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荒野でおどれ 〜錆びた戦車と、旧文明の少女〜  作者: 京屋しゃべつ
砂の町と、灰色の紳士

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歩いてくる砂丘

 砂煙の、ずっと後ろに、何かが来ていた。砂と同じ色をしているせいで、初めは、砂丘が動いているのかと思った。けれど、砂丘は脚を持っていない。四本の太い脚で砂を踏みしめ、丸く盛り上がった砂色の殻の前から、平たい頭を突き出して歩いてくる。崩れ狼より、ひと回りもふた回りも大きく、砂色の戦車と並ぶと、戦車の方が小さく見えた。

 近づくにつれて、殻の上に、妙なものが見えてきた。錆びた鉄の筒が何本も束になって突き出し、その脇に、細長い銃身が二本。どちらも、殻の上に載せてあるのではない。殻の中から生えているのだ。鉄と殻の継ぎ目はどこにもなく、肉が鉄を呑み込んで、そのまま固まったように見えた。

「……サキュウガメだ」

 班長の声から、さっきまでの軽さが消えていた。

「この辺まで出てくるのは、ひさしぶりだな。……ちっ、群れの後ろにくっついてきやがったか。あいつは厄介だぞ。背中に、旧文明の武器を背負ってやがる」

「武器って……生き物が、ですか」

「生き物なんだか機械なんだか、誰にも分からねえよ。昔の兵器の残骸を食って、そのまま殻に生やしちまったんだって話だ。撃ってくるぞ」

 生き物が、撃ってくる。屑鉄の丘の機械は、銃を針金で胴にくくりつけていただけだったし、崩れ狼には、牙と爪しかなかった。あれは、そのどちらとも違う。

 自警団の二台と、砂色の戦車が何台か、サキュウガメの方へ回り込んだ。主砲の音が腹に響き、殻の上で火花が散って、砂色の表面がぱらぱらと剥がれ落ちる。その間にも、群れの残りは来ていた。サキュウガメに引きずられるようにウズモグラが何体も砂を掻き分け、スナトカゲも、まだ砂の上を跳ねている。戦車の何台かがサキュウガメに回った分、こっちの守りが薄くなっていた。端の方の砲座はサキュウガメには目もくれず、壁へ寄ってくるウズモグラを一体ずつ撃ち続けていて、壁のあちこちで、ドン、ドンと大砲が鳴っていた。

 サキュウガメの背中で、筒の口が、ぱっと光った。さっきハンターが撃ったのと同じ白い煙が、何本も細い尾を引いて、回り込んだ戦車へ向かっていく。自警団の一台が急に向きを変え、履帯が砂を噛んで、車体が大きく横へ滑った。ミサイルは、さっきまで戦車がいたところに落ちて砂を噴き上げ、もう一台も、砂丘の陰へ回り込んで二発をやり過ごす。どこに来るか、分かっているみたいだった。

 でも、全部はかわせなかった。ハンターの一台が、二発をかわしたところで三発目に追いつかれ、車体の後ろで爆発が起きた。ちぎれた履帯が、砂の上に蛇のように伸びる。戦車は黒い煙を吐きながら、その場で止まった。

「下がれ、下がれ! 足を止めるんじゃねえ!」

 班長が、届くはずのない声で怒鳴った。

 止まった戦車のハッチが開いて、人が二人、転がり出てきた。砂に足を取られながら、別の戦車の陰へ走っていく。そこへ、殻の上の銃身がぐるりと回った。乾いた連射の音が砂の上を走り、点々と並んでいく穴の線が、走る二人の背中を追いかける。自警団の一台が、二人と銃身の間に車体ごと割り込んだ。装甲の上で弾が弾けて、火花が雨のように散り、その陰で、二人は戦車にしがみついた。

 ほかの戦車も、止まらなかった。サキュウガメの真正面には一台も立たず、斜め後ろへ、横へと回り込みながら、脚を狙って撃っている。銃身が向きを変えるたびに、狙われた戦車は大きく蛇行して、弾の線から外れていく。銃身の回る速さより、少しだけ先へ、先へ。それでも、あの化け物は止まらなかった。殻を割られても、脚を撃たれても、何台もの戦車を一匹で相手にしながら、背中の筒を光らせて、ただまっすぐ、こっちへ来る。

 砂漠には行くな、とペックも、ラドックさんも、ポンチョスも言った。砂の上では走れない、戦う前に動けなくなる、と。足場の話だとばかり、思っていた――。

 その銃身が、こっちを向いた。

 鉄板が、がんがんと鳴った。目の前の鉄板で火花が弾け、気がつくと、僕は砲弾を抱えたまま、その場にしゃがみ込んでいた。

「頭下げてろ! 鉄板の上に顔出すな!」

 連射の音が、壁の上を横へ流れていく。端の方の砲座で、誰かが短く叫んだ。

 音が止んで、そっと顔を上げると、サキュウガメは、また一歩、壁の方へ踏み出していた。まっすぐ、この壁へ向かって。崩れ狼のときは、戦車の中にいた。逃げることも、回り込むこともできたし、こっちも動けた。ここでは、動けない。ミサイルと機銃を背負ったものが、砂を踏んで一歩ずつ近づいてくるのを、壁の上で待っているしかないのだ。抱えた砲弾ががたがたと鳴って、ようやく、自分の膝が震えているのに気がついた。

「大砲、回せ! 狙いはあのでかいのだ!」

 班長が怒鳴った。台座が軋んで大砲がゆっくりと回り、照準の男が、輪を覗いたまま手を上げる。

「撃つぞ!」

 壁全体が震えた。

「次!」

 身体が、勝手に動いていた。焼けた殻を足でどけ、箱から砲弾を抜いて、抱えて、込めて、押し込んで、取っ手を引く。

「……入りました!」

「撃つぞ!」

 また、壁が震えた。

「次!」

 殻をどけて、抜いて、込めて、引く。さっきウズモグラを撃ったときとは違って、手はもう震えず、取っ手も一度でかかった。何も考えていなかった。考えたら、たぶん手が止まる。砂の上を来るあいつのことも、膝の震えのことも、頭のどこか遠くにあって、目の前には、殻と、箱と、砲弾と、取っ手しかない。砲弾は、最初に抱えたときよりもっと軽く感じられて、息も、少しも上がらなかった。屑鉄の丘で、重いくず鉄を担いで何往復もした日のことが、ちらりと頭をかすめる。あれに比べたら。たぶん、慣れているのだ。

 箱が空になったのは、そのすぐあとだった。振り向くと、階段の口から、ちょうどトビが箱を背負って上がってきたところで、顔じゅう汗だらけにして、肩で息をしている。

「兄ちゃん、次の箱!」

 トビが箱を下ろすより先に、僕は蓋をこじ開けて、もう次の砲弾を抜いていた。抱えて、込めて、閉める。トビは、背中の縄をほどきかけた手を止めて、ぽかんと口を開けていた。

「次!」

「入りました!」

「……おい」

 撃った直後、班長が、照準の男の肩越しにこっちを振り返った。

「なんだ、その手の早さは」

「え?」

「いや、いい。続けろ。次!」

 隣の砲座の方が、ざわついていた。ちらりと見ると、レイが砲弾を抱えて、込めて、閉めて、もう次の一本に手をかけている。どの動きにも、一つも無駄がない。隣の砲座の男たちが、撃つのも忘れそうな顔で、レイを見ていた。

「なんだありゃ……女の腕じゃねえぞ」

 誰かの声が聞こえて、違うよ、と言いかけた口を、あわてて閉じた。あれでも、抑えているのだ。レイが本気を出したら、砲弾の箱ごと持ち上げてしまうだろう。人より少し速いくらいに見えるように、ちゃんと手加減している。

 レイが一度だけ、こっちを見た気がした。砲弾を抱えたまま、帽子のつばの下から、まっすぐに。僕の手もとではなく、僕を見ていたような気がしたけれど、次の瞬間には、レイはもう自分の大砲の方へ向き直っていた。

「次!」

 うちの砲座と隣の砲座は、サキュウガメを狙い続けた。端の方の砲座は、残ったウズモグラを撃っていて、一体が壁の手前で殻を割られ、砂の中へ沈んでいくのが目の端に映る。砂の上では、自警団の二台とハンターたちの戦車が、真正面を避けてサキュウガメの両脇から撃ち続け、その合間に、群れの残りのスナトカゲを機銃で払っていた。

 殻が、割れた。背中に大きなひびが入り、そこへ、また一発。砕けた殻の破片が、砂の上に飛び散った。それでも、あいつは来た。殻を割られたまま、一歩、また一歩。壁まで、あと少し。もう、頭の形がはっきり見える。平たい顔の真ん中に小さな目が二つあって、その目が、壁の上の、こっちを見ている気がした。

 サキュウガメの背中で、筒の束が、ゆっくりとこっちを向いた。さっき戦車を追いかけていった、あの白い煙が、今度は、この壁に来る。

「撃てえっ!」

 班長の声と、大砲の音が、一緒に鳴った。隣の砲座も、その隣も、ほとんど同時に撃ち、何発もの砲弾が、割れた殻の真ん中へ吸い込まれていく。

 あいつの脚が、止まった。背中の筒は、撃つ前に殻ごと砕け、平たい頭がだらりと垂れて、前脚ががくりと折れ、巨体がゆっくりと前へ傾いていく。顎が砂に突っ込み、砂煙が、壁の半ばまで舞い上がる。それきり、もう動かない。壁の手前、ほんの少しのところだった。

 壁の上で誰かが叫び、その声が、あちこちに広がっていった。砂の上の戦車から、誰かが拳を突き上げている。履帯をちぎられた戦車の二人も、自警団の戦車の陰から手を振っていて、端の方の砲座では、腕を押さえた男が、仲間に支えられて立ち上がっていた。

 気づくと、僕は空の箱の横に座り込んでいた。いつ座ったのか、覚えていない。手のひらが、砲弾の油で黒くなっていた。

「おう、ひよっこ。生きてるか」

 班長が、上から覗き込んでいた。

「……はい」

「上出来だ」

 班長は、それだけ言って、僕の頭を乱暴に叩いた。

 立ち上がって、ふと、変なことに気がついた。腕が、痛くない。肩も腰も、思っていたほどこわばっていない。あれだけの数の砲弾を抱えたのに。屑鉄の丘で一日くず鉄を担いだ日は、次の朝、腕が上がらないこともあったのに。……慣れたのかな。そう思いかけて、地下でレイを背負って歩いたあとに言われたことを思い出した。消耗が少なすぎます、回復も速すぎます、と。重い荷物の仕事では、いつも途中で休ませてもらっていたくせに。首の後ろが少しだけ冷たくなって、それ以上は、考えないことにした。

 鐘は、もう鳴り止んでいた。階段を下りかけたところで、段の途中にトビが座り込んでいるのが見えた。荷運びの者たちに配られたらしい黒パンを、半分だけかじって、残りを大事そうに上着の懐へしまっている。

「食べないの?」

「弟と妹に持って帰んだ。あいつら、まだちっちぇえから、腹減ったってすぐ泣くんだよ」

 トビは、懐の上からパンを軽く叩いた。それから僕の顔を見上げて、まだ信じられないというふうに首を振った。

「それより兄ちゃん、なんだよ、さっきの。弾込めで、あんなに速えやつ、初めて見たぞ。ひょろっこいくせに」

「ひょろっこいは、余計だよ」

 言い返しながら、自分の腕を見下ろした。そんなに速かったのだろうか。夢中で手を動かしていただけで、自分では、何も覚えていない。

お読みいただきありがとうございます。

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