砂漠へ出ていった者たち
ハン協のトーカン事務所は、西の門の集積所から、少し離れたところにあった。レイラインの事務所より一回り大きい石造りの建物で、脇に、ハンターの戦車を停めるための囲いがある。砂色の戦車ばかりが並ぶ中で、隅に停めたヤマネコ号だけが場違いに小さく、左の後輪の近くに当てた鉄板が、余計にみすぼらしく見えた。見てくれが悪いと、どこの町に行っても舐められる――親方の声が、耳の奥でした。
囲いの反対の隅に、もう一台、場違いな戦車が停まっていた。履帯で走る、古い戦車だ。車体の下半分は砂にまみれて白っぽくなり、履帯の隙間にも、砂がぎっしり詰まっている。左の側面には、塗料で隠した焼け跡が、うっすらと浮いていた。見間違えるはずがない。
「……ジョウたちの戦車だ」
まわりに、人の姿はない。扉を開けると、中は外よりさらに暑く、こもった空気に、汗と油と紙の匂いが混ざっていた。壁の掲示板には、レイラインの何倍もの手配書が貼られている。
つい、足が止まった。砂の上に背びれだけを出した、巨大な魚のような化け物。賞金の欄には、崩れ狼の何倍もの額が書いてある。その隣は、ガラスのように透き通った脚を何本も持つ、蜘蛛のような化け物で、もっと隣には、似顔絵すらなく、「砂嵐の中で見たという証言のみ」と書かれた紙が、端の方で黄ばんでいた。崩れ狼を倒して、僕は、本物の賞金首を倒した気になっていた。ここに並べたら、崩れ狼の手配書なんて、隅の方に小さく貼られるのがせいぜいだろう。ジョウも、これを見たのだろうか。見て、それでも一発当てられると踏んだのだろうか。
「……すごいね」
「はい」
レイは、手配書を一枚ずつ、似顔絵から文字の端まで目でなぞっていた。何を読み取っているのかは、僕には分からなかった。
奥の机には、ずいぶん年のいったおじいさんが一人、座っていた。デションよりずっと年上だろう。首も腕も枯れ枝みたいに細く、皺だらけの顔は日に焼けて、革のように硬そうだ。頭のてっぺんはつるりと禿げ上がり、両脇から後ろにかけて、短い白髪があちこちに跳ねている。白い眉の下の目だけが、妙に鋭かった。
「なんじゃ」
しゃがれた声で言ってから、おじいさんは、ごほごほと咳き込んだ。
「お前さん、新人じゃろ」
カードを出す前に、言い当てられた。
「……どうして」
「顔に書いてあるわい。東から来るのは、たいがい輸送隊の護衛か、小物の賞金首を狩りに来た連中じゃ。外のあの車輪の戦車みたいなのも、ここじゃ珍しゅうない。じゃがな、そういう連中は、もうちいと擦れた顔をしとる。お前さんの顔は、まだ何も知らん顔じゃ」
キャンプでペックが言っていた「口は悪いが、悪い爺さんじゃねえ」は、たぶんこの人のことだ。門の前で、トビも似たようなことを叫んでいた。
「レイラインから、届け物です」
差し出した包みを受け取ると、おじいさんは紐をほどき、中の台帳の束をめくりはじめた。
「ふん。レイラインのデションか。あいつの字は相変わらず汚いのう」
そう言って、また一つ、ごほん、と咳をする。賞金首の知らせ、依頼の精算、どこかのハンターの登録の変更。ぶつぶつ言いながら頁をめくっていた手が、ある頁で止まった。
「……ガニー。レイライン守備隊員の倅。屑鉄の丘にて、賞金首《崩れ狼》との交戦中、汚染だまりに転落。死亡」
おじいさんは、それを声に出して読んだ。この包みの中に、ガニーの死が入っていたのだ。デションがあの夜、酒を飲みながら台帳に書きつけた名前を、僕は、自分の手でここまで運んできた。包みを抱えてきた腕が、今になって、じんと重くなった。
おじいさんは、もう一枚めくった。
「ローリ。レイライン出身。ブロンズ。賞金首《崩れ狼》を討伐。……ほう」
白い眉が、少しだけ上がった。
「お前さんか。崩れ狼を仕留めたのは」
「……はい。レイと、二人で」
おじいさんは、僕の後ろに立つレイを、ちらりと見た。その目が、レイの顔の上で一瞬だけ止まり、それから、何も言わずに台帳へ戻っていった。
「ふむ。報酬じゃ」
机の引き出しから出てきた小さな袋は、持ってみると、思っていたより重かった。
「あの……これ、多くないですか。デションに聞いてたより」
「届け物の報酬は、届けた先が払う決まりじゃ。うちは、ちいとばかし高めにしとる」
おじいさんは、また台帳をめくりながら言った。
「レイラインからここまでの道は、楽な道じゃない。新人が死なずに届けてきたなら、それなりのもんは払う。そうでないと、誰もこの町まで荷を運んでこんようになるからの」
それから、ふと手を止めた。
「それにしても、珍しいのう」
「え?」
「レイラインから新人のハンターが出るなんぞ、ここ何年もなかったわい。それが、いっぺんに二組もじゃ。しかも二組とも、こっちへ来おった」
ジョウたちのことだ。囲いの隅の、砂まみれの履帯が目に浮かんだ。
「お前さんは、依頼を受けて、届け物を持ってきた。まっとうなもんじゃ。じゃが、もう一組は……」
おじいさんは、鼻を鳴らした。
「ずいぶん無茶をするのう、あれは」
「ジョウたちに、会ったんですか」
「会うたも何も、おとといの晩に、ここへ来おった。日が暮れてから、埃まみれの戦車で転がり込んできてな。砂漠の賞金首の手配書を、端から端まで眺めて、どれなら狩れるか、どれが一番高いか、そんな話ばっかりしよる」
砂漠の化け物の似顔絵がずらりと並んだ掲示板の方へ、おじいさんは顎をしゃくった。
「絶対に無理じゃ、と言うてやったわい。外の戦車を見たじゃろ。あれで砂漠に出ようと思うたら、履帯から何から付け替えにゃならん。あの小僧に、そこまでの金はないじゃろ」
「……言ったんですか、それ」
「言うたよ。やめとけ、やめとけ、とな。酒場でも、居合わせた連中に散々言われたらしい。死人が出るぞ、とな。それで昨日一日は、さすがにおとなしゅうしとった。連れの娘っ子が、手持ちの部品と安物で、どうにか砂除けの真似事をこしらえておったわい」
おじいさんは、疲れたような顔をした。
「それで、今朝じゃ。砂漠の端っこをちいと試すだけじゃ、深いとこには行かん、ちゅうて、西の門から出ていきおった」
「……それで」
「昼過ぎに、戻ってきおったよ。尻尾を巻いてな。ここへ転がり込んできて、何があったか洗いざらい吐かせたわい。砂潜りの小物を追い払おうと戦車を回した途端、砂に足を取られて、その場で動けんようになったそうじゃ。相手が砂漠じゃありふれた雑魚じゃと教えてやったら、三人とも青い顔をしとった。それから、修理屋へ見積もりを聞きに行きおった。そろそろ戻ってくる頃じゃろ」
尻尾を巻いて、のところで、口の端が勝手に持ち上がりかけた。町を出るとき、あれだけ偉そうにしていたジョウが、尻尾を巻いて。慌てて奥歯を噛んで、顔を戻した。おじいさんは気づいた様子もなく、窓の外の囲いの方を、砂まみれの古い戦車の方を見ていた。
「動けん戦車なんぞ、ただの鉄の箱じゃ。逃げ帰ってこれたのは、運がよかっただけじゃわい。支度もせんと砂に出た、それだけのことじゃ。あの娘っ子も、それは分かっとったようじゃがの」
戦う前に、やられる。キャンプで、ペックが言っていたとおりのことが、本当に起きたのだ。
おじいさんは、深く息を吐いた。
「ああいうのは、腐るほど見てきた。一山当ててやろう、ちゅう連中が、砂漠の向こうからも東からも、ここへ集まってくるからの。だいたい同じ顔をしとる。俺はできる、俺はやれる、そう言うて砂漠へ出ていく」
それから、帰ってこない。おじいさんはそこまでは言わなかったけれど、目が、そう言っていた。
「まあ、あの小僧は、戦車も持っとるし、口のわりには、腹の据わったところもあるようじゃ。仲間の死人の話をされたら、少しは黙りおった。じゃが、無鉄砲じゃ。このままじゃ、そのうち死ぬじゃろな」
「……まあ、わしの知ったことじゃないがの」
投げやりに聞こえるのに、その顔は、本当に知ったことじゃないと思っている人の顔には見えなかった。
「一緒についとる娘っ子が、かわいそうじゃわい。機械いじりの腕はええようじゃがの」
「さて、お前さん」
話を変えるように、おじいさんが言った。
「今夜の宿は決めとるのか」
「いえ、まだ……」
「この町にゃ、宿は二軒しかない。東の門の近くの安宿と、西の門のそばの隊商宿じゃ。新人なら、ふつうは安宿じゃな。安いといっても、ハンターを泊める宿じゃから、戦車を置く場所くらいは気を使うてくれる」
それからおじいさんは、僕の後ろのレイを、もう一度ちらりと見た。
「じゃがな。そんな別嬪を連れとるんなら、ちいと無理してでも、隊商宿の方にしとけ」
「隊商宿……」
「値は張るが、中庭に戦車ごと入れられる。門番もおる。妙な輩が夜中にうろつくこともない。安宿は、壁が薄いうえに、どんな連中が泊まっとるか分からん」
おじいさんは、窓の外の大通りの方へ顎をしゃくった。
「それとな。酒場には行かん方がええ」
「……どうしてですか」
「ここはお前さんらの地元じゃない。レイラインなら、何かあっても誰かしらが間に入ってくれたじゃろ。じゃが、ここじゃ誰もお前さんを知らん。砂漠帰りの荒くれと流れ者ばっかりのところへ、そんな連れを連れていってみい。どんな噂が立つか分からん。噂ちゅうのは、輸送隊と一緒に、砂漠の向こうまで運ばれていくもんじゃ」
おじいさんは、もう一度レイを見て、鼻を鳴らした。
「宿に入る前に、せめてその顔くらいは隠しとけ。西の門のそばの通りに、旅の道具を売る店が並んどる」
僕はうなずいて、頭を下げた。扉を開けて外へ出ると、熱い空気が顔にぶつかってくる。その熱の中に、甲高い声が混じっていた。
「――だから言ったじゃない!!」
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