。シーナとてそこまで非情でない……とレントは信じている……というか信じたい。

「いくらあいつでも、それはしないだろ。」

殆ど出ていない、少々の疑い。ここ一年寝食共にしたカイでさえ、わずかにしか嗅ぎ取れなかった疑い。――それでもサーヘルは、その疑いをかぎ取ったのか、口の端をあげた。

「本当に、そうですかな?――姫君がその乳兄弟を殺していたとしても?」

「え――?」

いや、殺すも何も、アズリルは生きているのだから、これは単なる揺さぶりだとカイにでさえわかった。しかしそんな事実知らないサーヘルは、さらに揺さぶりをかける。

「あなた様とシーナ様、その三人でよく遊んだそうですな。あなた様が行方を眩ました直後、何故か一人で森の中に行き、崖の上から湖に落ちて死亡。」

「シーナが殺す理由がないが――。」

サーヘルにとって思いの他冷静にレントが突っ込んでも、サーヘルは特に動揺しなかった。……していたのかもしれなかったが、さすがと言うべきか、微塵も見えず、口の端をあげたまま続ける。

「本当に、そうですかな?――たとえば、当時何の後ろ盾もなかった姫君が見つけた強大な力を取り戻すため、とか?」

「強大な、力――?」

「おや、ご自覚がないのですな。――あなた様ですよ。」

「俺――?」

思わず、レントは笑ってしまうところだった。――だが、笑えなかった。レントの腕の中の黒猫が、不思議そうに凍りついたレントの顔を見上げる。

 一方、レントの笑えない理由を誤解したサーヘルの言葉が、止まったレントの脳みそに響く。

「三人いた幼馴染、絶対の味方になりうる二人の内、一人は強大な力を秘めているものの、残ったのはもう一人の何の力もない方。――しかしその何の力もない方でさえ、死ねばあなたを呼び戻すのには、役立つかもしれない――。」

「――は、最低だな。」

凍りついた表情で、嫌悪を顕わにしてレントは言った。……下からその表情を見上げていた黒猫は、その嫌悪は目の前の男と、先ほど扉を開けた彼女と、どちらに向けられているのだろうといぶかしんだ。

 サーヘルは、その言葉を否定するでなく、相変わらず口の端を歪ませたまま応える。

「ええ、最低ですね。……まあこれはあなた様もご察しの通り想像に過ぎませんが、想像するに足る根拠はあるのですよ。」

「何……!?」

実際アズリルが生きているのに根拠も何もないだろ、と内心カイは突っ込んでいたが、レントの顔は笑っていなかった。

 一息吸うと、サーヘルは口を開いた。

「シグロ、という名をご存じですかな?」

どこかで聞いたような名だな、とカイが思っていると、師匠が答えを出してくれた。

「昔一時的に魔帥に籍を置きながらも、追い出されシェーハザード様方についた魔導師か――。」

アズリルの師匠!!と合点がいくと同時に、どうしてその名がここで出てくるのかカイは不審に思った。

「ええ。……随分他人行儀なものですね。面識があるものと思っておりましたが……。」

「?いや、そうでもないが。」

「……まあいいでしょう。――彼もまた、あなた様が都を出てから数日後、死んでいるのですよ。」

「え!!」

アズリルは、知らなかったのだろうか。……知らなかったのだろう。だからこそ真っ先に師の家へ飛んだのだ。しかしそこには、シーナの手配で案内人がいた。その事実の意味するところは……。

「そいつも、シーナが殺したと?」

少なくとも、シーナは彼の死を知っていた。それなのに、唯一の弟子にそのことを知らせていなかった。

「昔のことで探すのに苦労しましたが、証人がいるんですよ。……シーナ様づきの筆頭女官そっくりの人物が、彼の死ぬ直前そこを訪れていたと。」

「!!」

レントの表情が、完全に凍りついた。黒猫は心配そうにその顔を見やる。

 サーヘルの言葉が事実だとして、シーナがその男を殺したという証拠にはならないとカイは思った。カイには動機もわからない。……だがレントは、思い当る節があるのか黙りこくってしまった。

「……姫君は、目的のためなら手段を選ばない方です。そんな人物がケパルドで権力を握ったらどうなるでしょうな。」

「それは……。」

「……交渉がうまくゆき、姫君を連れ戻したところでまた不毛な争いが起こるだけ。巻き込まれるのは何の力もない民たちです。……ならばいっそ、お母君の元へ送ってさしあげるのが民のためだとは思いませぬか。」

はっと、黒猫の目が見開き、サーヘルを見つめる。……とうとう尻尾を出したわけだ。

 だがレントは、そんなことに気づいていないほど動揺しているのか、凍りついた表情のまま頭を振った。

「……考えさせてくれ。」

黒猫は再び驚き見開いた目で抱える腕の主を見上げたが、彼の瞳に黒猫は映らない。長身の魔法使いは、歪ませた口の端を下げた頭で隠して「御意。」と頷いたのだった。

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