とうちゃんの槍
墓地の入口の方が騒がしくなった。
ジョウが町長に何か言っている。周りに人が集まり始めていた。
「西へ行く」
ジョウの声が聞こえた。
「砂漠だ。俺たちは砂漠へ行く」
「馬鹿なことを言うな!」
町長の声だった。
「崩れ狼一匹に、あの有様だったんだぞ。砂漠のモンスターがどんなものか、分かって言ってるのか」
「分かってるさ! だから行くんだよ!」
ジョウは一歩も引かなかった。
「一発当てるなら砂漠だ。強えモンスターも、でけえ賞金首も、砂漠の方が出る。こんな小せえ町の周りでちまちまやってたって、何も変わらねえ。俺はもっとできる男なんだよ。崩れ狼のことは……運が悪かっただけだ」
「それを思い上がりだと言ってるんだ!」
町長が怒鳴った。ジョウは顔を背けた。
守備隊の人たちも止めた。親方も何か言っていた。マリカの前に立って、「お前は残ってもいいんだぞ」と何度も言っているのが聞こえた。マリカは「行くって決めたの」としか言わなかった。それでもジョウは聞かなかったし、マリカも聞かなかった。町じゅうの人に見られながら、この町に居続けることが、ジョウには耐えられないのだろう。
ガニーを失ったことも、崩れ狼から逃げ帰ったことも、僕に先を越されたことも、何一つ受け入れられないまま、ジョウは前へ進もうとしていた。
ジョウたちの戦車は、もう直っていた。
簡単な修理ではなかったらしい。最初に崩れ狼の爪を受けた後部は、装甲だけでなく、その下の駆動部まで歪んでいた。履帯を回す軸が曲がり、それが戦いのあいだずっと、戦車の動きを一拍遅らせていたのだという。軸を丸ごと替え、ひしゃげた装甲を叩き直して張り替え、抉られた砲塔の溝を埋め、咳き込んでいたエンジンをばらして組み直した。
帰ってきた晩から弔いの朝まで、工場の灯りは一度も消えなかった。マリカが中心になって、職人たちと夜通し作業を続けたのだという。足りない部品は、町長が、町で新しく入れた戦車の予備から回させた。代金も町長が出したらしい。僕の戦車の方は親方が自分で受け持ち、マリカはジョウの戦車にかかりきりだった。同じ工場の中で、二台の戦車が並んで直されていたことになる。
それでも、傷は消えきらなかった。叩き直した装甲には爪の跡がうっすらと残り、左の側面の古い焼け跡は、また上から塗料で隠されていた。マリカの腕が本物なのは、僕も昔から知っている。そのマリカが寝ずにかかっても、あれが精一杯だったのだ。
弔いが終わって一刻もしないうちに、ジョウたちは町を出た。
町長は最後まで渋い顔をしていたけれど、旅の金はしっかり持たせたらしい。後で聞いた話では、町長としても、外で揉まれて少しは大人になって帰ってきてほしいという思いがあったのだという。
西の街道へ向かう戦車を、僕は町の端から見送った。マリカは戦車の上で、一度もこちらを振り返らなかった。今度ちゃんと見せてよね、と言った口は、もう西の方しか向いていなかった。ポンチョスだけが、小さく手を振ったように見えた。
親方は、街道の脇に立っていた。戦車が見えなくなっても、しばらくそこから動かなかった。
少し前なら、また置いていかれたと思っただろう。
でも今は、そうは思わなかった。
その日の夕方、僕は守備隊の詰所へ行った。
包みは、まだ僕の腕の中にあった。このまま町を出るわけにはいかなかった。
詰所の奥の部屋に、灯りがついていた。扉は開いていた。ガニーの親父さんが一人、作業台に向かって銃を手入れしていた。古いけれど、よく油の回った長い銃だった。部屋には、銃の油と、冷めた煙草の匂いがこもっていた。
戸口に立った僕に気づいて、親父さんが顔を上げた。
「……グレスんとこの」
「あの、これ……」
包みを差し出した。親父さんは手を拭いてから受け取り、布をほどいた。
歪んだ槍の穂先が出てきた。
親父さんは長いこと、それを見ていた。
「……お前が、持ってきてくれたのか」
「崩れ狼に、刺さってました。弔いのときに渡そうと思ったんですけど……渡せなくて」
「そうか」
親父さんは、穂先を灯りにかざした。刃先が潰れ、根元が曲がっている。その根元に刻まれた小さな印を、親父さんの太い指がなぞった。
「……やっぱり、俺のじゃねえか」
「え?」
「この槍だ。俺が若え頃に使ってたやつだよ。今は銃ばかりで、もう何年も家の壁に掛けっぱなしだった。それがいつの間にか消えてやがった。……勝手に持ち出しやがって」
怒っているような声だった。でも、穂先を握る手は、ひどく優しかった。
「どこに刺さってた」
「崩れ狼の、左の脇腹です」
親父さんが、僕を見た。
ジョウは戦車の中で、崩れ狼を追うのに必死だった。マリカは最初の一撃で戦車から投げ出されていたし、ポンチョスは砲塔の中で弾を込めていた。あのとき、離れたくず鉄の陰から戦い全体を見ていたのは、たぶん僕だけだった。だから、この人にちゃんと伝えられるのも、僕だけだった。
「機銃が一瞬途切れて、崩れ狼が戦車の方を向いたまま、脇腹を見せたんです。ほんの一瞬でした。ガニーはそこで戦車から飛び出しました。崩れ狼は戦車しか見てなくて、ガニーに気づいてなかった」
あのときのことを、思い出しながら話した。くず鉄の焼ける匂い。機銃の音が途切れた、耳が痛いほどの一瞬。その中を走っていく、大きな背中。
「無茶だと思いました。僕は槍のことは分かりません。でも、あの崩れ狼は、目で追えないくらい速かったんです。最初の一回のあとは、戦車が何度動いても、一度も避けきれなかった。そんな相手の隙をちゃんと見つけて、横から飛び込んで、いちばん効くところに突き立てたんです。たまたまできることじゃないと思います。ずっと訓練してきた人の動きでした。あれ以上のタイミングは、なかったと思います」
親父さんは、黙って聞いていた。
「……そうか」
しばらくして、ぽつりと言った。
「あいつに槍を教えたのは、俺だ。銃だけじゃ、弾が切れたら終わりだからな。突き方も、隙の読み方も、ガキの頃から何べんも、実戦さながらに叩き込んだ」
親父さんの口の端が、ほんの少しだけ動いた。
「人の話はろくに聞かねえくせに、そういうことだけは覚えてやがったか」
「はい」
声が震えた。
「硬くて、奥まで通らなかったんです。でも、そこがずっと効いてて、崩れ狼は左に回るのが遅かった。最後、僕はそこを戦車で押し込みました。この穂先がなかったら、勝てませんでした」
「硬すぎて通らなかった、か」
親父さんは小さく息を吐いた。
「あいつの力じゃ、足りなかったんだな」
それから、穂先を作業台の上に置いて、僕を見た。
「……お前にも、すまなかったな」
思ってもみない言葉だった。何か返そうとして、何も出てこなかった。
「あいつがお前に何をしてたか、知ってる。お前だけじゃねえ。弱え相手を見つけちゃ、威張り散らして、殴って。知ってたんだ、俺は」
親父さんは、手入れの途中の銃に目を落とした。
「俺はこの町の守備隊に、もう二十年いる。銃だけは人より少しうまくてな。外に出なきゃならねえ仕事があると、若いのはみんな俺の組に入りたがる。生きて帰れるからってな。そのうち、町の連中まで俺を偉え人みてえに扱うようになった。……あいつは、それを自分のことみてえに思っちまった。俺の倅だってだけで、自分も偉えと思っちまった。ジョウの坊ちゃんとの付き合い方もよくなかった。それも、分かってた」
親父さんは、銃身を布でゆっくりと拭った。
「何べんも言ったさ。けどな、俺の言うことなんざ、ろくに聞きやしねえ。そのくせ、ガキの頃から、俺が撃つのをずっと見てやがった。俺が見回りから帰ると、戸口で待っててな。とうちゃんはすげえ、とうちゃんはすげえって、そればっかりだ」
灯りが、親父さんの横顔を照らしていた。帰ってきた夜に暗がりで見た背中より、ずっと年を取って見えた。
「この春、見合いの話がまとまったんだ。隣の通りの、気立てのいい娘でな。あいつも満更じゃねえ顔してた。それが、急にジョウと町を出るなんて言い出しやがった。今度ばかりは本気で頭に来て、ぶん殴ってやろうと思った」
親父さんの手が止まった。
「そしたら、あいつ、何て言ったと思う」
僕は首を振った。
「『俺が一発当てたら、親父にも楽させてやるよ。何も心配いらねえ。親父仕込みの戦い方を、俺はガキの頃から、ずっと横で見てきたんだ』……そんでな、こう言うんだ」
親父さんは、少しだけ笑った。笑ったのに、ひどく苦しそうな顔だった。
「『俺の親父はな、もっともっと銃がうめえんだぜ。戦いがうめえんだぜ。賞金首なんざ、いくらでもぶっ殺せるんだ。けど親父がいねえと町が消し飛んじまうから、しょうがなく、みんなを守るためにレイラインに残ってんだ――って、一発当てたら、この町でも、行く先々の町でも、言ってやるんだ。……どうだ、鼻が高えだろ』」
親父さんは、銃を作業台に置いた。
「そんなこと言われたら、怒れねえだろうが。……馬鹿だよな。俺も、期待しちまったんだ。ひょっとしたら、あいつも案外、外でうまくやって、ハンターとして名を残すかもしれねえ。そうでなくても、どこかで痛い目を見りゃ、少しは自分ってもんが分かって、まともになって帰ってくるんじゃねえかってな」
大きな手が、作業台の端を握った。節の太い指の先が、白くなっていた。
「それが、死んじまうなんてな。……馬鹿なやつだ。本当に、本当に、馬鹿なやつだよ」
親父さんは、それきり黙った。肩が一度だけ大きく震えた。僕は、何も言えなかった。
ガニーのことは、今でも好きになれない。石をぶつけられた痛みも、あの笑い声も、忘れていない。忘れていないのに、戸口で父親の帰りを待っている小さなガニーの姿が頭に浮かんで、どうしても消えなかった。
とうちゃんはすげえ。
僕にも、そう思っていた父さんがいた。
あの汚染だまりの縁で聞いた声を、思い出した。兄貴、助けてくれ。その声がひしゃげて途切れる直前の、もう一つの言葉。言うべきかどうか、迷った。言えば、この人をもっと苦しめるかもしれない。喉の奥で何度も言葉を転がして、それでも、黙っているのは違うと思った。
「……最後に」
親父さんが、顔を上げた。
「最後に、親父さんのこと、呼んでました。……とうちゃん、って」
親父さんの顔が、くしゃりと歪んだ。大きな手で顔を覆う。指の間から、押し殺した声が漏れた。
「……馬鹿野郎が」
それきり、長いあいだ、親父さんは顔を上げなかった。灯りの芯が小さく鳴った。僕は戸口から一歩も動けずに、その手の甲を見ていた。
「……あいつは、戦ったんです」
やっと、それだけ言えた。
「最後まで、戦ったんです」
親父さんは、うつむいたまま、小さくうなずいた。それから、穂先を両手で包むように持ち上げた。
「……ありがとうよ。持って帰ってきてくれて」
僕は頭を下げて、詰所を出た。
振り返ると、灯りの下で、親父さんがまだ穂先を見つめていた。
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