弔いの丘で
亡骸のない弔いだった。汚染だまりの底に、人の形を失ったまま残してきたのだから。それでも町の外れの墓地には、多くの人が集まっていた。
七年前から、父さんと母さんが眠っている丘だった。並んだ盛り土の向こうに、新しい穴が一つだけ掘られていた。入れるものは何もないのに、穴は掘られていた。乾いた土の匂いが、風に乗って足元まで流れてきた。
守備隊の人たち。近所の人たち。ガニーに殴られたことのある人も、たぶんいたと思う。それでもみんな、黙って立っていた。町長もいた。親方もいた。デションも、少し離れたところで腕を組んでいた。
ガニーの親父さんは、墓の前でじっと動かなかった。大きな背中だった。ガニーとよく似ている。その背中が、今日はひどく小さく見えた。
僕もレイと一緒に、人の輪の後ろに立っていた。ガニーのことは嫌いだった。石をぶつけられたことも、突き飛ばされたことも忘れていない。今でも、あいつの笑い声を思い出すと、首の後ろが固くなる。
それでも、あの汚染だまりで「助けてくれ」と叫んでいた声は、今も耳に残っている。あんな死に方をしていいやつなんて、いない。
僕は、抱えてきた布の包みを握り直した。
家の棚から持ってきた、ガニーの槍の穂先だった。親父さんに返さなきゃいけない。そう思って持ってきた。
でも、渡せなかった。
親父さんのまわりには、いつも守備隊の人たちがいた。弔いの言葉が続き、一人、また一人と親父さんの前に立っては、何か短く言って肩に手を置いていく。その輪の外から、何度も一歩を踏み出しかけて、そのたびに足が止まった。何と言って渡せばいいのか分からなかった。あいつに石をぶつけられていた僕が、あいつの形見を差し出して、何と言えばいいのか。布越しに、穂先の曲がった根元が手のひらに食い込んでいた。
土がかけられていく。空っぽの穴に、土の落ちる音だけがした。僕は包みを抱えたまま、それを最後まで見ていた。
弔いが終わり、人が散り始めたときだった。
「おい」
ジョウだった。いつの間にか、僕のすぐ前に立っている。
「お前みたいなやつが、賞金首を倒せるもんか」
低い声だった。でも、周りに聞こえないほど小さくはなかった。
「俺たちが散々削った崩れ狼に、最後にちょっと弾当てただけだろ。俺の後をつけやがって。何がハンターだ」
言い返そうとした。でも、その前に気づいた。周りの人たちが、こちらを見ている。
弔いの場で、町長の息子は何を言っているのか。そういう顔だった。眉をひそめている人もいる。町長が、苦い顔でこちらへ歩き出そうとしていた。
そして、ガニーの親父さんが、ゆっくりとこちらを振り返った。何も言わなかった。ただ、ジョウを見ていた。
ジョウもそれに気づいたらしい。
「……チッ」
何か言いかけて、言葉を飲み込む。顔が強張っていた。ジョウはそのまま背を向けて、足早に離れていった。
ほんの一瞬、胸がすっとした。いつも僕を見下ろしていた背中が、みんなの目に追い立てられて逃げていく。ざまあみろ、という言葉が、喉の手前まで来ていた。
そこが、ガニーの墓の前だということを思い出すまで。
口の中が急に苦くなった。言い返すことすらできなかったくせに、他人の目を借りて勝った気になっている。そんな自分ごと飲み込んで、僕はその背中をただ見送った。
*
マリカは、墓の前でうつむいたまま、それを見ていた。
あいつが、布の包みを抱えて、ガニーの親父さんのまわりの輪の外をうろうろしていた。崩れ狼に刺さっていたガニーの槍の穂先を持って帰ってきたのだと、まわりの囁きで分かった。渡すきっかけがつかめずに、さっきから何度も足を止めている。
馬鹿みたい、とマリカは思った。ガニーなんて、あいつに石をぶつけていた男だ。そんな男の形見を、わざわざ持って帰ってくるなんて。しかも、それを渡すことすらできずにいる。
あいつは昔から、そういうやつだった。
マリカが何を言っても、怒らない。邪魔だと言えば退く。レンチを取ってと言えば取る。工場の隅で黙って床を拭いて、マリカがジョウたちと笑っていても、何も言わない。それでいて、目だけはずっとこちらを追っていた。みんなの前で笑われた次の日も、その次の日も、変わらずに。
気づいていた。ずっと前から。
悪い気はしなかった。相手が誰であれ、ずっと見られているのは、そう悪いものではない。そして同時に、少しだけ馬鹿にしていた。戦車もない。金もない。いつまでも「いつか」と言っているだけの男だ。相手にする気はなかった。ただ、手放す気もなかった。頼めば何でもしてくれて、見返りも求めない。そういう男が一人いるのは、何かと都合がよかった。
ジョウを選んだのは、当たり前のことだった。町長の息子で、戦車があって、金があって、守備隊でも一目置かれている。この町でいちばんの有望株は誰かと聞かれたら、誰だってジョウの名前を挙げる。崩れ狼でしくじっても、それは変わらない。変わらないはずだった。
それが、たった一晩で。
あいつは戦車に乗って帰ってきた。父親の戦車だという。崩れ狼を倒したという。今朝には、ハン協でライセンスまで貝ったと町じゅうが噂していた。デションさんが夜中に一人で笑っていた、とまで。
そして、隣にはあの女がいる。
マリカは、墓の向こうに立つ女を盗み見た。
悔しいけれど、きれいだった。きれい、という言葉では足りなかった。顔立ちも、立ち姿も、肌も、髪も、何もかもが作り物みたいに整っている。マリカが自分のいちばんの武器だと思ってきたものを、あの女は、比べものにならない形で持っている。昨夜、町じゅうの男があの女を見ていた。
ジョウも、見ていた。
マリカを隣に置いたまま、あの女を見ていた。
あの女の隣にいるのが、ジョウでも、どこかの金持ちのハンターでもなく、あいつだということが、何より面白くなかった。ずっと自分だけを見ていたはずの男が、ある日突然、別の女を連れて歩いている。それも、町じゅうの男が振り返るような女を。しかも本人は、それがどれだけのことなのか分かってもいない顔で、あの女の前でおどおどしている。
あいつのことを、自分は安く見積もりすぎていたのかもしれない。頭の隅でそう思いかけて、マリカはあいつから目を逸らした。
――逃げろ!!
不意に、あの声が耳の奥で鳴った。
マリカは唇を噛んで、それを追い払った。
別に、何かを取り返したいわけじゃない。ただ、あいつは今でも自分の言うことなら聞く。それを確かめておくだけだ。優しい言葉なんて、いくらかけたって減るものじゃない。
マリカは顔を上げて、いつもの笑顔を作った。
*
「ローリ」
今度はマリカだった。
さっきまで墓の前でうつむいていたはずなのに、今はいつもの顔をしている。いや、いつもより明るいくらいだった。
「ちょっといい?」
「う、うん」
「あんたが戦車を手に入れるなんてね。びっくりしちゃった」
マリカは笑っていた。弔いが終わったばかりの墓地で、場違いなくらい明るく。
「それに、ライセンス。貝ったんでしょ? 町じゅうその話でもちきりよ」
「……うん」
「見せてよ」
言われるまま、カードを出した。ハン協で、真っ先に見せたいと思った相手だった。その相手が、今、指先でカードを裏返している。マリカはブロンズの刻印を、しばらく黙って見ていた。
「……ハンターか」
小さな声だった。
笑顔が、そのときだけ消えていた。
「ずっと、言ってるだけだと思ってた。あんたは一生、工場の隅で床拭いてるんだと思ってた」
「マリカ……」
「なんで、もっと早く――」
そこでマリカは言葉を切った。唇を噛んで、カードを僕の手に押し戻す。顔を上げたときには、もう元の笑顔に戻っていた。
「何でもない。……おめでと」
何を言いかけたのか、僕には分からなかった。
「それにさ……崩れ狼のとき。あんた、私のこと助けてくれたでしょ」
「……覚えてたんだ」
「覚えてるよ。当たり前じゃない」
マリカが少しだけ僕に近づいて、下から顔を覗き込んできた。はしばみ色の瞳が、すぐそこにあった。工場の油と、髪の石鹸の匂いがした。
「戦ってたとき、ちょっと素敵だったよ」
心臓が跳ねた。
素敵だった。マリカが僕に、そう言った。昔から好きだった女の子が、僕のことを。耳の先まで一気に熱くなって、どこを見ればいいのか分からなくなった。
「そ、そんな……」
「ほんとだって。見直しちゃった。あんた、やればできるんじゃない」
マリカは楽しそうに笑う。少し前、工場で「まあ頑張りなよ」と言ったときと同じ顔で。でも今日の言葉は、あのときとはまるで違う。口の端が勝手に緩んで、戻らない。気持ち悪い、と言われたことも、口だけの人の隣に座ってるほど暇じゃない、と言われたことも、その瞬間だけは頭からきれいに消えていた。消えてしまう自分の頭の軽さに、そのときの僕はまだ気づいていなかった。
「ねえ、その戦車、今うちで直してるんでしょ。どんな感じ? 主砲は何ミリ?」
「えっと、たぶん小型の……」
「ふうん。今度ちゃんと見せてよね」
今度。たったそれだけの言葉を、僕は約束のように受け取ってしまった。
隣のレイは、何も言わなかった。
ただ、マリカを見ていた。表情はいつもとほとんど変わらない。それなのに、その目だけがひどく冷たく見えた。昨日から僕が見てきたレイの目とは違う。
屑鉄の丘で崩れ狼を見ていたときの目に、少し似ていた。マリカがレイの方を見て、一瞬だけ笑顔を固くした。それから「じゃあね」と手を振って、ジョウの方へ戻っていった。
「……レイ?」
「何でしょう」
「いや、なんか……」
「何でもありません」
レイはそれだけ言って、視線を外した。僕はまだ、マリカの言葉で胸がいっぱいだった。
「あ、あの」
声をかけてきたのは、ポンチョスだった。マリカが離れていったのを見計らったように、おずおずと近づいてくる。
崩れ狼狩りに出る前の夜、定食屋の裏の路地で鉢合わせたときと同じ顔をしていた。何か言いかけて、言えずに目を泳がせる、あの顔だ。
「その……生きててよかったっすね」
「え?」
「いや、ほら、落ちたとき、俺、もう駄目だと思ったんすよ。ガニーもあんなことになって……でも、あんたは帰ってきた。それだけで、なんか、よかったなって思ったっす」
ポンチョスは気まずそうに頭をかいた。それから、ちらりとジョウたちの方を見て、声を落とした。
「……あんたがマリカさん助けたの、俺、見てたっす」
「……」
「帰りの戦車の中で、言わなきゃって思ったんすけど……言えなかったっす。昨日の夜も、町長さんの前で、言えなかったっす」
ポンチョスはうつむいた。
「それと、工場で笑って、すんませんでした。あの夜、路地で言おうとしたの、それだったんす。……ガニーには、もう言えないっすけど」
何と答えればいいのか分からなかった。あの日、工場で笑っていたのは事実だ。耳の奥には、今でもあの笑い声の中に、ポンチョスの「は、はは」が混じっている。でも、目の前で頭を下げているのも、同じポンチョスだった。
「あと、崩れ狼。倒したんすよね。すげえっす。俺らじゃ全然駄目だったのに」
「……ありがとう」
言葉は、それ以上続かなかった。ポンチョスもそうだったらしい。曖昧に笑って、小さく頭を下げると、仲間のところへ引き返していった。悪いやつではないのかもしれない。初めてそう思った。
その仲間の真ん中で、ジョウは戻ってきたポンチョスを見もしなかった。墓地の入口に立つ町長の方を、じっとにらんでいた。もう何かを決めてしまったような顔に見えた。
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