第三章 capter-1 麦踏
「ふぅ……」
イフットたちには大浴場に行ってくると言い残し、風呂の暖簾をくぐる。
どうやら看板を見ると、ここは汲み上げた温泉らしい。人気もどうやら、今日はあまりないようだった。
頭を洗ってさっぱりさせると、すーっと空気が通るような感じがする。
こんな異国にきてまで闘うだなんて、来た時は思ってもいなかった。
あの学校自体は……悪くはなかったが。
しかし思い返せば、蕨に最後に言われたあの呪いのような言葉だけは気になった。
「あんたの……力の元は結局は暗黒。結局は我々妖魔と変わらないのさ、私には分かる」
そう反芻するように、口に出してみる。
一体どんな意味があるというのだ。俺のエネルギー……エンチャントナックルとかプロテクション・ハードスティールとかああいうものは妖魔と本質が同じなのか?
そこまで考えて、魔法そのものではなく自分の力の起源に思考を向ける。
俺の力がブーストされたのは、確か前の大会のときに黒岩田を強く憎んだからだと自分では記憶している。
とすればあの妖魔の力も、人を強く憎んで得られたものなのか。
自らが追放されたことで朝廷を憎み、手に入れたものがあの妖魔の体なのか?
だとしたら、俺と蕨はそう変わらないものだったのか……。
……後味が悪い。考えていると、色々気になってくる。
胸の奥がつかえてくるようで、空しさも沸いてきた。
「おい、どうした? なんだか思いつめていてよぉ」
「……っ!」
いつの間にか頭をつつかれて、振り返る。
そこには桶と酒のセットを持ち込んだ、ニリーツがいた。
「お前、アルヴァレッタはいいのか? それに……」
振り向きざまにそう言うと、あっちはあっちで時間潰して来いって言ってたからなぁと言う。
「……何かあったんだろ?」
ニリーツは徳利を高いところに置き身体を洗いだす。
「まぁな」
須賀谷はそう返事をしながら移動すると、湯船に入り打たせ湯のところで一息を大きく吐いた。
「……ま、一杯やろうや」
暫くして打たせ湯から出たところでそう言いながら、ニリーツが桶を浮かべつつも酒を差し出してくる。
「大丈夫なのかよ」
いや、年齢的にポーションならまだしも。
「この国は14から大人扱いをされるそうでな、俺ら外人でも17だから酒を飲めるんだ。法律の違いって奴だよ」
するとニリーツは、ちっちっと舌を鳴らした。
「そうか……貰おう」
お猪口を頂き、口をつける。
すーっとした口当たりが胃まで届き、いい気分になった。
「……ふぅ」
湯船からはもうもうと湯気が立っている。
「これは米の酒か」
あぁ、アルコール濃度はそれ程でもないって聞いてな。いいもんだろ?」
「……確かに清涼感があるな、ありがとう」
軽く礼を言う。
「そういや腰を落ち着けて話はあんまりしなかったがよ、……色々とどうなんだ?」
するとニリーツが、話を変えてきた。
「どういった意味でだ?」
「生活していく上でだ。……おぉ、ありがとう」
ニリーツがお猪口を持ったので、徳利から注いでやる。
「イフットとのことか? 俺は順調だが…… お前のほうもアルヴァレッタに関しては大変なんだろ?」
「……まぁな。そういう事をいうとあいつすぐに叩くもんな。根はとってもいい子なんだが……中々人前じゃそういう地を出すのを嫌うのが悲しいわ」
「……それはお前にだけにしか、本音を見せたくないという事じゃないのか?」
笑いつつも須賀谷は、ニリーツに問いかける。
「そういうもんかねぇ……」
がりがりと顎を左手の人差し指でかきつつも、右手に収めたお猪口からニリーツは酒を飲んだ。
「ふぅ……恋愛沙汰ってのは難しいねぇ」
「……お互い様だ」
笑いあいながらも二杯目を口にする。
なんだかさっきまでの悩みが、少し気がまぎれた感じがする。
「おー、大きい(浴場)だねー」
ふと、壁越しにイフットの声が聞こえる。
「あまりはしゃぐなよ、転ぶぞ」
順はそう注意するが、心なしか声が浮ついている。
「いい感じだねー」
アルヴァレッタも、楽しそうだ。
「……見に行くか?」
ニリーツが横を向いてくる。
「やめとけ、順にバラバラにされるぞ」
冗談ではあるだろうが心配なのですぐさま否定してやった。
「……そうだな」
二人はそのまま、深く息を吐いた。
「まぁアルヴァレッタの裸なんざみなれてるし……がっ!」
それからそう調子に乗ってニリーツが言った瞬間、上空から桶が降ってきて奴の前頭部に直撃する。
見えない射角でよくもまぁこうピンポイントで投げられるものだな。
「あぁ……痛そうだな。大丈夫か?」
「マジで痛い、死ぬ」
額から煙を出しつつもニリーツは、ぴくぴくと震えていた。
「ったく、あれだからあのアホは……帰ったらボコらなきゃ」
一方女湯。見事な一撃を決めたアルヴァレッタは、ふんと鼻息を荒くしている。
「それにしてもよく当てられるねぇ……やっぱりいる場所とか大体で分かるの?」
イフットはそう関心しながら、拍手をした。
「ん、100m以内だったらなんとかなるかな。あんまり遠くだと難しいけど近くならなんとかなるよ」
アルヴァレッタは言う。
「あぁ、だから大会の時連携が取れてたんだ……と、ごめんね、あの時は」
「いやいや、気にしてないよ。私もニリーツも鍛錬不足だったからさ。帰ったらちょっと二人でトレーニングしようと思うんだ」
アルヴァレッタはそれに対して首を振り、もう元気だからさ、と言った。
「……」
順はそこで、腕組みをしながら黙っている。
「ん、どうしたん?」
アルヴァレッタは順に向かい訊ねる。
「いや、気にすることではない。ただ……少し気になることがあっただけだ。ナトリウム温泉か」
「冷え性に効くんだってねー」
「そうか、それは助かるな」
「私は冷えない体質だからなんだかよく分からないけど……ねんざとかにも効くのは嬉しいね、美肌の温泉はないのかな?」
イフットは横を見回し、色々な看板を眺めていた。




