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荒野でおどれ 〜錆びた戦車と、旧文明の少女〜  作者: 京屋しゃべつ
錆びた戦車と、旧文明の少女

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青く焼けた装甲

本日2話目の更新です。12時にも更新しています。

 翌日、僕は父さんの銃を持って屑鉄の丘へ向かった。

 汚染だまりは、紫色の靄が淀んだような場所だ。幸い、場所そのものが動くわけではないから、どこが危ないのかさえ知っていれば避けて歩ける。それでもデションには、入口から先へは絶対に行くなと言われていた。

 いつもと同じ道なのに、今日は景色の角度が少し違った。腰に銃がある。それだけで、昨日まで僕を脅かしていたものが、ひと回り縮んで見える。くず鉄の隙間で、何かが動いた。大ネズミだ。いつもなら尖らせた鉄パイプを握りしめて、どうか向こうが先に逃げてくれますようにと祈るところだ。襲ってきたら、仕方なく戦う。それが今までの僕だった。でも今日は、銃を抜いて、昨日デションに教わった通りに両手で構えた。逃げ道は、背中側のくず鉄の切れ目。大ネズミは、まだこちらに気づいていない。今なら撃てる。

 なのに、指が動かなかった。銃を持ったからといって、怖さがどこかへ消えてくれるわけじゃない。外したらどうする。音に驚いて飛びかかってきたら。噛まれたら。頭の中が「たら」でいっぱいになって、引き金にかけた指が石みたいに固まる。――自分が本当にモンスターと戦える人間なのか。それとも頭ん中でハンターごっこしてただけなのか。デションの声がした。

「……やる」

 引き金を絞った。乾いた銃声がくず鉄の谷間に跳ね返り、反動で腕が跳ね上がる。大ネズミの身体も跳ねた。でも、倒れない。甲高い声を上げて、まっすぐこちらへ向かってくる。

「うわっ!」

 足が勝手に二歩下がった。三歩目は、踏みとどまった。もう一度構える。さっきより近い。灰色の毛の一本一本まで見える。撃つ。大ネズミが、もんどりうって転がった。

 銃を構えたまま、しばらく動けなかった。倒れている。ぴくりとも動かない。銃口を向けたまま、じりじり近づいて確かめる。死んでいた。鉄パイプを振り回して必死に追い払ったんじゃない。逃げ回って、たまたま助かったんでもない。自分から狙って、撃って、倒した。腹の底から何かがせり上がってきて、喉のところで、変な笑い声になった。

 その日は、もう一匹大ネズミを見つけた。今度は最初より早く銃を抜けた。一発目は外したけれど、二発目が当たって、三発目で倒れた。小さな変異生物にも出くわした。甲羅みたいな殻を背負って、くず鉄の上を這い回る虫のようなやつだ。そいつも倒せた。

「……やれる。僕、やれるんだ」

 誰もいないくず鉄の谷で、声に出して言っていた。言ってから慌てて辺りを見回したのは、誰かに聞かれたら恥ずかしすぎるからだ。昨日まで怖かった相手に勝てる。父さんの銃があれば、僕だってモンスターを倒せる。

 ボロ屋に帰ってからも、手のひらにはずっと銃の反動が残っていた。夜はやっぱり、あまり眠れなかった。でも、いつもとは違う理由で眠れなかったのは、ずいぶん久しぶりだった。


 それから毎日、屑鉄の丘へ通った。

 デションとの約束は、守っているつもりだった。入口から先へは行かない。いつもくず鉄を拾っている辺りを歩いて、大ネズミや小型の変異生物を見つけては撃つ。撃つたびに、肩が少しずつ反動を覚えていく。最初は三発かかった大ネズミが、二発で倒れるようになった。一発で仕留められた日は、思わず「よしっ」と声が出て、自分の声の大きさにびくっとした。

 モンスターを倒せるようになると、くず鉄拾いのやり方も変わった。今まではモンスターのいる場所を避けて歩いていたから、拾える場所も限られていた。今は、大ネズミの巣になっているくず鉄の山にも入っていける。誰も手をつけていなかった場所には、まだ形の残った旧文明の部品が転がっていた。歯車、配線の束、何に使うのか分からない金属の箱。袋がずしりと重くなる。錆びた鉄の塊ばかり詰めて重くしていた頃とは、中身がまるで違っていた。

 仕留めた大ネズミは、持って帰るようになった。ボロ屋の裏で皮を剥いで、肉を切り分けて、臭み消しの苦草と干し豆と一緒に鍋で煮る。混ぜ物だらけのねず団子と違って、大ネズミの肉そのものは硬くて筋っぽく、噛めば噛むほど獣の匂いが鼻へ抜ける。それでも、煮汁を吸った干し豆には少しだけ肉の味が染みていて、ちゃんとおいしかった。丸ごと一匹分の肉を自分の鍋で煮るのは、孤児院を出てから初めてだった。

 腹がはち切れるまで食べて、残りは燻して孤児院へ持っていった。イトマール先生は何も聞かずに受け取って、その夜の鍋に入れたらしい。

 獲れすぎた日は、売ってみることにした。二匹を縄で縛って背負い、市場のねず団子の屋台へ持っていく。犬ほどもある大ネズミは、二匹も担げば縄が肩に食い込む。屋台の親父は大ネズミを台の上にどさりと転がすと、弾の当たったところを指でつついて顔をしかめた。

「ここと、ここ。弾が抜けたとこは肉がぐずぐずになってるし、鉛の欠片が残ってるかもしれねえ。そいつはそぎ落とさなきゃ使えねえんだよ」

 大ぶりの包丁で、穴のまわりの肉をごっそりそぎ落としていく。三発撃った方は、見る見る小さくなった。僕の肩に食い込んでいた重さが、台の脇の桶へ落ちていく。

 親父が台の上に置いた金は、三発撃った方が弾三発分とわずか。一発で仕留めた方が、弾四発分ほどだった。

「大ネズミなんざ、屑鉄の丘に行きゃいくらでもいるからな。罠で獲ってくる連中もいる。値なんか上がりゃしねえよ。ただまあ、頭を一発で抜いてくりゃ、そぎ落とすとこが少なくて済む。そういうのは、ちっとはましに買ってやる」

 帰り道、指を折って勘定した。今はデションに借りた箱の弾を使っているけれど、なくなれば自分で買わなければならない。子供の頃から武器屋の店先で眺めてきた弾の値段で数えてみる。三発使えば、ほとんど弾代で消える。一発で仕留めれば、少しだけ残る。ねず団子が一串買えるくらいの、ほんの少しだけ。

 くず鉄拾いの稼ぎに比べたら、小遣いみたいなものだ。重いのを背負って帰る手間を考えたら、割に合っているのかどうかも怪しい。それでも、狙いがよくなればなるほど、手元に残るものが増える。帰り道の足が、知らないうちに速くなっていた。

 それからは、できるだけ頭を狙うようにした。外せば弾が無駄になる。だから撃つ前によく見る。息を止めて、引き金を絞る。大ネズミは、売り物というより、自分の腕を確かめるための的になった。肉は自分と孤児院の子たちの腹に入って、余ったときだけ屋台へ持っていく。

 それでも稼ぎのほとんどは、やっぱりくず鉄だった。銃のおかげで金が増えたというより、今まで怖くて近寄れなかった場所にも入れるようになって、拾えるくず鉄が増えた、というほうが近い。

 弾は大事に使った。デションに言われたからだけじゃない。箱の底が見えたら、また何も持っていない僕に戻ってしまう。それが怖かった。


 銃を手にして四日目の朝、修理工場へ行くと、工場の前の広場がいつになく賑やかだった。

 守備隊の男たちが何人も集まっている。その真ん中に、一台の戦車が停まっていた。

 町の古い戦車だ。

 錆の浮いた車体に、短い主砲と機銃が一つ。履帯はところどころ板が欠けていて、走るたびに妙な音を立てる、あの戦車だ。新しい戦車が届いたので、今日ここへ運び込まれてきたらしい。予定より早い。

 操縦席のハッチから、ジョウが上半身を出していた。得意げな顔で、広場のみんなを見下ろしている。ガニーとポンチョスが車体にまたがり、マリカが整備用の工具箱を抱えて駆け寄っていくところだった。

「どうだ! 今日からこいつが俺の戦車だ!」

 ジョウの声に、守備隊の若い連中が口笛を鳴らしてはやし立てた。

 僕は広場の端で、それを見ていた。

 近くで見ると、戦車は思っていたよりもずっと古かった。装甲板には何度も打ち直した跡があり、継ぎ目から錆が茶色い筋になって流れ出している。砲塔の付け根は、溶接で何度も補修されていた。

 そして、左の側面に、それがあった。

 装甲の一部が、大きく歪んでいた。熱で溶けて、流れて、そのまま冷えて固まったような跡だ。塗装は焼け落ち、その下の鉄がうっすらと青みを帯びている。錆とは違う、ガラスのように鈍く光る、焼けた色。

 青い色。

 息が止まった。

 ――七年前の騒ぎのときにも出たっていう年代物だ。

 ジョウの言葉が、頭の中で鳴った。

 あの夜、炎の方へ向かっていった戦車。青い炎の化け物に、真正面から立ち向かっていった戦車の一台。デションが言っていた。町の戦車が一台、目の前で燃えた、と。この戦車は燃えなかった。燃えずに生き残って、その代わりに、あの青い炎の痕を七年間ずっと身体に刻んだまま、町の中を走り続けてきたのだ。

 足元が揺れた気がした。

 燃える町。青い炎。地響き。父さんの背中。母さんの笑顔。それから、炎の向こうから飛び込んできた、真紅の戦車。

 まぶたの裏に、全部がいっぺんに押し寄せてくる。手が震えた。指先が冷たくなる。喉が詰まって、息がうまく吸えない。朝の、大勢の人がいる広場のど真ん中なのに。

「……何突っ立ってんの」

 誰かの声で、我に返った。

 マリカだった。工具箱を抱えたまま、怪訝そうに僕の顔を見ている。

「邪魔なんだけど。そこ、工具運ぶから」

「あ……ごめん」

 慌てて脇へ退く。マリカは僕の横を通り過ぎて、戦車の方へ歩いていった。数日前、みんなの前で僕を笑ったことなど、もうきれいに忘れたような顔だった。マリカにとっては、きっと本当に、忘れてしまえる程度のことだったんだろう。僕の方は、あの日から一晩もまともに眠れていないのに。

 もう一度、戦車の焼け跡を見た。

 誰も、そこを見ていなかった。ジョウも、ガニーも、ポンチョスも、守備隊の連中も。マリカでさえ、エンジンの点検口を開けることしか頭にない。あの青い焼け跡は、みんなにとってはただの古傷の一つにすぎないのだ。

 僕だけが、それから目を離せなかった。


 その日から、オーバーホールが始まった。

 戦車は三番ベイに入れられ、マリカがつきっきりで整備にかかった。親方もときどき手を貸したけれど、基本はマリカに任せていた。娘の腕を試すつもりなのだろう。マリカはエンジンを降ろし、履帯を外し、錆びた部品を一つずつ取り替えていった。朝から晩まで、油まみれになって戦車の下に潜っている。ジョウたちは毎日のように工場へ顔を出しては作業の進み具合を覗き込み、マリカに差し入れを置いていった。

 僕はその横で、床を掃いた。

 修理工場で働ける日は、決まってそうだった。三番ベイの周りに散らばった削りかすを集め、垂れた油を拭き取る。マリカが「そこのレンチ取って」と言えば取って渡し、「邪魔」と言われれば退いた。マリカは僕に、それ以上のことは何も言わなかったし、笑いかけることもなかった。休憩のとき、マリカはジョウたちと一緒に戦車の砲塔に腰かけて昼飯を食べた。僕は親方と一緒に、工場の隅の作業台で食べた。親方は何もしゃべらなかった。それが、ありがたかった。

 戦車は、日に日に戦車らしくなっていった。

 錆が落とされ、新しい部品が組み込まれ、エンジンが唸りを上げるようになる。最初はがらがらと濁った音しか出なかったエンジンが、三日目には腹に響く音で力強く回るようになった。マリカはそのたびに嬉しそうに笑い、ジョウは「さすがだな!」と大げさに褒めた。

 その笑顔を、僕は床を擦りながら見ていた。

「あんたが戦車乗りになったら、隣に乗せてね」子供の頃、マリカはそう言った。整備は私がしてあげるから、とも。そのマリカが今、毎日油まみれになって直しているのは、ジョウの戦車だ。

 そう思うたびに、胸の奥がちくちくと痛んだ。そして、まだそんなことを思っている自分に、心底うんざりした。あの日、指輪の話をして笑われたのに。気持ち悪いと言われたのに。懲りもせずに、雑巾を握ったまま、ありもしない席の話をしている。

 左の側面の青い焼け跡は、オーバーホールが終わるまで、とうとう一度も直されなかった。装甲を張り替えるほどの金はないと、ジョウが言ったらしい。それを職人の立ち話で聞いたとき、町長の息子でも金が足りないことがあるんだ、と、胸のどこかが小さく弾んだ。弾んだ自分に気づいて、雑巾を絞る手に力をこめた。マリカは上から塗料を塗って、焼け跡を隠した。塗りたての灰色の下で、あの青はもう見えなかった。


 その週、僕は屑鉄の丘で拾った部品を、何度か親方のところへ持っていった。

 親方は、修理に使えそうな旧文明の部品なら買い取ってくれる。今までは、そんなものはめったに見つからなかった。でも今は違う。大ネズミの巣になっていたくず鉄の山の奥から、まだ使えそうな配線や、歯車の残った機械の箱が出てくる。

 三度目に部品を持っていったとき、親方は箱の中身を一つずつ確かめながら、ぽつりと言った。

「最近、いいもん拾ってくるな」

「……うん。運がいいのかも」

「入口の辺りに、まだこんなもんが残ってたか?」

 心臓が跳ねた。

「……奥の方の、ちょっと崩れたところにあったんだ。入口からそんなに離れてないよ」

 嘘だった。本当は、入口からそこそこ奥の、大ネズミの巣の中だ。デションとの約束ぎりぎりの場所。いや、もしかしたら、少し越えているかもしれない場所。

 親方は僕の顔をじっと見た。目の下のクマを見て、それから、腰に下げた銃を見た。それが父さんの銃だと、親方も知っているはずだった。

「……そうか」

 それだけ言って、親方は代金を払ってくれた。いつもより少し多かった。

「無理はすんなよ」

 親方は僕の方を見ずに、そう言った。

「グレスのせがれが、くず鉄の下で冷たくなってたなんて話は、聞きたくねえからな」

「……うん」

 目を逸らして、工場を出た。少し多めの代金が、ポケットの中で妙に重かった。

 後ろめたかった。デションにも、親方にも、嘘をついている。でも、嘘をついてでも、もう少しだけ奥へ行きたかった。大ネズミは倒せるようになった。小型の変異生物も倒せる。この銃があれば、もう少しだけ先まで行ける。そうすれば、もっといい部品が拾える。もっと金になる。もっと弾が買える。

 そして――ジョウが言っていた、屑鉄の丘のどこかに眠っているという、もう一台の戦車。

 その考えが、どうしても頭から離れなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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