くず鉄拾いの十七歳
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屑鉄の丘――そう呼ばれている場所が、レイラインの近くにある。
丘といっても、土が盛り上がってできたものではない。旧文明の建物や機械が崩れ、長い年月をかけてくず鉄や瓦礫が積み重なった山だ。町の北西、干上がった貯水池から少し離れたところにあって、昔は巨大なごみ捨て場だったらしい。入口のあたりでも二、三メートルほどのくず鉄の壁があちこちにそびえ、その間を細い道が縫うように続いている。ちょっとした迷路だ。
奥には高濃度の汚染だまりがあって、それに阻まれるのか、手前まで強いモンスターが出てくることはあまりない。出てくるのは大ネズミや小型の変異生物くらいだ。ただ、そのさらに奥には、汚染などものともしない強力なモンスターがいるという。もちろん僕には関係ない。そんなところまで行くつもりは、これっぽっちもない。
今日も入口近くにしゃがみ込んで、くず鉄を拾う。錆びた板、曲がった棒、壊れた機械の部品。指先で一つずつ確かめていく。同じ鉄でも、錆が芯まで回ったものは二束三文にしかならないし、銅の線が残っていれば少しはましになる。旧文明の部品で形が崩れていないものなら修理工場の親方が買い取ってくれることもあるけれど、そんなものはこの辺りではとっくに拾い尽くされていて、めったに出てこない。町の人間が何十年、もしかしたら百年以上も歩き回ってきた場所だ。残っているのは、誰も拾わなかったものばかりだった。
入口でごみを漁っているのは、僕だけではない。日銭に困った宿場の下働きや、畑の手が空いた年寄りが、ちょくちょく顔を見せる。でも、本気で奥まで入って旧文明の掘り出し物を探そうという人はいない。汚染だまりをよけながら崩れかけた迷路を何日も歩いて、何年もかけてようやく売れるものが一つ見つかるかどうか。それで命を落とすこともあるのだから、大人たちが口を揃えて割に合わないと言うのも当然だった。しょせんは昔の人のごみ捨て場だ。宝を探すなら、旧文明の軍の施設や町の跡がほかにいくらでもあるし、ハンターだってこんなところには用がない。
入口の区画のいちばん奥まで行くと、くず鉄の壁の切れ目から、汚染だまりの縁が覗く場所がある。地面が濡れたように黒ずんでいて、そこから先は草一本生えていない。近寄りすぎなければ平気だというのが町の人たちの言い分で、そのせいか、縁の手前のくず鉄には、まだあまり人の手がついていなかった。
今日は、畑の年寄りが一人、僕より先にそこで屈んでいた。しばらくすると、年寄りはこめかみを押さえて立ち上がった。
「だめだ。頭が割れそうだ」
顔をしかめたまま、ふらつく足で入口の方へ引き返していく。ここで頭が痛くなって帰る人は珍しくない。長くいると吐く人もいる。
その背中が壁の向こうへ消えるのを見送ってから、僕は年寄りがいた場所にしゃがんだ。頭は痛くない。いつも痛くならない。何年もここへ通っているうちに、慣れてしまったんだと思う。鈍いのも、たまには役に立つ。
年寄りが手をつけかけていた鉄くずの山を崩すと、銅の線が少しだけ絡みついた部品が出てきた。口の端が勝手に上がって、上がってから、ちょっと嫌な気分になった。人の頭痛のおかげで得をして、にやにやしている。それでも部品は、ちゃんと袋に入れた。
太陽が真上に来る頃には、背中の袋がずしりと重くなる。重いのに、中身のほとんどは値の付かない錆の塊だ。それでも手ぶらで帰るよりはいい。袋の口を縛り直して額の汗を拭うと、手の甲がざらりとした。指はどこもかしこも細かい傷だらけで、錆の色が皮膚の皺にまで染み込んで、洗っても取れない。
昼になると、いつものようにくず鉄の山の一つに登って、少しだけ休む。錆びた鉄板の上に腰を下ろし、水筒の水を一口だけ飲む。二口目を飲みたくて喉が鳴ったけれど、帰り道の分を考えて栓を閉めた。ここからは、荒野がよく見える。
乾いた土と岩ばかりの大地が、どこまでも続いている。ところどころに、旧文明の残骸が突き出している。根元から折れた巨大な塔。途中で千切れたまま宙に突き出した、橋だったらしい何か。半分砂に埋もれた、家よりも大きな鉄の箱。地平線の近くには、地面そのものが大きくえぐれたような窪地も見える。何がどうなれば地面があんなふうになるのか、僕には見当もつかない。
町を東西に貫く古い堤も、その上を通る大通りの、ひび割れては継ぎはぎされる道路も、旧文明の人たちが造ったものだ。僕たちは今も、昔の人たちが残したものの上で暮らしている。昔の人たちが捨てたものを拾っては売り、それでどうにか食いつないでいる。
昔、世界は一度終わったのだという。
大人たちはそれを「世界終焉」と呼ぶ。けれど、何があったのかをちゃんと知っている人はいない。孤児院でイトマール先生が話してくれたのも、昔話のようなものだけだった。空から大きな星が落ちてきて、空も大地も燃えて、たくさんの国がいっぺんになくなった。生き残った獣や草木、機械までもがおかしな姿に変わり、それがモンスターになった。人間の中にも、そうなってしまった者がいたらしい。そんな話だ。
宿場に泊まる商人たちは、旧文明の人たちが自分で造った兵器で世界を焼いたのだと言う。ハンターたちは、昔の人間は空を飛ぶ船や、考えて嗋る機械まで持っていたのだと言う。どれが本当なのかは分からない。たぶん、もう誰にも分からないのだろう。どれくらい昔のことなのかさえ、今では数える人もいない。
分かっているのは、世界がもうぼろぼろだということだけだ。町と町の間には、何日も何もない荒野が続いている。その荒野にはモンスターがいて、汚染だまりがあって、人間はその隙間に、しがみつくようにして暮らしている。
足元の錆の隙間を、指ほどの虫が這っていく。くず鉄をひっくり返せば、太った芋虫のような大ミミズがのたくっている。いくら育っても何にもならない、ただでかいだけの虫だ。屑鉄の丘の入口あたりは、そういう弱い生き物ばかりが寄り集まって暮らしている場所だ。ただ、その中にも、できれば出くわしたくないやつらがいる。
くず鉄の壁の隙間で、何かが動いた。
大ネズミだ。犬ほどもある灰色の身体で、赤い目をこちらへ向けている。僕は腰に差していた鉄パイプを抜いた。片方の端を石で叩いて尖らせただけの、武器とも呼べない代物だ。両手で握りしめ、できるだけ大きく見えるように肘を張る。来るな。頼むから、来るな。鉄パイプの先が細かく揺れているのが、自分でも分かった。
大ネズミは鼻をひくつかせて、僕を値踏みするように見ていた。一つ、二つと数えるあいだ、髭の先だけが動いていた。やがて、つまらないものを見たというふうに、壁の向こうへ消えた。
息を吐くと、膝が笑っていた。大ネズミ一匹に、これだ。
「……帰ろう」
日が傾き始めた頃、丘を出た。
干上がった貯水池の縁を回り込むと、眼下に窪地の底の畑が見える。農業区だ。畑の間で、腰を曲げた人たちが黙々と働いている。夕方の水やりの時間なのだろう。桶を担いだ人が、細い畦道を行ったり来たりしている。
あの畑を、昔は父さんがまとめていた。
七年前までは。
今は、父さんの下で働いていた真面目な人がまとめ役をやっている。畑は今もちゃんと実っているし、農業区の人たちも変わらずそこで働いている。父さんがいなくなっても、畑は畑のままだった。当たり前のことだ。それなのに、ここを通るたびに、喉の奥に小骨が引っかかったような感じがする。
あの夜から、七年が経った。
町の通りは、ほとんど元に戻っている。焼け落ちた家は建て直され、崩れた梁や瓦礫も片づけられて、新しい家も増えた。宿場には毎日のように輸送車や商人の車が出入りし、修理工場からは機械の音が聞こえ、酒場からは夜になると笑い声が漏れてくる。あの夜を知らない小さな子供たちが、通りを走り回っている。あの子たちにとって、レイラインは最初からこういう町なのだ。
それでも、全部が元通りになったわけではない。北東の斜面を下りていく途中には、今も片づけきれない焼け跡が残っている。黒く煤けた壁が一枚だけ立っていたり、屋根のない家の跡に雑草が生い茂っていたりする。住む人がいなくなった家は、建て直す人もいない。町の人たちはもう、そこを見ても何も言わずに通り過ぎていく。
僕の家も、あの夜に焼けた家の一つだった。斜面を下りきった、畑のそばの家だ。
今はもう、家の形すら残っていない。焼け残った柱が片づけられたあと、しばらくは空き地になっていた。それから何年かして、農業区で働く若い夫婦がそこに新しい家を建てた。今では窓に花が飾られ、ときどき小さな子供の泣き声が聞こえてくる。誰も悪くない。空いた土地に家を建てるのは当たり前のことで、僕だって、あの夫婦を恨んでいるわけじゃない。ただ、あの前を通るときだけ、足が勝手に早くなる。
くず鉄屋の親父は、僕が袋をひっくり返すより先に、秤の前で腕まくりをしていた。
この親父には、妙な癖がある。拾い物の一つ一つに、勝手に名前をつけるのだ。秤に載せる前に一つずつ手に取って、眺めて、うなずいて、口に出す。
「こいつは『ふて寝した蛇』だな」
ねじ曲がった配管だった。
「こっちは『歯欠けの婆さん』。で、これが……『根性なしの銅線』」
汚染だまりの縁で拾った、あの部品だ。銅の線はたしかに、ちょっと引っぱっただけでぷつりと切れそうな細さだった。
名前をつけてもらっても、値段は上がらない。一度だけ、名前のぶん色をつけてくれないかと頼んでみたことがある。親父は真顔で「名前はおまけだ」と言った。
秤の針が止まり、わずかな金が手のひらに載った。今日の稼ぎは、黒パン二つと干し豆一袋を買えるかどうかだ。『根性なしの銅線』は、本当に根性がなかった。
「……これだけか」
いつものことだ。でも、いつものことだからといって、慣れるわけではない。帰りがけに、親父が僕の背中をじっと見ているのに気づいた。僕のことも、裏で何か名前をつけているのかもしれない。聞くのはやめておいた。
僕は十七歳になった。去年、孤児院を出た。孤児院にはいつまでもいられるわけではない。新しく小さな子が入ってくれば、大きくなった者は出ていくしかない。行くあてのなかった僕に、町長は町の端にある古い空き家を使わせてくれた。誰も住んでいなかった、雨漏りのするボロ屋だ。家賃は、一応払っている。といっても、町の帳面に書くのも気が引けるような額で、町にとってはあってもなくても変わらない。ただで住まわせれば、町長が孤児院上がりを一人だけ贔屓していると、いい顔をしない人も出てくる。それに、どんなにわずかでも自分の稼ぎから毎月払っていくのは、一人で食べていくための練習みたいなものだ。町長がそこまで考えていたのかは知らない。けれど家賃を渡しに行くと、町長はいつも中身を数えもせずに受け取って、「ちゃんと食ってるか」とだけ聞く。空き家に変な連中が住みつかないよう、番をさせているだけなのかもしれないけれど。たぶん、その両方だ。それでも雨風はしのげるし、自分だけの寝床がある。それだけでも、僕には本当にありがたかった。
仕事は日によって違う。くず鉄を拾う日もあれば、修理工場で掃除や荷物運びをさせてもらう日も、ハン協で雑用をもらう日も、宿場で荷下ろしを手伝う日もある。どれも毎日あるわけじゃない。決まった働き口なんてない、その日暮らしだ。稼ぎの物差しは、いつも日当だった。食べ物と水で一日の半分近くが消え、わずかな家賃が消え、孤児院に持っていく分でまた少し消える。
残ったものは、ボロ屋の床板の隙間に隠した缶に入れる。
蓋のへこんだ、旧文明の缶詰の空き缶だ。同じ隙間に、小さな布袋が一つ押し込んである。中身は、煤で黒くなった針金の指輪。缶と布袋は、いつも並んでそこにある。
ゆうべ、缶の中身を数えた。数えるほどもなかった。孤児院を出てから一年かけて、やっと缶の底が隠れたくらい。中古の小型戦車は、安いものでも十五万グランはする。指を折って割り算をしてみたら、四十年と出た。そのとき僕は五十七歳だ。腰の曲がった新人ハンターが、尖らせた鉄パイプを握って戦車に乗り込むところを想像して、笑おうとした。うまく笑えなかった。
今日の分は、缶までは届かない。
僕は戦車乗りになると言った。ハンターになると言った。ずっと言っている。
七年前の、あの夜から。
なのに、僕がやっていることといえば、くず鉄を拾うことだけだ。大ネズミ一匹に膝を震わせて、尖らせた鉄パイプを握りしめて、来るなと祈ることだけだ。
市場の端の屋台で、「ねず団子」が湯気を立てていた。屑鉄の丘で獲れる大ネズミの肉を叩いて、豆かすと芋の皮を混ぜ、かさを増して丸めたものだ。肉より混ぜ物の方が多いから、噛むともちゃもちゃして、ときどき肉の粒がぷりっと歯に当たる。獣の臭みを消すために苦草と塩を強めに効かせて、表面を鉄板で焦がしてある。その焦げと苦みが、妙に癖になるのだ。
孤児院では、月に一度の「ねず団子の日」が何よりの楽しみだった。町でいちばん安い肉で、僕みたいな人間にとってはご馳走でもある。焦げた匂いが鼻の奥まで入ってきて、腹がぐうと鳴った。昼間、大ネズミ一匹に膝を笑わせていた僕は、大ネズミの団子にも手が届かない。団子の串から目をはがして、屋台の前を通り過ぎた。
市場で黒パンを二つと、干し豆を一袋買った。一つは自分の分。もう一つと豆は、孤児院の分だ。自分だって余裕はない。分かっている。でも、あそこにはまだ小さい子たちがいる。
袋を抱え直して、孤児院のある方へ歩き出した。
大通りの東の外れ、堤の上に立つ灰色の塔が、家並みの向こうに見えた。傾いた日を受けて、てっぺんのあたりだけが赤く染まりかけている。その色が目に入った瞬間、鼻の奥に煤の匂いがよみがえった。あの夜、町を焼いて空まで照らしていた炎と、同じ色だった。
僕は目を逸らさなかった。逸らさずに、塔のてっぺんの赤がゆっくり濃くなっていくのを見ていた。
今日も、あとであそこへ登る。
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