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荒野でおどれ 〜錆びた戦車と、旧文明の少女〜  作者: 京屋しゃべつ
錆びた戦車と、旧文明の少女

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やけ酒のはずだった

 ヤマネコ号は、親方の工場に預けた。積んできた崩れ狼の素材は工場の隅に置かせてもらい、下ろしたのは牙と、布で包んだガニーの槍の穂先だけだった。穂先は家に置いておくことにして、牙を抱えてハン協へ向かう。牙は僕の腕ほどの長さがあって、抱え直すたびに根元から獣と血の匂いが上がってきた。レイも後ろからついてくる。夜の大通りで、すれ違う人がいちいち振り返った。崩れ狼の牙を抱えて歩いているんだから当然だ、と一瞬だけ胸を張りかけて、振り返った顔がみんな僕の斜め後ろへ向いていることに気づいた。……まあ、そうだよね。

 ハン協の窓には、まだ灯りがついていた。


 扉を開けた途端、酒の匂いが鼻を打った。

 事務所の中は荒れていた。椅子が一脚、壁際に転がっている。床には書類が散らばり、その上で割れた酒瓶の破片がランプの灯りを跳ね返していた。受付の奥の壁に立てかけてあったはずの銃も、何丁か倒れている。強盗、という言葉が頭をよぎって、足が戸口で止まった。

 デションは奥の机にいた。

 机の上には、半分ほど空いた酒瓶と、手提げのランプと、弾薬の箱と、巻いた縄が並んでいた。デションが昔使っていたという長い銃も、机に立てかけてある。それを見て、ようやく分かった。夜の屑鉄の丘には入れない。だから夜が明けたらすぐに出るつもりで、飲みながら支度をしていたのだ。何のための縄なのかは、考えたくなかった。

 台帳が開いていた。灯りの下に、ガニーの名前が見えた。その下の行は空いたままで、インクの染みが一つ落ち、ペンは台帳の上に投げ出されていた。その空いた行に、本当は誰の名前が入るはずだったのか。分かってしまって、喉の奥がひやりとした。

 デションが顔を上げた。いつもきっちり撫でつけている髪がぐしゃぐしゃに乱れ、目が赤い。僕を見て、そのまま固まった。

 次の瞬間、椅子が後ろへ吹っ飛んだ。デションは大股で机を回り込んでくると、僕の胸ぐらを両手でつかんだ。牙が腕から滑り落ちかけて、慌てて抱え直す。

「この……馬鹿野郎が!」

 酒臭い息が顔にかかった。つかんだ手が、震えていた。殴られる、と身体が勝手に縮こまったのに、拳はいつまでたっても飛んでこなかった。

「奥へは行くなっつったろうが! 入口だけだって、何べん言った! 俺が……俺が銃なんか渡したから……」

 そこで声が途切れた。デションは胸ぐらをつかんだまま、しばらく何も言わなかった。それから、僕の顔をじっと見た。頬の傷を見て、肩を見て、足を見る。一つずつ、数を数えるように。本当にそこにいるのかを確かめている目だった。

「……なんで生きてる」

 ようやく出てきたのは、それだった。

 手が離れた。デションは一歩下がり、乱れた髪を乱暴にかき上げた。

「ジョウのとこの連中が、お前は汚染だまりに落ちたって言ってたぞ」

「落ちたけど、汚染がないところだったんだ」

 さっき町の入口でしたのと同じ説明を、もう一度繰り返す。デションは黙って聞いていた。途中で一度だけレイに目をやり、また僕を見る。どこまで信じてもらえているのか、その顔からは読めなかった。無理もない。話している僕だって、半分くらいは作り話を聞かされている気分なのだ。

「それで、地下で戦車を見つけて……父さんの戦車だった。それと、レイを助けて、二人で崩れ狼と戦った」

「……崩れ狼と?」

 僕は抱えていた牙を机に置いた。どさりと、机の脚まで響くような音がした。

 デションはしばらく牙を見ていた。それから棚から手配書の束を取り出し、一枚を抜いて牙と見比べる。形も、大きさも、根元の欠け方も、一つずつ確かめていく。太い指が、手配書の絵と牙の上を交互になぞっていく。そのあいだ、誰も口をきかなかった。ランプの芯がじじっと鳴る音だけが、やけに大きく聞こえた。

 長い沈黙のあと、デションが言った。

「……やったのか」

 ぶっきらぼうな声だった。でも、口の端がひくひく動いている。笑うのをこらえている顔だった。

「うん」

「お前が」

「僕と、レイと、父さんの戦車で」

「……そうか」


 デションは手配書を置き、蹴倒した椅子を起こして腰を下ろした。机の上の縄とランプと酒瓶を、黙って脇へ押しやる。何か言おうとして、やめて、煙草を手に取った。火はつけない。指先で転がすだけだ。

「お前、ライセンス持ってねえよな」

「……うん」

 デションに「早すぎる」と言われたのは、ついこの間のことだ。あのとき言い返せなかった言葉が、まだ喉のあたりに引っかかっている。

「ライセンスのねえやつが賞金首を倒した場合、決まった規則はねえ。だがハン協も百年以上やってんだ。こういうことは前にもあった。ハンターになりてえってガキが自分で戦車を手に入れて、賞金首まで倒してきた。そういうときは、ライセンスを出して、賞金も払う。それが筋だ。だいたい、賞金首を仕留めて首を持ってこれるやつに、ハンターの資格がねえわけがねえ。それを、まだライセンスを渡してねえからって払わずにおいてみろ。町や依頼主からすりゃ、ハン協が金を懐に入れたのと同じだ。みんなからそっぽを向かれる。筋の通らねえことは、誰だって嫌えなんだよ」

「じゃあ――」

「ただし」

 デションが僕をまっすぐ見た。酔いの残った赤い目なのに、そこだけは少しも揺れていなかった。

「ライセンス出すってことは、これからもハンターやるってことだ。分かってんだろうな」

「分かってる」

「……だろうな」

 デションは引き出しから一枚のカードを取り出した。聞き取りが始まる。名前。生まれ。身体の特徴。傷の場所。デションはそれを一つずつ台帳に書き込むと、ペンを止めた。

「ここから先は任意だが、書いとくぞ」

 返事も待たずに、デションはペンを走らせた。父親と母親の名前。よその事務所で本人かどうかを確かめるとき、合言葉の代わりに使うことがあるのだという。グレス、ハンナ。デションは僕に聞きもせず、迷わずその二つを書いた。父さんと母さんの名前が、他人の手で並べて書かれるのを見るのは、初めてだった。

「戦車の種類と武装は。それと、得物」

 そこは僕が答えた。小型の戦車で、主砲が一門と機銃が一丁。それから、父さんの銃。

「まあ、戦車や武器はすぐ変わるからな。ほとんど当てにはならねえが、書いときゃ何かの足しにはなる。戦車の名前もだ。よその事務所に知らせを回すときには、あった方が話が早え」

 ヤマネコ号。そこを書くとき、デションの手が一瞬だけ止まった。

 ガニーの名前の下の、空いていた行ではなかった。新しい頁だった。

 最後に、デションはカードに何かを書き記して、僕の前へ置いた。

 ブロンズ。ハンター協定機構の、いちばん下のランク。

 それでも、本物のライセンスだった。

「これでお前もハンターだ」

 カードを手に取った。軽い。紙と薄い金属でできた、ただの札だ。それなのに片手では落としてしまいそうで、気がつくと両手で挟むように持っていた。指先が汗で湿って、縁に跡がつきそうになり、慌てて服で拭く。拭いたそばから、また湿った。

 これを見たら、マリカはどんな顔をするだろう。

 真っ先にそれが浮かんだ自分に、すぐに嫌気が差した。工場で笑われた日のことを思い出せば、そんなことを考えている場合じゃないのは分かる。分かっているのに、頭の中のマリカは、もう目を丸くしていた。

 賞金は、ここには置いていなかった。デションは引き出しから鍵束をつかむと奥の金庫部屋へ行き、しばらくして革袋を抱えて戻ってきた。机に置かれたとき、袋の中で硬いものがじゃらりと鳴った。持ち上げると、ずしりと手首にくる。十万グラン。掲示板の前で数えかけてやめた額が、今は手首にぶら下がっていた。


「それから、仕事だ」

 デションが机の上に包みを置いた。

「ちょうどいいのがある。トーカンへの届け物だ」

 トーカン。前にデションから聞いた、西の街道の先にある砂漠の入口の町だ。砂漠、という言葉が頭に浮かんだだけで、肩が勝手に強張った。

「砂漠って……危なくないの?」

「砂漠までは絶対に行かせねえよ」

 デションは即座に言った。

「届け物の依頼なんざ、ままあるもんだ。だが、お前にとっちゃ練習だと思え。街道を走って、荷を渡す。それ以上でもそれ以下でもねえ。それとな、トーカンは砂漠の入口の町だが、町の外れまで行きゃもう砂地だ。練習で砂地に近づくなよ。何が潜んでるか分からねえ。いいな」

「分かった」

「途中にハンターキャンプがある。街道沿いに目印が立ってるから、すぐ分かる。集落とも呼べねえようなとこだが、一応簡単な要塞みてえになってる。疲れたらそこで休め」

「うん」

「戦車の修理が済んでからでいい。急ぐ荷じゃねえ」

 デションはそれだけ言うと、また台帳に目を落とした。


 僕は包みとカードと賞金の袋を抱えて、扉へ向かった。両腕がふさがって、取っ手に手が届かない。レイが先に回って、扉を開けてくれた。

「……ローリ」

 振り返ると、デションは台帳に目を落としたままだった。

「よくやったな」

 小さな声だった。

 それから、脇へ押しやってあった酒瓶に目をやった。

「……やけ酒のはずだったんだがな。うまい酒になっちまった」

 何か返したかった。ありがとう、でも、心配かけてごめん、でもいい。口を開けたのに、どれも喉のところで詰まって出てこなかった。結局、ただ頭を下げた。扉を閉めたとたん、目の奥がじわっと熱くなって、慌てて夜空を見上げた。

 夜の大通りを歩きながら、一度だけ振り返った。ハン協の窓には、まだ灯りがついていた。机の上のランプと縄を、デションが片づけている影が見えた。

 縄が棚の奥へしまわれるのを見届けてから、前を向いた。隣ではレイが、行き先を待つように黙って歩いている。

 そこでようやく、気がついた。

 レイは今夜、どこで寝るんだろう。

お読みいただきありがとうございます。

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